(番外)異なる転生者
天出優子は、とあるガールズロックバンドを観ていた。
世界平和を訴える叫びと、似つかわしくない程凄まじいテクニックのピアノ連弾。
まあ、優子にその歌詞が刺さるわけではない。
彼女の前世はモーツァルトなのだが、そのモーツァルトが死んだ時、丁度フランス革命の真っ最中だから、ナポレオンが歴史の表舞台に立つ前だった。
ウィーンやザルツブルクが戦争に巻き込まれる不安もなく、モーツァルトは戦火や国家消滅の恐ろしさを知る事無く一生を終えたのだ。
転生後の天出優子も、きな臭くはなっているが、戦争に巻き込まれる恐怖からはまだ遠い国で生まれ育っている。
アイドルグループは、平和を訴える曲は歌う。
少し青臭い理想を語った歌。
世間に響くような反戦歌には至らない。
そういう政治的メッセージを、ファンが好まないからだ。
「宇宙から見たら、地球上に国境なんて無いんだよ」
「宇宙の歴史からしたら、人類なんて一瞬の時間を生きてるに過ぎないよ。
争うよりも、一緒にお昼ご飯食べよう!」
「手を取り合おう、肩を組んで歌を歌おう!」
こんな感じであり、ロック……というか一部の過激なアジテーションソングの
「おい、◯◯よ、そんなに戦争したかったら、テメェ一人で棍棒持って戦えよ!
戦場から遠く離れた場所から、命令だけ出してんじゃねえ!」
と言った直接的な激しさは無い。
だから、そっち界隈はアイドル歌手を
「自分で考えもしない甘ったれた女の子が、なんちゃって平和ソングを歌ったりするけど、何にも響かねえよ」
と切り捨てている。
一方、そっち界隈が嫌いな人たちからすれば
「たかが音楽で、世界を変えられるとか本気で思うなよ、世間知らずが!
思うのは勝手だが、違う意見の人をdisってんじゃない。
そんなにお前ら、偉いのか?」
と反発する。
優子は、そっち界隈は好いていない。
純粋な音楽で考えるなら、叫びに重きを置き過ぎて、綺麗な音が作れていない。
ラップとかを否定していないし、むしろ取り入れているものの、だからこそ良し悪しで判断すれば「悪い」と感じる方が多い。
そして前世晩年から転生後の価値観である、「客も演者も楽しんでいるか?」から見れば
「なんか眉間に皺寄せながら聴いている」
と、楽しくないと断定。
だから、否定はしないが距離を置いていた。
そんな優子が、このバンドを観ているのは、入場パスをくれた灰戸洋子に連れられて来た事もあるが、あるメンバーに興味を持ったというのが最大の理由である。
そのメンバー、西明日菜は元フロイライン!であり、卒業後に社会派ロック活動を始めた。
全員がラスボス級と言われるフロイライン!は、身内仲が極めて悪い。
西も現役時からそういう発言が多かった為、
「アイドルのなり損ね」
「俗物」
「そういう活動はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるから、過激なことしかやらない」
とか否定されていた。
それでもフロイライン!OGには変わりなく、熱狂的フロイライン!ヲタの灰戸は彼女の活動も追いかけている。
繰り返しになるが、天出優子はモーツァルトの転生体である。
オカルトな存在だ。
そんなオカルトな転生者から見て、西明日菜にも何かオカルトなものを感じる。
彼女には怒りに満ちた音楽家が、某漫画のスタ◯ドみたいに、重なって見えるのだ。
だから妙に気になっている。
(あれは何なんだ?)
観ていたロックバンドのライブが終わり、灰戸が「関係者パス」の強みを活かして挨拶に行った。
西明日菜は怒りに満ちたオーラを放っていたが、ライブ終わりで旧知のアイドル仲間に会っている時は、流石に穏やかである。
その西が、連行されて挨拶に来た優子に対し
「ちょっと二人だけで話をしたい」
と言い出したのだ。
「貴方はもしかしたら、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトですか?」
周囲に人が居ない事を確認すると、西はそう切り出す。
「え?
何を言っているんですか?」
とトボけたものの、優子は相当動揺していた。
ピッタリ当てられた。
そんな優子に、西は微笑みながら
「肖像画としてモーツァルトを見た事があります。
そのモーツァルトがビジョンとなって、重なって見える。
モーツァルトが取り憑いているか、もしくは、私と同じく貴方も転生したのか」
優子は黙っている。
貴方「も」と言ったか?
