フェスを客として観よう!Teil2
天出優子たち、スケル女のメンバー数人は、現在某ロックフェスに来ている。
先輩たる灰戸洋子が、コネをフルに使った「関係者枠」での入場である。
灰戸自身は、第一の目的である推しグループ「フロイライン!」のライブを観られたから、もう満足していた。
しかし、彼女もまた強欲な女性である。
「アイドルも観たい!
アーティストも観たい!
声優も!
女優も!
この世の全ての可愛いものが観たい!」
と、堂々と言ってのけている。
強欲さを隠そうとしない灰戸は、優子の意思を無視して自分が興味あるアーティストのステージに引っ張り回していた。
天出優子は、35歳で死んだモーツァルトの転生した少女である。
彼/彼女は優れた音楽は大好きだ。
しかし、男の暑苦しさは嫌いである。
転生してから現在の女子アイドルに辿り着くまでに、当然ロックも見て来た。
天出優子は音楽性は否定していない。
ただ、
「俺たちは反権力なんだよ。
俺の音楽に賛同しねえ奴はダセえんだ」
的な事を言われると、無茶苦茶反発してしまう。
それと、映像でしか見ていないが、会場の男の暑苦しさから
「もういいや」
と敬遠してしまった。
だが、音楽シーンなんて数年で変わるものである。
たまたま見たロックグループがそういう事を言っていたとしても、数年後には消えていたりする。
いや、そのグループメンバー自体が宗旨替えして
「いや、あの時はちょっと俺、そういうのがカッコイイと思ってたんで」
となっている場合もある。
一番は、優子の検索条件が悪かったのだろう。
最初にそういうのを見てしまうと、サジェストで次々と似たようなグループばかり紹介される。
それで、男性のロックとはそういうものだ、と数年前の幼女期天出優子は勘違いしたのだ。
このロックフェスには、フロイライン!でなくても女性ボーカルグループが出演している。
ロックフェスも複数あり、頑なに「むさ苦しい漢の祭典だ! 覚悟ない奴は来るんじゃねえ!」というポリシーの所もある。
ここの会場は、それよりは随分と穏健派だ。
「このグループは、私の推しのK-POPなんだ」
と、灰戸が紹介して来た。
(このグループも知ってるよ。
タイミングさえ合えば、こっちに来てたかもしれない)
優子は、別に有名グループ「スケル女」に憧れてオーディションを受けたわけではない。
正直、どこでも良かった。
ただ、スケル女の雰囲気が極めて彼女に合ってはいる。
……変人を許容しまくっているところが。
他のグループはどうなのか、入ってみないと分からない。
先程会話したフロイライン!は、中がストイック過ぎて、優子は自分には合わないと判断した。
そんな血を吐きながら続けるマラソンみたいな音楽はしたくない。
優子は自分たちのグループよりも、圧倒的に女性ファンが多いのを見て
(こっちも良かったんだよなあ)
と、鼻の穴を拡げながら、客席の空気を堪能していたが、すぐに
「次に間に合わないから、名残惜しいけど、移動するよ」
と灰戸に連行されていく。
灰戸は様々なグループを知っていて、優子を連れ回す。
いつの間にか
「優子ちゃん、私たちに自由は無いのかな?」
と、安藤紗里、斗仁尾恵里の「サリ・エリコンビ」も捕獲され、灰戸の趣味につき合わされていた。
ただ、これはこれで良かったのだ、と優子は思う。
転生後の彼女は、まだ12年しか生きていない。
人生経験が少ない。
自分の知らないグループやボーカリストを見せて貰えるのは嬉しい事だ。
音楽については、一回聴けば大体の事が分かってしまう天才。
しかし、アイドルグループに入って、足りない部分を成長させるべくレッスンを積む内に、他の音楽家が努力し、苦労しているものも見えるようになって来たのだ。
そして、野外でのライブ、暑い中でのライブというものについても。
とりあえず暑さ対策は、水を飲んだり、扇風機で風を受けて涼みながらトークする等、無理をしないというのが分かった。
「そりゃそうだよな。
暑過ぎたら無理をしないのが一番」
蒸し風呂の中で特訓するような、どこぞのアイドルがおかしいわけで。
煽りは勉強になる。
疲れたら、観客席に歌わせて呼吸を整えるという技も。
終始ダンスしまくり、動き回らなくても良いのだ。
オペラだってアリアの時は、大きく動き回る事はしない。
当たり前な事が、特殊な環境にずっといると分からなくなって来る。
他の歌手を見るというのは、固定化し始めている考えをリセットする意味でも大事だろう。
「次は、男性グループだけど、大丈夫?」
「今まで何も言わずに引っ張り回したのに、なんで今更聞くんですか?」
灰戸が珍しく意思を聞いて来た事を訝しむ。
「だって、天出は女の子が好きじゃない」
「はい!」
「男は嫌いでしょ?」
「心外ですね。
別に嫌いじゃないですよ。
適度な距離があれば、全然平気です」
「でも、がっつき具合が全然違うし」
「そりゃあ、女の子は可愛いですから」
「可愛い男の子も居るけどね」
そう言って連れて来られたのが、いわゆる「男の娘」たちのパフォーマンスだった。
(カストラートが日本にも居たのか?)
