大学祭だ!
アイドルフェスとは趣が違う。
大学祭にカプリッ女がイベント出演する。
学祭に芸能人が呼ばれるのはよくある事だが、スケル女は今まで女子大学に、メンバーの一人が出演する程度であった。
何故なら、彼女たち全員を呼ぶとなると、ギャラというか謝礼金が半端でなく高くなる為、学祭実行委員の手に余るからだ。
だが、今年は二つ従来と違う事がある。
一つは、デビュー前の研究生含む夏限定ユニット「カプリッ女」は出演料が安く上がる事だ。
それでも、彼女たちを招待すれば、他に何も出来なくなるくらいには高い。
二つ目として、カレッジアイドルグランプリという、大学のアイドル研究会とか、学内音楽サークル、ダンスサークルのコンテストが、持ち回りで当たった大学が、タイアップ企業の資金も使って呼べる事がある。
それで、カプ女を公式アンバサダーとして招待し、ライブの他に審査員も頼む運びとなった。
(大学か……)
天出優子は前世を思い出す。
彼女の前世、モーツァルトは大学というものには通っていない。
だが、大学都市として有名な、イタリアのボローニャに居た事がある。
そこで音楽アカデミーに入会したのだが、ここで一個スキャンダルがあった。
音楽理論家、教育者として有名なマルティーニ神父が、モーツァルトの後見人となる。
このマルティーニ神父が
「ドイツの教育しか受けていないモーツァルトでは、イタリアの試験には合格しないだろう」
と危惧する。
そこで、アカデミーの入学試験の際、モーツァルトの課題提出を、試験官だったマルティーニ神父は、予め自分が書いてたものとすり替えたのだ。
こうしてカンニングが行われて、モーツァルトはボローニャ音楽アカデミーに入会する。
……少なくない報酬が、父・レオポルド・モーツァルトからマルティーニ神父に支払われたようだ。
ちなみに、カンニングが出来ない面接で、モーツァルトの評価は「良」。
不可ではないが、優秀でもなく、ギリギリの合格だった。
……どんな態度で面接に臨んだのか、史料は残っていない。
二十歳以降に加入が認められる伝統校に、14歳の少年が挑んだのだから、言葉遣いや態度等、面接で上手くいかない事もあったかもしれない。
まあ、当時でも有名な「神童」を迎えたいという方針は既に決まっていて、試験は不合格でさえなければ問題無かったのだろう。
だが、自分がカンニング合格な事をモーツァルトが知った時、何とも言えない不愉快な気持ちになったのは想像に難くない。
それでも前世で音楽アカデミーに通った記憶がある為、天出優子は現代の大学に衝撃を受ける。
(こんな気楽に通える場所なのか?)
後見人がいたり、音楽界を背負っていたりと、ボローニャ音楽アカデミーは、ローマのサンタ・チェチリア音楽院と共にひりついた空気があった。
名ばかりアカデミー生で、お互い箔がつけばそれで良い関係のモーツァルトだったが、きちんと音楽の勉強をしている。
この時期に、既に古臭くなっていたバロック様式の音楽を体系的に学習し、それを作曲に取り入れたりした。
学びに真剣になる空気、教師が熱く指導する空気がそこにあった。
だが、現代日本の大学には、そんな空気は無い。
医・歯・薬学部という六年制、かつ国家資格合格しないと通う意味がない所なら、緊張感はあっただろう。
しかし、学祭が行われているキャンパスでは、弛んだ空気で、ただ学生たちが遊んでいた。
(これなら私も通いたいかも)
と、ユルユルな空気に優子は浸りながら、焼きそばやチョコバナナを頬張る。
基本的に厳格な空気が嫌いだし、転生後は特に「楽しんで生きたい」という快楽主義者的思考が強くなっている。
だから、カルチャーショックを受けただけで批判がましい事は思わなかった。
……それでも彼女たちは、ナチュラルに大学生たちを叩きのめしてしまう。
イベントが始まり、カレッジアイドルたちのパフォーマンスを見ながら感想を述べるカプ女メンバー。
彼女たちは事前に
「相手は素人なんだから、否定しないで褒めましょう」
「いつものライブと違い、ファンばかりではないから、普段のノリでお客さんイジれば不快に思われる事もあります」
「アイドルライブ用のお約束なコール&レスポンスは通用しない事もあります」
「下ネタはやめましょう、特に天出とか、天出とか、天出とかは注意して下さい」
とスタッフから言われていた。
だから、そういった事は言わない。
代わりに……
「学部はどこですか?
