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自分の中の驕りを捨てよう

 天出優子の父親は、天出礼央という。

 レオなんて名前にした祖父母とは違い、彼は手堅く保守的な父親であった。

 優子の芸能界入りも反対である。

 彼の価値観からすれば、どんなに稼いでいてもお笑い芸人なんてのは、社会不適合者の集まりで評価に値しない。

 アイドルとして活躍しようが、そんなのは家族の為に尽くす専業主婦に劣るものと思っている。

 娘には、普通に中学、高校と進学し、あとは今の時代なら大学から就職して欲しい、願わくば公務員や医師なんかになって欲しいと思っていた。


 一方で彼は、娘の類稀なる才能にも気づいている。

 音楽や芸術なんて、生活していく中での順位は一番下、余裕がある時に嗜むものと思いつつも、その音楽の才能が自分では計れないレベルだと感じていた。

 彼は昭和の頑固親父ではない。

 娘がしたいように、ピアノスクールに通わせたり、コンサートを観に行かせたりしていた。

 自分の意見を押し付け、暴力で従わせるなんて事はしない。


 その彼が、優子に思いっきり反対したのが、アイドルのオーディション参加であった。

 保守的な父は、音楽をするなら音大に通い、どこかの楽団員となる事を望んでいる。

 ウィーンだのベルリンだののフィルハーモニーに入るなら、音楽だって立派なものだ。

 だが、日本の芸能界なんて賎業だ。

 娘が自ら、性上納だの枕営業だのと言われる世界に入って行く事に、父は猛反対した。

 何度も言い合った末に、「大手事務所」「3回落選したら諦める」という条件で父娘は折り合った。

 なお母親の方は、娘がやりたいようにしろ、という立場だったし、祖父母はファンキーで

「優子ちゃんが歌手になるの?

 応援するよ〜!!」

 なんて言っていて、父の味方は居なかったのだが。




 こういう性格の天出礼央だが、娘が

「オーディション合格ではなく、研究生から」

 と言われて不貞腐れている事に、一言言わねばならないと思ったようだ。


「優子、いいかい?」

「パパ?」

「研究生だと嫌なのか?」

「そりゃ、ねえ。

 なんで私がって思う。

 私より優れた人は居なかったんだよ」

「そうか。

 じゃあ、もう辞めなさいって言いたい所だけど、別な事を言うよ」

「別な事?」

「優子、思い上がっちゃダメだよ。

 君には足りない部分がある。

 審査員はそれを見抜いたんだよ。

 研究生から始めるなら、それで十分だよ」

 これには、天出優子の中の人が憤った。

 自分に何が足りない?

 音楽もろくに分からない凡人たる父が何を言うのか!


「パパまでそんな事言うの?

 じゃあ、言ってみてよ。

 私に何が足りないっていうの?」

 食って掛かる娘に、父はにこやかに返した。

「楽しむ心」

「へ?」


 中の人たるモーツァルトには、意外な回答だった。

 この父親は、音楽の心得が無いに等しい。

 芸術は、生活が充足し、身だしなみや美味しい健康的な食事が出来て、自動車とか生活必需品ではあるが贅沢品でもあるものまで整った後、最後の余裕で楽しむものという、モーツァルトとは相容れない考えをしている。

 そんな男の口から出たのが「楽しむ心」とは……。


「いいかい?」

「うん」

「僕は音楽なんてのは、生活の順番で一番最後だと思っている。

 だからこそ、リラックスして聴きたい。

 心安らかに、ストレス溜めないで」

「最後かどうかはともかく、それは分かる」

「僕が感じるだけかもしれないけど、優子がたまにムキになって弾くピアノ、ちょっと刺々しい」

「へー。

 パパからそんな感想聞くの初めてだよ」

「まあね。

 僕は音楽の事は知らないから、口を出さないようにしてたんだ。

 やっても無い人に、あーだこーだ言われたら頭に来るじゃない」

「そうだね」

「でもさあ、アイドルになって歌ったりすると、聴いてるのは音楽の専門家じゃないでしょ」

「そりゃあ、ねえ」

 モーツァルトの前世、彼は民衆の為のオペラを作った。

 K.620「魔笛」は、民衆に対して演奏されただけでなく、音楽の本場のイタリア語ではなく、皆が分かるドイツ語で台詞が書かれていた。

 モーツァルトが最後に目指したものだ。


 父との会話に戻る。

「優子はさぁ、意見が違って議論になると、かなり刺々しいよね。

 それは仕方ないけどね。

 でも、それを音楽に出してるようにも思うんだ。

 テレビとかで下手な演奏を聴くと

『それはこうすれば良いじゃない』

 って言って実演するでしょ?