驚く天出優子。
16世紀のローマで生まれ、モーツァルトが生まれた頃にピークを迎え、オペラブームを支えたカストラート。
モーツァルト死後、フランス皇帝ナポレオンによって禁止されるも廃れず、結局1878年に当時のローマ教皇が禁止してやっと消滅した男性歌手。
前世の知識と照合し、それと勘違いしたのは仕方がない。
小学校ではそういう人たちを「オカマ」とか言ってたし、同級生たちがそちらの性癖に目覚めるのはもっと年を取ってからだろう。
なお、ボーイソプラノ維持の為に虚勢されたカストラートと「男の娘」は全然別物なのだ。
ちなみに歌舞伎も勉強した優子は、女形の事は知っていたが、それは「オッサンの伝統芸」と理解して特に衝撃を受けていなかったりする。
オッサンの白塗りと、男の娘の「女性と間違えそうなメイクや服装」は、やはり違うのだ。
世紀間ギャップに衝撃を受けた天出優子だが、「男の娘」がいるなら、その逆も存在する。
男装の麗人という人たちだ。
そのパフォーマンスは、特に衝撃もなく受け入れる優子。
7女神の中で、八橋ケイコと帯広修子が女性だけの歌劇団の熱狂的ファンで、昭和少年漫画派とされる優子を自派閥に引き入れるべく、グループ内でオルグ活動をしていたからだ。
様々なジャンルの音楽を聴き、グループを観察した優子。
そして思った。
(「ロック」って一体、何なのだろう?)
最初にかなり先鋭化したロックから入ってしまった為、このフェスに「ロック」として参加しているグループを見るにつけ
(「ポップミュージック」と何が違うんだろう?)
と、分からなくなった。
フェスには生演奏ではない歌手たちも参加していたわけだし、歪んだギター音や強いドラムサウンドを使わないグループもいる。
こうして「何が何だか分からないけど、ロックって変に凝り固まった、イキってる連中だけじゃないし、ファンも革ジャン着たむさ苦しい男だけじゃない」と先入観をリセットされた為、終盤では男性ロックグループのパフォーマンスも楽しんで鑑賞出来た。
良い勉強になった。
今後のパフォーマンスや、創作にも活かせるだろう。
「……で、来た時より人数増えてるのは、どういう事????」
帰りの集合場所には、灰戸が把握している「後から合流した」メンバー以外にも、大阪の姉妹グループ「アダー女」の藤浪晋波と、その保護者である従妹の盆野樹里も加わっていた。
「どうしてここに?」
優子の質問に、盆野が溜息混じりに答える。
「違うフェスを観に来るっていうから、監視も兼ねて迎えに行ったら、こっちに居た。
さっき捕獲したところ。
お願いだから、一緒に移動させてや。
あの混雑する帰りの列に突っ込んだら、また見失ってしまうわ……」
色んな意味で、オフがオフにならない研究生同期たちであった。
おまけ:
某音楽家「ロックは反権力?
その通りだ。
音楽で世界を変える?
目指すのはそこだ。
だが、多くの叫びには力が無い!
平和で独立を守っている国に住む者の叫びには、何かが足りないんだ!
祖国が外国に占領され、独立を目指して蜂起したら潰され、神の恩寵を信じられなくなるくらいの闘争をしてないから、訴える力が弱いのだ!」
……このわりかし過激な音楽家「ピアノの詩人」絡みのネタは次回。