この西明日菜という女性と重なって見える、雰囲気から音楽家と分かる存在。
思い出した。
「まさかと思うけど、ショパンですか?」
「そうです。
知っていて下さり、光栄です。
私は貴方より、百年くらい後の存在です、親愛なるモーツァルト」
「いや、私はそんなんじゃないから。
というか、仮にそうだとしても、モーツァルトとショパンという立場で話すのはおかしいから、今生きている人物として話しませんか」
西は溜め息を吐き
「モーツァルトは上手く貴族社会でも生きられた。
そういう処世術は、私は捨てた」
と言う。
西明日菜は身の上話を始めた。
元々彼女は、自分の前世を知らずに育ち、たまたまタイミングが合った事でフロイライン!オーディションを受け、落選となったが候補生として活動を始める。
しばらくはオドオドした、しかし妙に音楽センスがあり、フロイライン!系の16ビートを楽々と歌い踊る才能の子として育っていった。
だが、フロイライン!の活動は過酷である。
昇格し、正規メンバーとなった西を待っていたのは、「一年365日で日本全国を二周するコンサートツアー」とか「コンサートと重なったから、成人式は出たらダメ」とか、多忙過ぎる日々を過ごす。
苛立ちから、ライブ合間に食べる弁当を壁に投げつけたり、涙が流れて止まらなくなったりと、情緒不安定になっていった。
そんな日々を送っていたある時、知り合いの勧めでショパンコンクールの予選に出場した。
西はピアノが異様に上手く、ピアノを弾いている時は心穏やかでいられた。
ちょっと弾き方に癖があるとされ、落選したのだが、その時
(なんで自分の曲を他人が審査し、落とされないとならないんだ?
この曲は、こういう弾き方するんだぞ)
と、まるで自分がショパンであるかのように憤慨している事に気づく。
そして、とある国が起こした戦争のニュース。
彼女の脳裏に、分割され占領されたポーランド、独立を目指した蜂起が潰された時の衝撃、活動家を支援するパリでの生活の思い出がフラッシュバックした。
「私は……ショパン……だった?」
次第に前世の様々な記憶が蘇って来て、現代の西明日菜の人格とも融合していく。
そして彼女は、社会に対する怒りを常に抱えるようになっていった。
やがて言動が激しくなり、メンバーからも煙たがられ、音楽性の違いを理由にフロイライン!を卒業した。
そして今に至る。
「……そうなんですね。
フレデリック・ショパンとしても、西さんとしても、壮絶な生き方をしているんですね」
優子はあくまでも、天出優子として話している。
西はそれがちょっと気に入らない。
「そうして擬態して生きて、楽しいですか?
私は転生したとはいえ、ショパンそのものではない。
西明日菜でもある。
二つの人格が混ざり合った今、私は単に祖国ポーランドの為だけに音楽をしていない。
郷愁はあるけど、もう祖国は独立を回復した立派な国、西明日菜が何かをしてあげる存在じゃない。
でも、祖国と同じように侵略に苦しむ国がある。
私は声を挙げる。
自分の思いを隠さない。
貴方はどうなんですか?
薄甘いアイドルなんかを続けて、満足なんですか?」
優子も少しカチンと来た。
だから言ってやった。
「私も私の欲に忠実だよ。
私は楽しい音楽がしたい。
いくらでも楽しい音楽を味わいたい。
私は貴女とは違う。
激しい怒りは持っていない。
音楽が全てです。
それに文句を言われたくない。
貴女は立派な考えを持っているけど、それを私に押し付けないで下さい。
貴女の表現する音楽、私は好きですよ。
音楽性を無視した叫びを音楽と言ってるのに比べ、貴女の音楽はメッセージを除いても楽しめる。
私は貴女を認める、だから貴女も楽しい音楽を追い求める私を否定しないで欲しい」
西は少しの沈黙の後
「すみません、熱くなり過ぎました。
人それぞれですよね。
ただ、敬愛するモーツァルトが、何故ただのアイドルとして埋もれる生き方をしているのか、疑問に思っていました。
ただ流されて生きているのではなく、貴方なりの信念の元で音楽を変わらず続けていると知って良かったです」
と返す。
「同じ転生して第二の人生を送る身、悔いのない生き方をしましょうね」
「だから、私は違うんです。
そういう事にしましょうよ」
そう言いながら握手を交わし、二人は次の予定もあって分かれた。
(私以外にも転生者が居たのか)
天出優子は驚き、少しだけ嬉しくなった。
自分「だけ」がオカルトな存在ではない。
以前、神の使いとやらが、不自然な自分に対して「身体を本来生まれるはずの人格に明け渡して、神の下に帰ろう」と言って来た。
糞食らえだ!(Leck mich im Arsch)
ショパンもあいつの生き方を貫くなら、自分も自分の生き方を貫くまでさ、我々は一人じゃない。
改めてそう思えたのは良かった。
そういう面でも、ロックフェスに来て良かったと思う天出優子であった。
おまけ:
今後も転生した過去の偉人が……という展開にはしません。
もう絡む事はないので「番外」です。
ショパンとワルシャワ蜂起と「革命」のエピソードはどこかで使いたかったので。
ちなみに、西明日菜という名前ですが、麻雀読みして西と読めば、西明日菜で元ネタが分かるでしょう。
フロイライン!は全員がラスボス級ですので。
(白子さんは居ませんが、濱野環、ハマノカーンとは読まない……は出すかもしれません)