おー! 経済学部!
ここの大学、財務大臣とか経産大臣とかも出してますよね!
ところで、民間はともかく国としてはいまだに設計経済に近いケインズ経済学で足踏みしてるように思うのですが、こうやってアイドルをやる事で価値創造する事は将来の新経済学に繋がりますね!」
とノリノリで専門イジりをする。
「あ! 留学生グループなんですね!
私も留学した事あるんですよ。
高校の時だから上手く話せるかな?」
と流暢かつ専門用語交じりのオックスフォード英語を話し出す。
「文学部でオペラの題材となった話を研究?
私はそういうの大好きなんですよ!
例えば、トロヤのイドメネオ王の話とか。
あれ、中々再演されなかったんですが、今なら解釈変えて、違うオペラに再編出来そうな気がするんですよね!
良かったら、一緒に脚本書きます?」
と、前世で作った何度も改訂されたもの(K.366)を、更に現代でも改訂したいとか言い出す。
テレビで様々な頭の良さを見せていた品地レオナはまだ理解出来る。
アイドルでも頭が良い子が、いないわけではない。
しかし、バラエティ畑で意味不明な発言をするアルペッ女の長門理加が実は英語が得意なのは意外だ。
外国語大学の参加者は
「私より上手いし、言い回しが凄い」
と衝撃を受けている。
そして、小学生でかつ研究生でしかない天出優子は、特定の歴史や伝承について異常に詳しい。
前世でもそうだが、音楽に繋がる事では努力を惜しまないし、知能も高いのだ。
それ以外には興味が無いだけで。
大学生は
「うちの教授より詳しいかも」
「まるで自分が作ったかのように、裏事情まで知ってるのは何でだ?
その逸話、知らなかった……」
と呆気に取られている。
観客も含めた大学生は、一部例外はいるにせよ
「名前さえ書ければ可を貰える芸能高校くらいしか通ってない、勉強に限れば出来ない人たち」
「バラエティ見ても、わざととは思えない頭の悪さを見せている残念な人たち」
とアイドルを下に見ていたきらいがある。
だから、特定分野だけかもしれないが、学問の分野でアイドルが熱弁している内容の高度さに驚かされ、どこか怖さも感じたりする。
「よく練習したんですね!
凄いです、尊敬します!」
と、カレッジアイドルたちのパフォーマンスについては、毒にも薬にもならないコメントをしているが、それも
(これ、言葉が足りなくて、ありきたりの発言しか出来ないのではなく、自分たちが取るに足りないから、テキトーな事しか言わないのではないか?
興味ある事には、あんなに食いつく癖に、本業に関わる話はサラッと終わらせてる。
自分たちのパフォーマンスには興味ない?)
と勝手に衝撃を受ける学生たちも出す始末だ。
「いやあ、大学祭、楽しかったね!」
「賑やかだったね!
また呼ばれたら良いね!」
「ああいう話が出来るのは大学だからだね。
普段ああいう話すると、引かれるから……」
と、ライブを終えて満足して帰るカプ女メンバー。
しかし、大学祭実行委員及び、他大学の関係者たちは、彼女たちをこう評していた。
「ナチュラルメンタルブレイカー」と。
おまけ:
カレッジアイドルたちの叫び。
「楽しませてよー!
現実(専門)に引き戻さないで!」
「私たち、遊ぶために大学来たのに。
勉強の話されても分かんない!」
「なんか歌とかダンスとかは、
『アー、ウマイデスネー』
『ヨクデキマシタネー』
とか棒読みだったじゃん。
厳しい指摘とか、するレベルに無いって事かな?」
「もしかして、眼中に全くなかった?」
彼女たちは、カプ女がトークについて注意されまくり、得意のやり取りを封じられた為、斜め上に発展した結果がああだった事を知らなかった。




