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修行だ!

(どうにも胡散臭い……)

 ファンの熱気に乗せられ、限界以上の力を出さない冷静さ、「明鏡止水」の境地を習得する為に送られた禅寺で、天出優子は僧侶に対しそう感じる。

 出迎えた当初こそ、礼儀正しくしていたが、スタッフが去ると、ドテッと座り込んでビールを飲み始めた。


 天出優子の前世は天才音楽家モーツァルトである。

 そのモーツァルトが、イタリアで音楽修行をした時の逸話がある。

 ボローニャで出会ったキリスト教の聖職者を見て

「ココアを飲み、その後にワインと一緒に食事をたらふく食べて、食後にはコーヒー5杯とメロンを2切れ、そしてミルクをがぶ飲みした。

 なんか、聖人には見えない」

 と、手紙に残していた。

 当時のモーツァルトはまだ15歳程度。

 キリスト教の影響力が強く、聖職者を疑う事がタブーに近かったイタリアで、このような観察をしていたのだ。


 この禅僧も、とても宗教家には見えない。

 そう思っていたら、僧侶の方から

「言っておくが、俺は聖人とか高僧とか、そんなのじゃないからな」

 と否定して来たのだ。


「俺は元々ダメ人間だよ。

 色んな遊びをして来た。

 親からの薦めで僧侶としての修行をしたけど、かなりサボっていたから、破門されるところだった。

 親の後を継いで住職になったけど、正直この家業は金になる以外はつまらないって思っていたね」

 そんな事を言ってくる。

 どうしてこんな人に預けられたのだろう?


 僧侶は続けた。

「君に何を教えるか?

 それからしたら、こんな駄目人間が丁度良かったって事さ。

 俺は、ギャンブル依存症とかの克服に手を貸しているんだ。

 駄目人間だったから、俺も博打をしたよ。

 その魔力をよく知っている。

 真面目な坊主の言う事は聞かない奴も、俺の言う事は聞いてくれてね」

「あの……私はギャンブル依存症じゃないんですが」

(こっちの世界ではまだ、ね)


 反論した天出優子モーツァルトだったが、前世の彼は依存症の疑いがある。

 とにかくギャンブル通いが好きで、負けまくり、借金を作っていたのだ。

 転生後は、まだ小学生な事もあり、麻雀もパチンコも競馬もした事はない。

 だから、ギャンブル依存症克服の寺に連れて来られたのは、わけが分からない。

 僧侶は頷いて

「その年でギャンブルにハマっていたら、それこそ俺みたいなクソ坊主じゃなく、立派な坊さんなり神父さんなりに説教してもらった方が良いな。

 俺が教えられのは、ギャンブルをしながら、熱くならない心だからね。

 それなら君の希望に合ってるだろ?」

 尖った顎を撫でながら言ってくる。

「まあ、それなら……」

 どうにもまだ納得出来なかったが、とりあえずここから出るには、このクソ坊主から一定の修行を受けないとならない、だから我慢する事にした。


「じゃあ、ゲームでもしようか。

 トランプがいいかな?

 テレビゲームにするかな?」

「出来れば麻雀で」

「GOOD!

 では面子を揃えようか」


 僧侶は檀家に電話をかけ、遊んでくれる人を招いた。

 寺に麻雀牌があるのもどうかと思うが、ギャンブル依存症克服施設なら、有っても良いのかもしれない。


 最初の半荘で、優子は勝ちに勝ちまくった。

 ある意味ダメな先輩から渡された、とんでもないレートで麻雀をする漫画で覚えた頭でっかちな為、狙う役が役満ばかりである。

 大三元、四暗刻、字一色など、覚えやすい役を出しまくる。


「あーあ、負けてしまった。

 もう半荘いくか」

「いや、いいんですが、明鏡止水とか言うのはどうやって身につけ……」

「いいから、続行!」

「まあ、いいですよ」

 久々の、前世以来のギャンブルで楽しい、そういう部分もある。

 麻雀って楽しい、役を出しまくって、そう感じてもいた。


 だが、次の半荘で優子は負けに負けまくる。

 前の半荘が嘘のように、放銃しまくる。

 まあ、ど素人が役満狙いしかしないのだから、簡単に罠に嵌められるのだ。

 ボロ負けした優子は、今度は彼女の方から

「もう一回!」

 と要求した。

 僧侶たちは笑って応じる。


 そして八回もの半荘で負けまくり、ついに力尽きた。

 もうこんなギャンブル、見たくもない。


「じゃあ、負けを分析しようか」

 僧侶のその言葉にイラッとする。

「もうそんなの良いから、明鏡止水とやらを教えて、家に帰して下さい」

 不機嫌な声の優子に、初めて僧侶は声を荒げた。

「喝!

 お前の心を鍛える修行は、もう始まっている。

 気づかないか!?」

「え?」

 まさか、この麻雀が修行だとでも言うのか?


「まずは敗因を分析しよう。

 思った事を言ってみよう」

 僧侶は穏やかに語りかけた。

 優子は不貞腐れながらも、心当たりを話す。

 曰く、初心者で今回初めて麻雀をした。

 曰く、他の役をよく分かってないから、平和とか三色あたりで地道に勝つべきだった。

 曰く、何か癖を読まれたからだ。

 等等。


 僧侶は面子と顔を見合わせながら、笑った。

「お前は、この面子がイカサマを仕掛けていたって、気づかなかったのか?」

「は?

