反省点
「フェスで倒れたんだって?
よく頑張ったね!」
夏のアイドルフェス限定グループ「カプリッ女」の初フェス、その終了後に天出優子は体力と水分を使い果たして倒れた。
それを伝え聞いた先輩メンバーは総じて好意的に捉え、特にリーダーの馬場陽羽は肩を叩いてその頑張りを讃えた。
「で、ご褒美はそこの馬鹿を引き離す事で良い?」
「えー、別なのも欲しい所ですが、まずは最優先でお願いします」
優子の背後から
「頑張り過ぎちゃうゆっちょも大好き~」
とハグして来て離れない照地美春を、まずはどうにかしないと。
カプリッ女メンバーの富良野莉久がジト目で睨んでいるのも怖いし……。
「じゃあ、集合!」
馬場が声を掛け、スケル女正規メンバー、研究生が集まる。
「昨日は、ファンミーティングとフェス参加、お疲れ様でした。
フェス組、3人倒れたって聞いたし、本当大変だったね。
で、次から倒れないようにするにはどうしたら良いか、話を共有しよう」
あの日、終演後に動けなくなったのは優子だけではなかった。
優子は派手に倒れただけで、富良野莉久も椅子に腰かけた後は自力で立ち上がれなくなり、救護室に運ばれて水分補給をした。
斗仁尾恵里は動いてはいたが、意識朦朧としていたようで、危険と判断したスタッフによってやはり救護室入り。
他のメンバーは疲労しつつも元気であったが、スタッフは休憩が必要と判断して、スケジュールをずらして帰りを遅くしたのだ。
「一番派手に倒れた天出。
どうしたら良いか分かる?」
馬場の問いに
「体力をつける事……特に暑い中で動けるように……」
と答えていると、馬場は言葉を遮って
「分かってないねえ。
問題はそこじゃないんだよ」
と言った。
「体力つけるのは半分正解。
だけど、今のままだと体力をつけたら、つけた分消耗するだろうね。
だって、お客さんの盛り上がりに乗ってしまって、全体力使ったでしょ」
と指摘する。
「そうだったかもしれません」
「そうなんだよ。
私も経験者だから分かる。
ていうか、割と同じ経験した人多いよ、うちのグループは」
馬場がそう言うと、灰戸洋子、辺出ルナ、暮子莉緒なんかが頷いている。
「貴女たちが初フェスで、盛り上がり過ぎと昼過ぎの暑さに倒れた。
その境地は我々が10年以上前に通り過ぎた道だ!
ねえ、灰戸海王」
暮子の、少年漫画になぞらえた振りに、灰戸が溜息混じりに返す。
「だ~か~ら~、人を変な呼び方しないで。
まあ、スタッフも対応慣れてたでしょ。
私たちも昔、まだ売れてなかった時にフェスに出て、やっぱり迷惑かけちゃったんだ。
私たちも段々と暑さ慣れしたけど、それはスタッフさんたちもなんだ」
「話を戻そう。
富良野と斗仁尾にも聞いてみよう。
どうして倒れたと思う?」
富良野は
「私も体力不足だと思ってました」
と、自分の動けなさに不甲斐なさそうに答える。
それに対し斗仁尾は
「暑すぎました……」
と回答。
岩手県で生まれ育った彼女には、真夏日は中々厳しいようだ。
馬場は頷きながら
「富良野は天出と同じような間違いをしているね。
斗仁尾の方は合っている。
貴女は暑さに慣れたら大丈夫だと思う」
と言う。
「天出、富良野に限らず、注意すべきはペース配分無視した飛ばし過ぎ。
気持ちは分かるんだけど、あのノリに乗せられたらダメ。
いかに盛り上がっていても、自分のペースでライブをしないと。
歌う方も熱くなるのは良い事だよ。
お客さんが盛り上がっているのに、ステージ上で淡々としていたら興覚めだからね。
でも、パフォーマンスは熱くても、頭の中は冷静でなければダメ。
その場の熱さに流されないよう、明鏡止水の心で……」
「そう!
だからここに錆びて切れない刀がある。
これで……」
「はい暮子!
また変なアニメネタ持って来ない!
