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新曲だぁ!

 スケル(ツォ)、並びにアダー(ジョ)、アルペッ(ジオ)総合プロデューサー戸方風雅は、音楽は好きだがその才能に恵まれているとは言い難い。

 メロディーラインは平板だし、歌詞は青臭い少年の詩のようなものだ。

 だから人脈を駆使し、素となった曲をアレンジでヒット曲に作り替えてもらう。

 自分では作れないが、他者の編曲したものを聞いて、これは売れる、売れないという判断は抜群である。

 ゆえに「プロデューサー」であり、決して作詞家・作曲家・編曲家で名を売ってはいない。


 創作者(クリエイター)としては凡才な彼だが、他の創作者たちに比べてズバ抜けて傑出した才能もある。

 それは筆が速いというか、創作に要する時間が短いというか、そういう部分である。

 そして違った音楽を作り出せる。

 ゆえにかなりの多作なのだ。

 これは幾つもアイドルグループをプロデュースするには持って来いの才能と言えた。

 スケル女も他2つも、楽曲を切らす事はない。

 常に新作を用意される。


 ある意味で、戸方Pは「才能がないモーツァルト」とも言えよう。

 モーツァルトは言わずと知れた多作の音楽家だ。

 全部で900作以上、交響曲だけで番号付きが41作。

 一時期同居していたベートーヴェンの交響曲が9作である為、多作さがよく分かる。

 そして、頭に浮かんだら一気に書き上げてしまう。

「下書きをしない天才」とも言われていたが、実際には何回も修正を加えてはいたようだ。

 それ込みで、例えば交響曲第36番 K.425 は3日、交響曲第39番 K.543、第40番 K.550、そして第41番 K.551という3つの交響曲を6週間で書き上げるという速さである。

 修正するにしても、自分の手で行い、他人の手を借りる事はない。


 戸方Pは多作で速筆だが、彼が作るのは原版とも言えるもの。

 それを他の編曲家が精錬して完成品に到る。

 彼は今回、2ヶ月で4曲を書き上げた。

 それを編曲陣に回した為、更に1ヶ月がかかったものの、全てが完成してスケル女たちに提供される。

 その編曲陣の中には、天出優子も含まれていた。

 先頃、小学生には似つかわしくない程の大金を報酬として得たのは、この編曲作業のものである。

「あれ?

 私が編曲したのは、自分たちじゃ歌わないのか……」

 天出優子(モーツァルト)が渡された曲の中に、自分編曲のものはなかった。

 それは広島のアルペッ(ジオ)の方に提供されている。




 スケル女には「渚を走れ!」という明るい曲が渡される。

 同時に、夏限定グループのカプリッ(チョ)には「ビーチパラソル、砂落とし中」という楽しい夏らしい曲が提供された。

 大阪のアダー(ジョ)には「太陽光(ソーラーレイ)でBBQ」という暑苦しい曲をプロデュース。

 ガチャガチャと賑やかな曲は、アダー女と言えた。

 そして広島のアルペッ女には、優子編曲の「ぬばたまの……」という和テイストだが、回旋曲(ロンド)でかつハモり重視の合唱曲が充てられる。

 なお、天出優子は編曲にあたりペンネームを使っている。

 木之実狼路という名前だ。

 これはドイツ語の「木の実(モーツァルト)」と「狼の道(ウォルフガング)」を使ったもので、前世の人格による承認欲求が表に出たものである。

 なお、本人同士がペンネームの関係で知らない事だが、この「ぬばたまの……」にはもう一人、スケル女メンバーが関わっていた。

「ぬばたまの」は「夜」や「黒髪」にかかる和歌の枕詞である。

 和テイストのこの曲の歌詞を、和歌の長歌に編集し直したのは、7女神の一人・八橋けいこなのだが、彼女もまたペンネーム「梅枝雲井」で活動している為、正体は知られていない。

 なお梅枝雲井は、文芸の世界にも作品を送っているので、「謎の歌人」として少しずつ存在が認識されつつあった。


 スケル女は新曲のレコーディングに入る。

 基本は全員歌唱ではあるが、目立つ場面はソロもしくはデュオで歌う為、メンバー全員の歌を一回聞いてイメージに合った人選をするのだ。

 まあ、スケル女の曲に関しては優子は選外である。

 正規メンバーのみが歌唱して、印税を得られるのだ。

 優子たち研究生は、後で歌わせてもらえるが、この場面では希望者が見学するだけである。


(いやあ、皆さん変人ばかりだけど、レコーディングとかになると人が変わるなあ)

 優子は感心する。

 前世を知る人が聞いたら「あんたもだ!」とツッコミを入れるところだ。

 絶対的なセンターとされる照地美春も、歌唱力には定評がある灰戸洋子や帯広修子、リーダーの馬場陽羽(ひのは)なんかも、立場に甘えずにキッチリ調整をして来て、それぞれの個性で歌う。

 レコーディングスタジオから出て来た照地美春は

「あー、ゆっちょ!

