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研究生になったぞ!

「じゃあ、新しい研究生、挨拶して」

 スタッフに促され、少女たちが緊張しながらメンバーたちを前に自己紹介する。


「安藤紗里です。

 石川県出身、15歳です。

 よろしくお願いします」

斗仁尾とにお恵里です。

 岩手県出身、15歳です。

 よろしくお願いします」

盆野ぼんの樹里です。

 大阪府出身、17歳です。

 頑張ります」


 そして四人目、皆の視線が集まる。

「天出優子です。

 東京都出身11歳、小学生五年生です。

 ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、皆様ご指導よろしくお願いします」


 ざわつく周囲。

 無理もない。

 オーディションの時、余りの上手さに他の候補者を絶望させ、スタッフすら才能を恐れた話が伝わっているのだ。

 書類選考の一次審査はともかく、東京会場で行われた二次と三次審査後、辞退する子が多発した。

 今、研究生同期となった子たちは異なる会場で三次審査までを過ごし、最終審査では凄さの一部しか見ていない。




「はい、皆さんおはよー」

 珍しい事に、総合プロデューサー戸方風雅が研究生初お披露目の場に現れる。

「戸方先生、おはようございます」

 もう午後だが、芸能界は常に「おはよう」が最初の挨拶なのだ。

「新研究生の4人には、これから挨拶に始まる礼儀作法を勉強して貰いますのですが、予定を変えます。

 まず研究生だけで一曲歌って貰います」

 またもざわつく。

(先生!)

「小声で何ですか?」

(そんな事したら、折角の新研究生が自信失ってしまいますよ)

「ん? 天出さんの事?」

(いいえ、他3人です。

 他の研究生にも悪影響かと)

 戸方Pは手をヒラヒラさせて否定する。

「むしろ、あの天才少女の鼻っ柱を折るのが目的です。

 最初にハッキリさせた方が、今後指導しやすいし、他の子たちも自信を失わないと思いますよ〜」

 戸方Pは笑顔だが、黒縁眼鏡の奥は笑っていない。


 早速、従来からの研究生4人と、新研究生4人で属するグループ「スケルツォ」の有名曲を歌って貰う。

 それは合唱曲で、ソロパートは無い。

 それがこの曲を選んだ理由でもある。


 聴き終わった戸方Pは

「天出さん、ダメだねー」

 と言ってのけた。

(自分がダメ?

 一体どういう事だ!?)

 思わずカッとする中の人。

 だが、研究生入りする前の父との会話を思い出す。

(ダメと言われる自分も楽しもう。

 ここは前世のウィーンじゃないんだ。

 場所も時代も文化も違う。

 何がダメなのか聞いてみようじゃないか)


 切り替えると、モーツァルトはさっさと11歳の優子ちゃんモードで

「すみません。

 もう一回、やらせて下さい」

 と意気消沈した口調になってみる。


「何がダメだったか、分かる?」

「分かりません……」

「じゃあ、何回やっても無駄なんじゃない」

「はい」

「じゃあ、もう一回は無いよ」

「すみません、何が悪かったか教えて下さい」

「分かんないの?」

「分かりません」


 ちょっとパワフル気味だが、先日の子生意気な少女がしおらしくしているのに、気分を良くするスタッフ。

 だが戸方Pの見方は違う。

(カッとなって突っかかって来るかと思ったけど、感情をコントロールしたな。

 そして、しおらしく、目に涙を浮かべているが、あれも演技だ。

 実際には、あの意地悪な態度なんか屁とも思っちゃいない。

 11歳なのに、恐ろしい子だな)