 え?」

 よく考えたら、最初の大勝ちすら怪しいものなのだ。

 ギャンブルに引き摺り込む手法で、最初は勝たせて儲けさせるというのがある。

 優子は、まんまとその手に嵌められた。

 大体、滅多に出ないから、役満は高得点なのだ。

 それが半荘中、連発してたのだ。

 僧侶からしたら、怪しめってところだった。


「さあ、分かったな?

 なんだかんだで、お前はゲームにのめり込んでいて、こちらの方を全く見ていなかった。

 流れがおかしいと、感じる事が出来なかった」

「確かにそうです……」


 種明かしをされると、前世でのギャンブルも怪しいように感じられる。

 勝ってはいたのだ、少額で。

 その勝ちが病みつきになり、高額勝負を仕掛けては負けている。

 今度こそ、今度こそ、と気がついたら借金を背負わされていた。

 どこぞの通訳のように、ほぼ無限に引きおろせるクライアントの銀行口座を知っているわけではない。

 モーツァルトは作曲しながら、借金を返す生活を繰り返したのだ。

 だが、あれは本当に勝って、本当に負けていたのか?

 仕組まれた舞台で、踊らされただけじゃないのか?

 オペラで舞台演出まで手掛ける自分が、誰かのシナリオ通りに踊らされていたなんて、とんだお笑い草だ。


「分かりました……。

 私は周りが見えていない。

 だからライブでも熱気に流されて……」

「喝!

 知ったような事を、薄っぺらく話すな!

 こういうのは、理解するんじゃない。

 身に染みつけるんだ。

 頭で考えても、そんなのは簡単に意識から消える。

 だが、染みついた行為なら、それこそ無意識で出来る。

 俺は駄目人間で、ギャンブル依存症から救ってやる事しか出来ない。

 だから、お前が求める、コンサートで熱気に呑まれない事がこれで出来るかなんて分からない。

 分からないが、道は示した。

 後は自分でやれ。

 まあ、とりあえずそののめり込みやすい性質は、今日これから矯正してやろう」


 ギャンブルに限らず、テレビゲームだったり、漫画読みだったり、様々な事をしながら「それを楽しみつつ、自分や周囲を俯瞰して見る冷静さ」を作り出していく。

 そして、寺を出る時には

「もう懲り懲りです。

 ギャンブルは今後絶対しないでしょう」

 と、トラウマを植え付けられていた。


 僧侶は苦笑いし、

「お前さんはギャンブル依存症克服じゃなかったんだけどなあ。

 まあ、ギャンブルでもなんでも、一回嬉しさも怖さも経験してみるのが必要だ。

 一回、コンサートで楽しくなり、倒れるまで熱狂に身を任せたって聞いた。

 それが一歩目。

 冷静に流れや自分の状態を見る、それが二歩目。

『狂気の沙汰ほど面白い』……そう言った博打打ちは、実に冷静に状況を見極めていた。

暗黒面(ダークサイド)は素晴らしい』……半分真理だ。

 感情任せ、欲望塗れで力を放出しつつも、それを制御出来る理性(フォース)があれば最強だ。

 あとは何度も成功と失敗を繰り返して、明鏡止水の境地は自分で見い出すのだ。

 何回か失敗して、まだ分からなかったら、また来なさい。

 誤解したら駄目だから、最後に言っておくぞ。

 ギャンブルと違って、楽しさを感じなくなったら意味が無いからな。

 楽しみながら、同時に冷静でいるのだ。

 それで新しい楽しみも見つけるのだ。

 と、坊さんらしい事を言ってみたよ」

「いえ、感謝してます。

 そして、私が音楽を楽しめなくなるなんて事は、決してありませんから、安心して下さい」

 そう言って握手を求めた。


 基本、一を聞いて十を知る天才である。

 この一回で優子は、熱狂に身を任せながらも、ギリギリの所で踏み留まり、倒れる程は消耗させない「自分を管理する自分」を作り出し、熱狂の中で限界を超えて楽しみながらも、無事に完走させられる楽しみというのを覚えるのであった。

おまけ:

優子「あの協力してくれた人たちにも、ありがとうと伝えて下さい」

僧侶「あれ?

 まだ気づいていない?

 あの人たち、プロの雀士だよ」

優子「へ?」

僧侶「まあ、ありがとうってのは伝えておくけど、彼らは仕事でやっただけだからね」

優子「もしかして、ギャンブル依存症の克服って……」

僧侶「多分思った通りだよ」


徹底的に、檀家の爺さんとか農家のおっさんのような見た目のプロに負け続けさせる。

そして心をバキバキに折った後に

「全部イカサマなんだよ。

 勝つも負けるも、こちらにコントロールされていたんだ。

 あんたは、お釈迦様の手のひらの上で踊らされた猿だったんだ」

と、トドメを刺す。

そして冷静に見る目を作ると、ギャンブルとは結局胴元が儲かり、自分は損をするように出来ていると気づかせ、ギャンブルから離脱させる手法であった。


「それでも直らないダメ人間はどうなります?」

「本物の狂気に当ててみる。

 博打の為に死ぬのも怖くない者、相手を殺す為に血を賭けさせる者、麻雀牌に毒針を仕掛けたり、その毒を抜く為に頸動脈を切るような者。

 そうした狂気を前に、自分なんて凡人だと実感させれば、真っ当な人間に戻ってしまうよ」

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アカギと鷲巣と……誰? とりあえず、越えてはならないラインの向こう側だろうが……
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