小さな夜の反省会(Eine kleine nacht Überprüfungstreffen)
kleine=「小さい」
nacht=「夜」
Überprüfungstreffen=「反省会」
TOKYO BAYAREA FES(TBF)の出演が終わり、天出優子は帰宅の途につく。
「待ってたわよ」
優子たち「カプリッ女」のライブを見届けた、同校のアイドル候補生・武藤愛照が声を掛ける。
ファンが声掛けをしたのなら、それはスタッフによって排除されるが、愛照もまた同業者かつ出演者である。
さらに同じ小学校に通う生徒だと、スタッフもメンバーも知っているから、安心して会わせた。
「同じ駅までなんだから、一緒に帰りましょう」
何を言って来るか警戒していた優子に、ごく当たり前で無難、彼女にはツンもデレもどちらの要素もない、面倒くさくもない普通の事を言って来た。
優子もホッと息をつき、その申し出を了解する。
電車の中では2人とも無言だった。
仮にも芸能人が2人、ベラベラ大声で話したら注目してくれと言っているようなもの。
その辺はわきまえていて、用事がある時以外は話をしない。
それに、今日は2人とも疲れている。
電車の中で騒ぐ元気は無かった。
「ちょっと何か食べて行かない?」
駅を出て、それぞれの家路に着く前に愛照が話しかけて来た。
「えーっと……食事はいいかな。
さっさと寝たい気分」
「話をしたい事があるから、食事はどうでもいいの!
その辺、察して!
この時間に小学生が入って問題無いのは、ファーストフード店くらいしかないから、そこに行こうって言ってんの!」
「……明日じゃダメ?」
「鉄は熱いうちに打てって言うじゃないの!
面倒臭がってないで、さっさとご両親に、少し帰るの遅れる、武藤と話をしてから帰るって電話しなさいよね!」
そこまで言われるなら仕方がない。
親も武藤愛照の事は知っているし、問題は無いだろう。
2人は駅近くのファーストフード店に入り、甘い飲み物だけを注文して席に着いた。
「まず、グッズの大量購入ありがとうね。
お礼の方を先に言っておくわ」
優子が使った金額は、大人基準では大した事なく、もっと大金を注ぎこむファンもいただろう。
しかし、「スケル女の天出優子」が買ったとなれば、話は違って来る。
更には同行した富良野莉久、安藤紗里、斗仁尾恵里の3人も
「優子ちゃんの友達なら」
とグッズを買って、一緒に写真を撮ったりした事で、愛照の注目度は一気に高まった。
愛照もそこまでは計算していなかった。
win-winで、優子の方の好感度も上がると思っていたが、愛照が受けた恩恵の方が大きい。
そこのグループのスタッフからも
「君は凄い人たちと交流あるんだね」
と言われ、早期の昇格を仄めかされたという。
「これは絶対に礼を言わないと、って思ったわ。
言っておくけど、利用する気は無いのよ。
私は自分のグッズ売り上げのノルマを達成したかっただけで、それ以上は本当に考えていなかった。
あんたが、富良野さんとその他を連れて来るとか思ってなかったし」
「あの3人は勝手に着いて来たんだけど……」
「じゃあ、富良野さんとその他にもお礼を言っておいて。
感謝してるって」
「……感謝してるなら、その他って言い方やめなよ。
安藤紗里と斗仁尾恵里ね」
「分かった、覚える。
で、どっちがどっち?」
「岩手訛りで、小さい癖にパワフルなのが斗仁尾恵里。
ちょっと関西訛りで、すらっとして背が高い方が安藤紗里」
「うん、頑張って覚える。
そういや、背が小さい方の……恵里さん? だよね。
声が凄い通っていたよね」
「あの人、小さい時は民謡で地元でも有名だったから、基礎は凄く出来てるの。
アルプスのヨーデルとか歌わせたら上手いと思う」
「それは知らんけど」
「オペラとかとは違うけど、あの歌い方、発声の仕方も良いよね」
「オペラねえ……じっくり聴いた事無いから何とも言えない。
でも、あんたでも他人の音楽を褒める事あるんだ」
「失礼ね。
良いものは良い!
自分こそが最高って思い上がりを捨てて眺めてみれば、勉強になるものはいっぱいあるよ」
「へー、意外。
あんたも大人になったのね」
「本当に失礼だよね。
私は、こと音楽に関しては勉強は欠かさないし、古今東西あらゆる音楽から良いものを取り入れてるんだよ」
「あれ?
一部の音楽は余り聴かないって言ってなかった?」
「それは男ばっかりでむさ苦しいから……。
って、その話を貴女にした事あったかな?」
「あんたの同級生に聞いたのよ」
「納得」
ここで二人とも飲み物を口にし、一息入れる。
「私たちのパフォーマンス、どうだった?」
愛照が尋ねて来た。
優子は、1公演の途中までだが、愛照の所属グループのライブを見学した。
スケ女級の芸能人は、観客席でファンの中に入れるわけにもいかず、ステージ横の控室代わりのテントからの見学である。
「楽しそうだったし、お客さんも盛り上がっていたから、良いんじゃないの?」
「そういう表面的な事は聞きたくない。
私は、あんたの音楽センスは認めているの。
だから追いつきたいと思ってるの」
「意外だね」
「それはどうでも良い!
