フェスを客として観よう!
「天出ぇ!
次のオフ、一緒に出掛けよう!」
そう声を掛けて来たのは、最年長メンバー灰戸洋子であった。
「買い物ですか?
また新作の服買ってくれるんですか?」
「うん、その欲望塗れの言動、流石だね。
でも残念、違うよ。
服はまた次の機会ね」
天出優子はちょっとガッカリする。
ショッピングとかでなければ、休日に先輩メンバーと一緒に居るのは遠慮したいところだ。
まあ、この女性はテーマパークとか他の遊び場も色々と知っている。
彼女の趣味全開な場所だらけだが。
「フェス観に行こう」
「フェスですか。
それは(音楽好きな自分には)嬉しいんですけど、これから先、嫌っていう程見られませんか?
参加する形で」
「違う違う。
アイドルフェスじゃなくて、ロックフェス。
あっちは、アイドルフェスとは全然違う盛り上がりだからね。
勉強になると思うよ」
アイドルフェスよりも、ロックフェスの方が歴史は長い。
動員数も桁違いだ。
最近は「ロック」フェスと言っても、ロックンロールだけが出演するわけではない。
それでもロックフェスの名は、音楽をする者には格別の響きとなって聞こえる。
「分かりました。
勉強させてもらいます」
「硬い硬い、確かに勉強もするけど、まずは楽しもうよ」
こういった経緯で、優子はロックフェスを見物する事になった。
なお、灰戸洋子は優子のみを贔屓したわけではない。
研究生や後輩たちも誘ったので、結構な人数での参戦となった。
「はい、関係者パス!」
灰戸もまた、顔が広い芸能人である。
個人的なコネから、こういう裏口から入る手段を得る事が出来る。
こうでもしないと、ロックフェスは入場から大行列、ステージに行くまでに人込みの中を突っ走る事になり、遅れるとステージはほとんど見えない後方に立つ羽目になる。
この関係者パスは、出演者専用の移動通路を利用出来るし、観戦もステージ真横のテントの中から出来る。
「はい、フェス飯!」
関係者パスがあると、食事も楽だ。
並んで買う必要がなく、スタッフに買って来てもらえる。
フェスでは多くの屋台、キッチンカーが出るが、中でも人気なのが「こういう場でないと食べられない」いわゆるフェス飯、ライブ飯である。
特にステーキ丼とか、串焼きとか、特製ハンバーガーといった肉料理は人気だ。
また、日程的に暑い日に行われる為、かき氷やスムージー等もよく売れる。
いわゆる「ぼったくり価格」ではあるのだが、単なるぼったくりでは売れるわけもない。
販売側も売れるよう、単なる色付き砂糖水のシロップではなく、ご当地の果物を使ったものや、飾りつけをいわゆる「映える」ものにして、満足感を与えていた。
まあ、クソ暑いから、そういう満足は一瞬で終わり、さっさと火照った体に掻きこんで、こめかみ辺りに激痛を走らせているのだが。
「とりあえずこれが日程表だから、好きなアーティストのステージを見て来て。
集合時間は知らせておくから、時間厳守ね。
でないと、帰りに大変な事になるから」
灰戸は基本的に皆を放任する気だ。
それぞれ好きな音楽のジャンルが違う。
まとまって行動しても、誰かが退屈する事もある。
だったら、自分の責任で好きに見させた方が良い。
……幸い、今日いるメンバーには脱走癖、放浪癖がある人はいない。
居たら、この数万人の中から探し出す事になるだろう。
とてもじゃないが、連れて来られない。
「じゃあ、私はどこを観ようかな?
男の歌手は論外として……」
スケジュール表を見ながら考えている優子を、灰戸が後ろから首肩をガシっと掴んだ。
「これからフロイライン!のオープニングライブがあるから」
重度の「フロイライン戦闘員」である灰戸が誘ったわけだ。
他のメンバーは置いといて、優子だけはつき合わせる気満々である。
さらに、前の方から
「お、天出、居たな!」
と遅れて合流した暮子莉緒がラリアットをしてくる。
「なんで、クロスボ〇バーを……」
前後から先輩の腕に首を絡まれ、伊達メガネを狩られた優子が苦しい声で尋ねる。
「そのスカした表情の仮面を狩る為さ」
「〇〇マンの勝利記念」
2人の先輩がアイドルに似つかわしくない、妙な事を口走っている。
「すみません、本当に苦しいので、そろそろ解除してくれます?」
「ああ、悪い悪い。
じゃあ、行くよ」
「……私に自由は?」
「誰がここのパスを出したと思ってる?