 上手いんだけど、攻撃的なんだよね。

 優子は普段は穏やかだし、色んな音楽を楽しんでるけど、下手なのに持て囃されてるのを見ると、攻撃的になるよね。

 しかも、相手をおちょくる感じで。

 見ていて気分良いものじゃないよ」

 優子モーツァルトは何も言えない。

 言われてみれば、多々思い当たる。

 下手くそな大家をおちょくってやれ、という思いは前世から引きずっていて、直す気はなかった。

 だけど、それを音楽に無知な父に指摘されるとは。


「優子はさ、自分より下手な子が、同じように落選していたら、優しいままでいたと思う。

 でも、自分より下手な子がオーディションを通り、自分がその下ってなったから、攻撃的になり、面白くないんだと思う。

 11年育てて来たんだ、そういう所があるって知ってた。

 テストとか勉強とかで、そういう面は成績伸ばすから良いと思って放置してた。

 でも優子はアイドルになりたいんでしょ。

 そういうキツい子は人気出ないんじゃないかな」


 一々もっともだ。

 確かに、自分以下の子が合格したと聞いて、イライラしていた。

 ではどうすれば良い?


「君からしたら下手かもしれないけど、下手な音楽も楽しんだらどうだい?

 アイドルなんて、一部歌が上手い子はいるけど、全体的に見ればそれで売ってないんだから。

 下手な子が上手くなっていく過程を楽しんでるんじゃないかな。

 僕が言ってる事、間違ってる?」

「間違って……ない」

「だよね。

 だったら、研究生になった自分も、まだ成長出来ると思って楽しんだらどうだい?

 もし、自分の技術が上、認められないとおかしい、音楽は技術だって言いたいなら、アイドルなんて辞めよう。

 パパが望む音楽大学とか目指そうよ」


 優子モーツァルトには、今のが一番効いた。

 民衆が楽しむ音楽を望んでいながら、その楽しみ方の多様さを認めていなかった。

 完成された音楽が全てで、未完成とか成長途中を楽しむなんて頭に無かった。


(私は結局、古い頭のままだったんだ)


 どんなに大衆が楽しむ音楽を目指していても、その形が古典的なオペラやピアノ協奏曲という形なら、父が言うように音大から楽団に行った方が良い。

 違う、違うんだ。

 時に音を外す、歌詞を飛ばすようなライブでも、それ込みで皆が盛り上がって音楽。


(自分は思い上がっていた。

 驕っていた。

 音楽は上手い下手ではない。

 楽しいか、そうでないかだ)


「まあ、僕はもうアイドルオーディションなんかは辞めて、普通に小学生、次は中学生ってやって欲しいんだけどね」


 父の最後の言葉を拒否した天出優子。

 その表情は妙にスッキリしていた。


 そして彼女は、母の同意も得てアイドル研究生となる手続きをしたのだった。

おまけ:

芸術は最後の最後、これは作者の意見ではないです。

コロナ流行時、とあるミュージカル女優さんが演目中止を発表した後

「まず感染症が収まり、生活が元通りになり、私たちの事はその後で良いですから。

 皆さんに余裕が出来たら観に来て下さい」

てな事を言ってまして、それを参考にしました。


(他にも「娯楽なんて生活の一番最後だぞ」っていう事を言ってる野球監督もいたように覚えてます)

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― 新着の感想 ―
堅実で真っ当に生きてほどほどに上手く出来てるならそれで良いんですけど、生き方下手で上手くいかないことばかりの人にはひとときの楽しみが有ってこそ、ということも有りますからね。 一切の娯楽も無しに生きてい…
お父さんいいことしか言ってないのに…
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