 私の歌を見てくれたんだ~。

 ん~、嬉しい~」

 といつものウザいキャラに戻る。

 このオン/オフは中々慣れない。


 そんな先輩に絡まれる優子に、なにかジトっとして視線が送られているのが感じられた。

 夏グループオーディションでペアを組んでいた富良野莉久である。

 優子に色々と世話になって、それで懐いてしまった為、嫉妬も含んだ視線である。

(こっちもこっちで面倒臭いなあ……)

 優子はそう思っていたが、富良野はとりあえず何も言わず、氷点下の空気を纏いながらスタジオ入りする。

 そして

「富良野ちゃん、いいよ!

 すっごい歌が良くなった。

 何より自信持って、堂々と歌っているのが良い!」

 と褒められる。

 優子とのペアで、「伸び悩んでいた大器」が次第に実力を発揮し始めているのだ。


「リッキー(富良野莉久のこと)、上手くなったね」

 優子にベタついていた美春が、富良野の歌の感想を漏らす。

 その表情は相変わらず優しいものの、目には新しいライバルに対する闘争心のようなものが見える。

(この子、ただの「ぶりっ子」、「可愛いもの好きな変人」ではないんだよなあ。

 スイッチが入ると、音楽家になる。

 本当、面白い子だよ。

 ところで、新たなライバル登場に力が入るのは良いが、私を抱いているその手の力は緩めて欲しいなあ。

 この子、結構力があるから苦しいのだ……)


 結局優子は、正規メンバー全員のレコーディングを見学した。

 翌日は自分たちの番である。

 カプリッ(チョ)に選抜されたとはいえ、それがゴールではない。

 歌割は自分で勝ち取らないと。

 大阪からはマネージャーに藤浪晋波(くには)が連行されて来て、広島からは長門理加が、また意味不明なぬいぐるみを抱き抱えながら現れた。


(なるほど、いざ自分がその立場になれば、正規メンバーたちのあの目が理解出来る。

 皆がライバルなのだ。

 オーディションの時は自分より上はいないと思っていたが、今回は違う。

 上手い下手ではない。

 イメージに合わせた表現が出来るかどうかだ。

 フフフ……中々ヒリヒリする感じが心地良い。

 これもまた、楽しいものだ)


 自分も協奏曲の中の一部、調和して良い音を奏でる。

 しかし、ハーモニーに気を取られ過ぎて、自分というものを出せないのも良くない。

 彼女には作曲家、編曲家、指揮者としての視点がある。

 自分を俯瞰しながら、優子はスタジオに入っていった。


 運営スタッフが売り出したいという、純粋に音楽だけで見ていないものもある。

 優子は2番、サビ前のデュオに選ばれた。

 最高に目立つ1番のサビは富良野莉久。

 1番サビ前のデュオは安藤紗里と斗仁尾(とにお)恵里。

 2番サビ前のデュオは優子と長門理加。

 2番のサビは藤浪晋波である。

 だが、歌い終わりの最後のサビ(ラスサビ)前、いわゆる「落ちサビ」のソロ、ここに天出優子が選ばれた。


 ここにも運営の計算と打算が働いていた。

 戸方Pは、天出優子を売り出したい。

 しかし、研究生である彼女を前面に出し過ぎても良くない。

 そこで、ラスト前の聞き入るシーンに優子を投入し、ファンを唸らさせる。

 そして最後は正規メンバーの寿瀬(じゅせ)(みどり)で〆る。


 これでアイドルグループとしての、メンバー間の人間関係にも配慮出来るし、ファンから「贔屓している」等の批判もかわせ、形として綺麗に収まるのだ。

 純音楽的に、別の組み合わせを考えていた優子は、自分とは全く違う思考での歌割りに、後から理由を知って

(そういうものなのか……)

 と呆れると同時に感心もするのであった。

 自分とは違う視点を持つ者も、立派に参考となるのだから。

おまけ:

太陽光(ソーラーレイ)でBBQ」の歌詞一部。

「砂浜に君と来たけど、君は私を見ていない。

 私よりも、海の家のかき氷がそんなに好きなの?

 そんなにイカ焼き食いたいんか?

 よろしい、ならばBBQだ!

 火種がなくても、そこは大丈夫。

 ビニール袋に海水入れて、レンズが出来るんだ。

 さあ燃やせ、燃やせ、燃やせ!

 食事もいいけど、私への恋心も燃やさんかい!」


最初はマイナーから始まり、中間で勇壮なマーチ調に転調し、サビ辺りで演歌風に変わる。

天出優子(モーツァルト)曰く「3つの違った曲を無理矢理くっつけた不思議な曲だなあ」

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