あんたに自由は無い」
「ですよね……」
まあ、別に嫌なわけではない。
タイミングさえ合えば、加入したかったアイドルグループなのだ。
勉強になるだろう。
ただ、彼女に自由があるのかを尋ねただけ……。
この日は、開幕時間の9時にはもう暑かった。
湿度も高く、更に密集したファンの体温が空気を加熱する。
そんな中で、フロイライン!のライブが始まった。
(これは……自分がしたかった動きだ。
こんなに激しく動いて……最後までもつのか?)
優子は、かつての自分を思い出す。
初のフェスで、ファンの熱狂的な声援に押されて、開放的なステージでの高揚感も手伝っての限界を超えたスーパーモード。
冷静に指揮者的な視点で見れば、自分が飛ばし過ぎな事は分かる。
しかし、前世では声援を背中で受けていたのが、転生後は正面から受ける。
思わず全力を出してしまう。
それで倒れたのだから、実に自分が情けない。
ただ、あのスーパーモードではかつてないくらい、良いダンスが出来たとは言える。
それと同じように、ステージ横から見ているフロイライン!の連中は激しく動いていた。
自分のように、終わったら倒れないだろうか?
彼女たちは最後まで、疲労を感じさせずに動き続けた。
恐ろしい事に、トークという休憩時間を挟まない。
「お集まりの皆さん、フロイライン!です!」
「もっと声出していくぞ!」
「次が最後の曲です。
全力出し切って下さい!」
しか話していない。
セットリストも、以前優子が、2人の面倒な先輩に連れられて行ったコンサートで見たものとは違う。
しっとりとした曲は無いし、数人ずつ交代で歌うやり方もしない。
徹頭徹尾、激しい盛り上がる曲で固めた。
誰も休まない。
隙を見て給水するくらいである。
終わって引き揚げて来たフロイライン!は、当然というかそこでは疲労した顔を見せた。
足取りがふらついている子もいる。
だが、氷水を頭からかぶったり、ポリタンクに溜めてある水に頭を突っ込んだりしてクールダウンし、少しの時間休むと
「じゃあ、他のアーティストさんを観に行こうか」
と動き出したのだ。
(なんという体力だ……)
ライブパフォーマンスとか、そういう所ではない部分で勉強になった。
優子は、灰戸を通じてフロイライン!のメンバーと話をする機会を得る。
どうやったら、そんな体力を作れるのか?
暑いのにパフォーマンスを維持出来るのか?
その答えに、優子は啞然とする。
様々な手法の中には、農家のビニールハウスを借りて、高熱の中を長靴を履き、悪い足場の中で練習するというのがあった。
足腰を鍛える為に、この会場に近い樹海を走り抜ける訓練もしたとか。
たまに、習志野にある自衛隊に頼んで、荷物を持ったまま建物の三階から飛び降りる練習もする。
海上保安庁に頼んで、巨大プールでの潜水訓練もして肺活量を鍛えるとか。
(そんな、人間が壊れるような特訓をしていたのか?
一人一人は単なる「火」だが、二人合わせれば「炎」となる、炎となれば無敵だ、ってどういう根性論でアイドルしてるんだ……)
なるほど、アイドルなのに、アイドルフェスではなくロックフェスを選ぶわけだ。
アイドルに対して辛辣なロックファンでも、「場違いだから出るな」ではなく
「あいつらは認める」
と評価していた。
(確かに凄い。
でも、私はそこまで肉体を追い込む、超人しか出来ない音楽は目指さない)
優子の音楽を実現する為に、ある程度の肉体強化は必要だ。
しかし、物事には行き過ぎという事もある。
そういう意味でも、勉強になったと言えよう。
おまけ:
近代の「自由」という概念は、
「他者の意志ではなく、自己自身の意志に従って行為する」
というものだ。
丁度モーツァルトが生きていた時代に広まって、やがて市民革命による絶対王政打倒につながる。
なお、モーツァルトの人生は、割と好き勝手に生きてはいるが、自由は余り無かったかも。
宮廷音楽家時代が長かったし、親に従ってあちこち演奏旅行もしていたし。
(なので、35年の生涯最後の、貧困だけど自由に生きていた時の意思が巡り巡って、転生後の自分の目指すものが女性アイドルになってしまったわけで)




