地方からの挑戦者
天出優子が属するアイドルグループ「スケル女」には姉妹グループが存在する。
大阪の「アダー女」、広島の「アルペッ女」である。
この姉妹グループは、本店と呼ばれるスケル女に比べ、気楽にアイドルフェスに参加出来ていた。
地方グループゆえに、マスコミ露出も少なく、熱狂的過ぎるファンも少ないからだ。
ゆえに、支店と呼ばれる彼女たちのグループには、本店から正規メンバーが派遣されて、集客に利用する事もある。
今回は逆に、支店から本店にヘルプを頼む形になった。
以前にもテレビ番組で、全グループでの選抜メンバーを結成した事もあり、特別珍しい試みではなかった。
新メンバー、研究生お試しライブで、合格点だったのは研究生11人中3人だけ。
おまけで2人、夏フェスに出しても良いと判断されたが、それでも8人編成には足りない。
予定としては、正規メンバーで通常ライブでは見せ場が少ない2人が加わる。
そこに支店から2人補充しようと運営スタッフは考えたのだ。
大阪のアダー女の特徴は、熱い感じの曲調である。
関西弁も入れたコテコテの歌詞を、勢い良く歌い上げるスタイルである。
関西圏の女の子が集まっているだけあり、トークはかなり面白いという評判。
一方、広島のアルペッ女は清楚系な合唱が多い。
広島弁は使わず、標準語で聞こえやすく歌うスタイル。
ただ、ここの女の子は見た目清楚な割に奇人変人が多かったりする。
この2グループからの助っ人2人が新たに加わって、第2回のお試しライブに挑む事になった。
その女は突然やって来た。
研究生同期の盆野樹里が、優子に申し訳なさそうに電話を掛けて来る。
「今、大丈夫?」
「大丈夫だけど、何?」
「あのなぁ、あんたに会いたい言うてる子がおってなあ」
「私的な交流は運営に禁止されてますよね」
「ちゃうねん、例の夏用グループの助っ人なんやけど、その子があんたに会いたい言うてて」
「レッスン時に会えますよね」
「そうなんやけど、なんか個人的に会いたい言うて、早々とやって来よって」
「あ~……、まあそれだったら樹里ちゃんの顔を立てるから、放課後に会いに行くよ」
「助かるわぁ」
「その大阪の人と樹里ちゃん、知り合いなんだ」
「従姉……」
「なんだ、親戚なんだ、じゃあ安心出来るね」
「出来へん、出来へん!
まあ、けったいや奴やから、覚悟しといてや」
(けったい? なんだそれは?)
疑問に思ったものの、同期の頼みという事もあって、親に連絡を入れた上で放課後に新宿駅に向かう。
そして盆野と合流するも
「あかん、晋波ちゃん、どこか行ってもうた……」
と焦っている。
盆野の従姉・藤浪晋波は、その実力は高く評価されていた。
だが、ムラっ気でかつ「一回移動すれば、どこに飛んでいくか分からない」という制御不能な放浪癖があり、親族もメンバーも困っているのだという。
それでも、何とも表現出来ない魅力があって、ローカルグループながら人気は全国区のアイドルだ。
「電話かけてみたら」
「とっくにしたわ。
要領を得ん答えしか返って来ないんよ」
「今どこに居るか聞いてみて」
「バスが多い場所やて」
「それ、バスタ新宿!
高速バスで来たの?」
「新幹線やて」
「じゃあ、新宿駅までは着いたけど、このダンジョンに迷った挙句、南口から勝手に歩いて行ったんだね」
「私も大阪人やし、そう言われても分からんねん」
「とりあえず、そこを動くなって伝えて」
「分かった」
だが、手遅れであった。
既に勝手に動き回り、捕獲出来たのは夜7時過ぎ。
大の大人が号泣しながら、小学生含む年下に保護されたのは代々木駅であった。
(どこに飛んでいくか分からないってのは、こういう事なのか……)
優子は溜息を吐く。
保護者の盆野も大変だなあ。
とりあえず、近くのコーヒー店で落ち着かせて話を聞いてみた。
「うちなあ、新宿で下りたら人に流されてしもてん。
梅田もそうやけど、地下に降りたらあかん思って、地上に出たんよ。
そしたら、あべのハルカスには及ばんけど、大きなビルが見えて、そこに入ったんよ」
「……なんで大きなビルを見たら、そこに入ろうと思うんですか……」
「大きなものを目指す、それが人間やろ!」
「絶対違います!」
「でな、入ったはいいけど、バスばっかりやん。
駅ちゃう思って、樹里ちゃんに電話したんよ」
「……そこまでは分かりました。
で、なんでそこで待ってなかったんですか?」
「いつも東京に来る時は、メンバーと一緒、スタッフと一緒やからな。
たまには自分で出歩きたいと思ってん。
いつも、皆からあっちに行くな、そっちに行くな言われて、挙句の果てに迷子紐までつけられて……」
「樹里ちゃん、それ本当?」
「……家族で行動する時も、晋波ちゃん当番がいて、迷子にならんよう見張ってたのはホンマやよ」
「失礼ね、樹里ちゃん。
うちは迷子ちゃうねん。
旅をしたら、道を見失うだけの話よ」
「それ、迷子とどう違うんですか?」
「細かい事気にしてたらあかんよ。
優子ちゃんやったね、小さい時からそんな事に拘っていたら、大きい人にはなれへんよ」
この自由奔放さ、勝手に誰かに着いていく大型犬、帰巣本能だけが無い野生動物なんて言われるのが、彼女の魅力の一つではある。
とにかく、目を離せないのだ。
「ところで晋波ちゃん、もう既に会話してるけど、この子が天出優子ちゃんね。
会いたかったんでしょ?」
「せやったか?」
「おい!