何にせよ、体力をつけるよりも、精神的な修行が必要だね」
「精神……ですか?」
「前時代的かもしれないけど、結構重要よ。
ただ出力を抑えろって言うんじゃない。
全力を出しながら、無理をしない、ずっと続ける。
これはねえ……一回経験しないとどうにもならないんだ。
頭じゃ理解したつもりになっていても、熱さに飲まれてしまったら、そんなものどこかに吹っ飛んでいってしまう。
体で覚えるっていっても、そう何度も出来る事じゃないからねえ。
体に悪いし。
というわけで、メンタル面でどうにかするのが一番だね」
天出優子からしたら、これもまた新鮮な話だった。
いや、前世が18世紀ヨーロッパ人な事を除いても、小学生からしたら聞き慣れない指摘だったろう。
なにせ「全力を出せ」というのが、この年代では常に言われる事。
一生懸命に頑張れというのはよく聞くが、冷静になってペース配分しろというのは中々聞かない。
小学生でも運動部では、最近はそういう指導をされている。
平成以前は「ぶっ倒れるのはたるんでいる証拠、倒れないよう鍛えろ」とオーバーワークを強いられ、「水はバテるから飲むな」「気力を振り絞れ」といった指導をされていた。
馬場はフッと笑った。
「いやあ、こういう指摘出来るのは嬉しいねえ。
これを教えないとダメなくらい、全力を出したって事だもんね。
リーダーとして誇らしいよ」
そう言うと、各々に合った指導をしていく。
なおこれは、馬場が自分一人で、自分自身の経験だけで考えた事ではない。
同様に、頑張り過ぎて過呼吸になったりしたアイドルを見て来たスタッフの経験も踏まえ、医師やトレーナーとも相談した上での話だった。
「富良野。
最初に言っておくけど、あんたは昔の動きには戻れないよ。
それはあんたが怠けたからではなく、成長したから。
筋肉が着いたし、多分骨格も頑丈になった。
だから、昔のあんたを追い求めちゃダメ。
新しい自分で、合った形のダンスを目指そうよ。
だから、太るのを気にして水を飲まないとか、そういうのはしないで。
適正な水分を取って、ステージ上でもちゃんと給水してね」
「斗仁尾は自分でも分かってるようだけど、暑さ慣れね。
去年の秋に研究生になったから、東京の暑さは分かんないよね。
だから、慣れるまでは無理しない。
ライブの最中でも、『あ、無理だ』って感じたら、ステージ袖に下がって良いから。
まだそれで許されるから。
まだ研究生なんだから。
ステージ上で倒れられる方が迷惑だからね。
大丈夫、あんたが抜けた時は他のメンバーがフォローするから。
安心して、自分の体の方を優先しよう。
なあに、二、三年もすれば慣れるし、私たちもエアコン効いた室内でライブする方が多いから」
他のメンバーにも
「今言ったように、危険だと思ったら、迷わず下がって。
下がる時に、アイコンタクトしておけば、他のメンバーがカバーするから」
「逆に残ったメンバーは、下がったメンバーのフォローはしっかりね。
いつ自分が同じようにフォローして貰う事になるか分からないんだから」
「これはパフォーマンスの一つなんだけど、盛り上がっている最中に水を頭から被るとか、水を撒くってのもアリなんだ。
ステージ濡らしちゃうけど、実はそんなの折り込み済み。
アーティストのライブだと、水撒くとかしょっちゅうやってるし。
頭を冷やすってのは有効だから、そういう時はやっちゃおう。
あ、注意点としては、濡れた床で滑らないようにね」
等と伝えていった。
「どうしてこうなった?」
天出優子は、八橋ケイコに連れられて禅寺に来ていた。
「さあ、明鏡止水の境地を極めましょう!」
果たしてこれで、メンタルの修行が出来るのか、いまいち疑問を感じる方法であった。
……なんだかんだで上手くいくのだから侮れない。
おまけ:
大阪アダー女の藤浪「私は暑くてもバテないねえ」(体育会系)
広島アルペッ女の長門「暑かったけど、慣れとるけえ」(瀬戸内が拠点)
平気な人もいる模様。