 彼は、優子モーツァルトの演技を見抜いている。

 どんなに怒鳴られようと、きっと手を変え品を変え、疑問を聞き出そうとするだろう。

 鼻っ柱は軽くへし折った。

 それ以上は、今は無理だ。

 下手に高圧的な態度を取ると、他の研究生も怯えさせてしまう。

 ここらで種明かしをしよう。


 戸方Pは、スタッフを制すると、

「じゃあ、さっきの録音を聴いてみましょう」

 と言って、レコーダーを再生した。

 綺麗な合唱になっている。

 研究生も正規メンバーも、何が理由か分からない。

 だが、天出優子は苦虫を噛み潰した表情になっていた。


「分かったようだね」

「はい」

「皆に説明出来る?」

「はい……」

「じゃあ皆さん、何がダメなのか聞いてみましょう」


 天出優子の歌は上手かった。

 一方で、自分だけ目立たないよう、圧倒的な表現は控えた。

 控えたつもりだった。

 だが、聞こえて来たのは「天出優子with研究生」というもので、決して「8人の合唱」ではない。


「もし天出さんが指揮者だったら、どうする?」

「……もう少し抑えさせます」

「そうだね、正解。

 指揮者がいたら、そうする。

 けど、コンサートに出たら指揮者なんていないよ」

「……自分で調整します」

「しっかり勉強しようね。

 あと、他の皆にも聞いて欲しい。

 天出さんの皆を引っ張る、リードボーカルが悪いわけじゃないんですよ。

 曲によっては、一人か二人がメインで歌い、他はコーラスってものもある。

 それなら実に良かった。

 でも、僕はあえて合唱曲を歌わせた。

 君たちは中に居るから分からない。

 バランスを崩しちゃダメなんです。

 あと、パート毎に交代で歌う曲もあります。

 これも、誰か一人だけが上手いってのはダメです。

 それがグループで活動するって事です。

 他のメンバーとの協調が必要なんです」


(そうだよ。

 私が指揮者なら、真っ先に注意する。

 演者の中にいて、気持ち良く歌っていると、気づかないものなんだなぁ)


 下手な方に合わせる、声が出ない方に合わせる。

 それは最高の音楽を求めて来た天才には、新鮮な体験だった。

 前世の彼が指揮棒を振っていたなら

「そこの下手くそさん、もう帰って!

 代わりにもっとマシなの入れて」

 と言っていただろう。

 しかし、ここは違う。

 揃えられたメンバーの方に合わせるのが大事だ。


「まあ天出さん、来たばかりでいきなりこんな事させて悪かったね。

 でも、君なら理解すると思った。

 理解したなら、皆と仲良くしてね」

「仲良く?」

「そう。

 仲良くなって、皆の事を理解するようになったら、考えなくても合わせられるようになるから。

 まだ今は、耳で聞きながら抑えるんだろうけど、段々とツーカーでハーモニー出来るようになるから」

「はい、仲良くします」

「時間はあるんだから、気長にね」

「え? 時間はある?」

 優子はさっさと正規メンバーに昇格したい。

 悠長な事は言ってられない。


 だが、残酷な事実が立ちはだかる。

「うちは13歳にならないと昇格出来ないけど、ご両親に聞いてない?」


 天出優子モーツァルトは愕然とした。

 両親を説得する形だった為、諸々自分でやって来た。

 だから、前世と同じ

「契約書の細かい所はよく読まない」

 癖で、肝心な部分に気づかなかったのだ。


(年齢は10〜19歳しか読んでなかった)

 そう後悔する優子だったが、約一月後、戸方Pもまた自分の発言を後悔する事になる。


「皆と仲良くしましょう」

 これを開き直った天出優子モーツァルトが悪用し始めたのだ。


「仲良くしましょう、って言って、シャワーの時とか一緒に入ろうとして困ります」

「汗を拭いてあげるとか、ベタベタして来て嫌です」

 等等の苦情が寄せられ


『天出優子、過度のスキンシップ禁止』

 という新しいルールが作られてしまったのは言うまでもない。

 

おまけ:

某グループのリーダーだった人、

「◯◯と一緒に更衣室に入るの禁止」

というルール作られたんで、それを参考にしました。

あそこの事務所、◯◯ハラと呼ばれる、女の子から女の子へのスキンシップは寛容ですが、度を越すとやはり……。

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