生意気!
「だから、もうちょっと愛嬌を覚えようよ!」
天才音楽家が転生した少女・天出優子が、アイドルグループのスタッフに説教されている。
音楽についてか?
否。
ファン対応についてだ。
このグループは、Webを活用したファンとの交流も大事にしている。
新メンバーとして抜擢されたり、研究生として入所した女の子たちは、まずはこの対応を勉強させられる。
自由に喋って良い、そんなのお題目に過ぎない。
言ってはいけない事もあるのだ。
例えば、天出優子の前世・モーツァルトが大好きなウ◯コの話。
また、昨今問題となっている「お金ちょうだい」というおねだり。
更に、相手の見た目や人格を侮辱するような言葉。
研究生には関係ないかもしれないが、コンサートのセットリストやチケット売り出しに関する未公開情報。
様々に制約がある。
言葉遣いも指導される。
配信のタブーというわけではないが、アイドルな以上イメージというものがある。
元々がどうであれ、ヤンキー口調だとグループのイメージを損ねる、大人の女性過ぎるのを前面に押し出すのも同様。
ある程度、型に嵌められる。
その上で、アイドルにはキャラ設定というのがある。
例えば、優子の同期たる斗仁尾恵里の場合、岩手県出身な事もあり、方言キャラとなった。
視聴者が理解出来る範囲で訛る。
コテコテの方言は、ネタとしては使って良いが、基本は標準語寄りの南部弁使いとされた。
さて、天出優子だが
「11歳にしては色々難しい事を言う、生意気キャラ」
とされたのだが、その匙加減が難しい。
他の「ぶりっ子」や「お子ちゃま」というキャラは、余りにも合っていない為、ボロを出さないように本人の素に近いキャラにされた。
その「素」が問題なのだ。
音楽の話になると、スイッチが入って止まらなくなる。
感覚寄りの人だから、言ってる事が理解しづらい。
更に、本人に悪気は全く無いが、他の音楽について辛辣に聞こえる批評をしてしまう。
とある歌手について
「音域が狭過ぎる、それに合わせた曲を作ったから、平板なのを顔と仕草で誤魔化している」
と言ったのたが、それを聞いていたのが配信練習に付き合ってるスタッフだけだから、問題にはならなかった。
天出優子に対する話題の地雷は他にもある。
歴史だ。
練習中、スタッフがマリー・アントワネットの話をしてしまった。
それはオペラもといミュージカルが好きという話題から、某女性歌劇団の話になり、その中で出たのだが、間違った事を言った瞬間にスイッチが入ってしまったのだ。
なにせ中の人たるモーツァルトは、生で会った事がある。
以降、宮殿の内装やら、当時の実際の評判とか、まあ生々しい話が始まる。
知ったかぶりを全力で叩き潰したくなる悪い癖が発動している。
そこでストップがかかり、説教となったのだ。
レッスンも終わり、帰宅。
送迎の自家用車の中で、優子は父に聞いてみた。
「なんで本当の事を言っただけなのに、怒られるの?」
父は苦笑いする。
「うーん、優子にはまだ早いかもしれないけど、それは大人の都合ってやつだね」
(何言ってやがる)
天出優子の中の人たるモーツァルトは、既に35歳まで生きて、貴族社会で色々な大人と接して来た。
大人の都合ってものだって分かる。
貴族たちは、モーツァルトが音楽で正論を言っても、うんうんと頷いていた。
そんな事が伝わったのか、単なる偶然か、父は答えを話し出す。
「余裕がある大人は、子供に正しい事を言われたら、それを受け入れるんだけどね。
余裕が無いわけではないけど、自分が正しい、自分が言う事に部下は『流石です、いやあ素晴らしい』っておべっか使う、それが気持ちいい人もいるんだよ。
分かる?」
「うん、なんとなく」
「そういう人のメンツ潰したら、途端にアンチになるからね」
「うん、分かるけど……」
「優子は11歳で、小学生じゃない」
「……うん」
(実際は35+11で46歳になるかな?)
「さっきのおべっか大好き人間じゃないけど、世の中は女の子には教えてあげたい、子供には賢いところを見せてやりたい、って大人は多いんだよ」
(うん!
そうだ!
女の子に色々と教えてあげたい、それ凄い理解出来る!)
「それなのに、11歳の女の子に正論で返されたら、気分悪くなるんだよね」
(そうか、確かに教えてあげると意気込んでベッドに入ったのに、相手の方が経験豊富で、「下手くそ」なんて言われた日には立ち直れない。
私はそれと同じ事してたのか!)
モーツァルトらしい置換によって、ようやく納得が出来たようだ。
それには気付かず、父は溜め息を吐く。
「本当に、11歳の女の子にはまだ早いんだよ。
知っていて知らないふりをして、相手を褒めて気分良くさせる。
キャバクラのスキルだよ。
優子、嫌だったら辞めても……」
「なに?
キャバクラ?
そんな所あるの?
連れてって!」
中の人、今自分が11歳の女の子だって事を忘れて、素の欲望をむき出しにしていた。
父は咳払いをし
「お前にはまだ早い!
それと、その言葉を出したパパが馬鹿だった。
忘れなさい!」
と説教する。
ここにも「子供には格好つけたい」大人が居た。
「でもさあ、そういう女性を知ってるって事は、パパも行った事あるんでしょ?」
「う……。
独身の時に、付き合いで連れて行かれて……」
「詳しく知ってるし、一回や二回じゃないでしょ」
「はあ、この話おしまい!」
「いいじゃない、ママ居ないんだし」
「子供とする話じゃないの!」
本当の事でも余りズバズバ言ってはいけない、天出優子はまた一つ学んだ。
思い返すと、前世でモーツァルトは幼少年から、既に一目置かれた存在だった。
だから自分が好き放題言っても、音楽家を養ってやってる気分の貴族は、余裕を持って聞くだけ聞いていたのだ。
貴族たちからすれば、天才から色々言われる自分というのは、他の貴族に対して自慢出来る話。
これが評価されていない凡才からなら、身分違いも手伝って、なんらかの処罰をされただろう。
今の自分は、11歳の小学生。
モーツァルトなら許されても、小学生に言われたらムッとする事もある。
そういう事も覚えておこう。
とは言え、やはりモーツァルトだった時の性格は直らない。
抑える事は出来ても、時々ポロッと出てしまう。
まあ、たまになら良いか……。
かくして天出優子は「生意気な女子小学生」から「クソ生意気な毒舌女子小学生」にキャラチェンジしたのであった。
おまけ:
可愛い子に罵られたい大人向けのキャラ設定かもしれませんな。
中の人がオッさんだと気付かれなければ。