で、その私が認めるあんたから見て、うちらはどうだったのか、遠慮ない意見を聞きたい。
どうすればもっと良くなるのか」
「私が音楽性で語ったら、悪口のオンパレードになるよ。
前世ではそれで喧嘩になった事もあるし」
「前世とか、変な事言わない!」
(サラッと流したよ……)
「だから、私は楽しかったか、お客さんが喜んでいたか、感覚で良かったか、そんな話をしたい。
お客さんが楽しんでいたなら、ガチャガチャした不協和音だろうが、ドタバタして揃ってないダンスだろうが、平凡なメロディーラインにも関わらず出だしで間違っていようが、問題無いと思うよ」
「……耳が痛い指摘、ありがとうね。
で、それは練習しないと直らない?」
「それはあるけど、もっと致命的に間違っている事がある」
「何? それは?」
「楽しいから良いんだけどさ」
「だから、それはもう聞いた。
問題の方を教えてよ」
「うん、お客さんとのコール&レスポンスにこだわり過ぎてる。
手を振ったり、マイクを向けたり、投げキッスをしたり、そっちに気を遣い過ぎ。
お客さん喜んでるからいいんだけど」
「うーん、言ってる事は分かるんだけど、うちは一人でもファンを獲得して持って帰らないとフェスに出た意味が無いって思ってるからさあ……」
「悪いとは言わないよ。
ただパフォーマンスが雑になった理由を聞きたいようだから、言っただけ。
前にライブを見た時は、今日程酷くは無かったよね。
まあ、理由は幾つも思う当たるけど」
「それは?」
「まず、ステージの場所の問題。
あそこ、正面にあるテレビ局の建物で音が反響してたじゃない。
そしてイヤモニ着けてないでしょ」
「……私たちみたいな弱小じゃ、あんたたちみたいな事は出来ないの」
「あれが無いから、いつものライブ会場のように、聞こえる音に合わせる事が出来なかったんじゃないかな。
Aステージ、Bステージで同時にライブして、音も混ざってたし」
「……私たちみたいな弱小じゃ……いや、もう文句は言わないよ。
他には?
「今の話と少し重なるけど、お客さんの声援やコールも大きかったよね。
あれって、私たちを惑わすんだ。
つい全力を出してしまう」
「それの何が悪いの?」
「いつもより振りが大きくなる、いつもより前のめりになる。
すると次の動作がワンテンポ遅れる。
体力を使い過ぎると、動きが悪くなる。
それこそグループの扱いの違いになるけど、うちらが割り当てられた風通しの良いステージで、夕方以降にライブするのと違って、あんな真昼間の野外で歌い踊ると、体力の消耗凄いでしょ。
私も経験したけど、ファンに乗せられて全力出し過ぎると、知らず知らずダメージ溜めてるよ」
「へえ、あんたもそういう経験したんだ」
「私だけでなく、スケル女の先輩たちも結構同じ体験したって」
「なるほど」
「貴女はよく、カプリッ女のライブを最後まで見る体力残ってたね」
「私は歌割り無いから!
後列で踊るだけだから!
あんたの言う、お客さんに向けて手を振るとか、そういうのはさせて貰えないの。
まだ候補生でしかないから」
「じゃあ、今のうちから練習した方が良いかもね。
ファンが熱くても、その日が暑くても、自分のペースを崩さないようにね」
「……それって、あんたがずっと着けている、手と足の重りも関係あるの?」
「無いわけではない。
体力はつくよ。
音楽にスポーツ選手みたいな体力は必要無いって思ってたけど、演じる側になって考え改めたわ。
音楽にも体力が必要だ。
私も前世で、コンサートやオペラの時に楽団員をこき使って、今になって悪かったかも、って思う」
「はいはい、妄想乙。
分かったわ、まずは体力ね!」
こうしてフェスの興奮冷めやらぬ内に開かれた、小学生2人の反省会は終わった。
次の登校日から、体に様々な重りを取り着け、
「お前、天下一武道会にも出るのかよ?」
と男子生徒にからかわれる愛照を見かける事になるのだった。
おまけ:
フロイライン!の面々は、如何なる事があっても呼吸を乱さない特訓をしていた。
「1秒間に10回の呼吸をしろ!」
「次は10分息を吸い続けて、10分息を吐き続けろ」
「体の隅々の細胞まで酸素が行き渡るよう長い呼吸を意識しろ。
体の自然治癒力を高め、精神の安定化と活性化をもたらす。
上半身はゆったりと、下半身はどっしり構えろ!
会場のファンと1つになれ」
「最も重要なのは体の中心……足腰である。
強靱な足腰で体を安定させることは正確な歌唱と崩れぬダンスへと繋がる」
「静から動へ転じる時にアイドル呼吸法の奥義はある。
そしてその奥義をみた者は推しになるのみ!!」
どこを目指した特訓なのか、深く考えるメンバーはいなかった……。