あんた、何の為にレッスンでも無い日に東京まで来て、迷惑かけてんねん!」
「うちなあ、歩いて疲れると、どこに向かっているか、なんで歩いてるか忘れんねん」
「ダチョウか?」
「ダチョウやん!」
2人とも、「走っている最中に、何故自分が走っているかを忘れてしまう」という鳥類を想像したようだ。
「二人してツッコまんでええやんか。
なんやったかな……。
せや!
うち、あんたに挑戦しに来たんや!」
「挑戦……」
その言葉を聞いて、天出優子の目が鋭くなる。
多少大人しくなったとはいえ、基本的に負けず嫌いなのだ。
「あんた、編曲とか得意や聞いたで!
うちはな、『浪速のモーツァルト2世』と呼ばれる逸材やねん!
作曲勝負でどないや!」
作曲勝負は良いとして、聞き捨てならないワードがある。
「浪速のモーツァルト2世」だと?
盆野に聞いてみると
「浪速のモーツァルトは、元祖がいたから、自分は2世言うてんね」
(いや、元祖は私なんだが?)
「まあ、優子ちゃんがモーツァルト好きで、何か言われると突っかかって来るのは知ってるけど、ここは付き合ってやってや。
私も、こんな用事でやって来たとは知らんかったし……」
(いや、私は「モーツァルト好き」なんじゃない。
私の前世がモーツァルトだったから、間違った解釈されたら修正しているだけなんだ)
とりあえず、そういう用事なら……と運営スタッフに連絡を入れて、いつものレッスン場を開けてもらった。
そこでの演奏勝負。
自称「浪速のモーツァルト2世」は、数フレーズだけの曲専門で、テレビCMとかには良いだろう。
その範囲では中々耳に残る良い音楽を作る。
だが、そこまでだ。
本格的な演奏では、本物には遠く及ばない。
「ちょっと樹里ちゃん、この子ガチやん」
「だから、何回もそう言ってたやろ!
なんで挑戦する気になってん」
「人間は挑戦する事で進化して来た。
ダーウィンはんも言うてたやん」
「言うてへん、言うてへん」
「まあ、今日はこの位にしといてやる!
「????」
「あのなぁ晋波ちゃん、この子、芸人のお約束は知らへんの!
関東者に、私らの常識が通じると思わんといて」
「えー、ボッコボコにされたら『今日のこの位で』ってのは常識やんか」
「この子、小学6年生!
知らない事もあるの!」
「よし、勝った!」
「勝ってへんわ!
ああ、頭が痛くなって来た……」
従姉妹間のマシンガントークに着いていけず、黙っている優子。
優子は中身はともかく、小学生だからさっさと帰らないと問題になる。
謎の交流の〆に、優子は聞いてみた。
「藤浪さんは、夏用グループの助っ人メンバーなんですよね?」
「せやで」
「じゃあ、レッスンとか打ち合わせで来る時に、今日みたいな用事なら出来たんじゃないですか?」
「せやろな」
「今度は平日に呼び出さないで、そういう日でお願いします」
「分かったよ。
うん、きっと長い付き合いになると思うし」
(こんな疲れる付き合いは御免だ!)
優子の内心の溜息など関係なく、藤浪晋波は高らかに宣言した。
「夏用のグループ?
それで終わらせるわけないやん!
うちは、いずれスケル女に入んねん!」
「いや、あんたはアダー女のセンターの一角やろ!」
「人間な、挑戦せなあかんのよ。
大きな所を目指さねばあかんのよ。
新たな道を切り拓かねばならんのよ。
うちは、アダー女を兼任しながら、スケル女にも入ってエースになるねん!
前例がないなら、うちが最初の一人になるねん!」
なるほど、立派な心意気だ、優子はそう思う。
だが、日常生活でそれを実践されると、行き当たりばったりで常に迷子になる、妙な向上心から大きな舞台(物理的)を目指して入ってしまう。
極めて迷惑な事だと思ったが、この場では口にしないでおこうか。
おまけ:
大阪のアダー女にて。
藤浪「東京のお土産貰て来たんで、皆、取ってや〜」
リーダーの垂水悠宇、サブリーダーの前田健那がすかさずツッコミを入れる。
垂水「ピーナッツケーキって、これ千葉のお菓子やん!」
前田「自分で買わず、誰かから貰ったんやな?
ちゃっかりしてるわぁ〜」
(体育会系なアダー女には、他に上原、黒田、西岡、松井などのメンバーがいます。
元ネタは関西出身の……)