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汗を流そう!Teil 2

 富良野莉久は、既に2回天出優子に迷惑を掛けている。

 優子の方からしたら、吐瀉物を被るわ、倒れた後始末をさせられるわで、散々だ。

 だが、人間不思議な性質がある。

 迷惑を掛けてしまった、恥ずかしい所を見せてしまった、その後に相手に親近感を抱いてしまう。

 確かに、相手にすまない、申し訳ないとは思う。

 しかし、自分の汚点を知っている相手には、もう見られて恥ずかしいものは無いというか、あんな事でも面倒を見てくれたのだから甘えても大丈夫というか、そんな感じの心理で距離が近づいてしまう。

 人間のほとんどは、子供の時に汚物の世話を誰かにされているのだし、世話をした保護者には逆らえなくなる。

 病気で入院した時、下の世話をしてくれた看護師に、恥ずかしいという思いと共に、愛情を抱くケースもある。

 そんな感じで、富良野は年下の優子に甘えるようになって来た。


……妙に優子を猫可愛がりする照地美春という大先輩もいるので、富良野は隙を見てすり寄っているのだが。


 最早、夏用臨時グループのペアを組んでいるというより、世話を見ているような優子と富良野の関係。

 まあ優子の中の人には下心があるから、大分ドン引きしているとはいえ、まだまだ大丈夫だ。

(思い出してみれば、私も前世では妻に多大な迷惑をかけた。

 酔って帰ってゲロ吐いたし、外でするのが面倒になって部屋でして汚物塗れにしたし、そのままベッドに入ったりもしたなぁ。

 朝起きて、酔いから醒めたら、冷めた顔のコンスタンツェがベッドの私を見下ろしていた。

 あれは一晩中、私を睨んでいたのだろうし、思い出すだけで背筋が凍るようだ。

 それでも、コンスタンツェはよく私を捨てなかったものだ)


 自分の黒歴史を思い出し、富良野の失態も大目に見ている。

 なお、衛生意識が現代とはまるで違うモーツァルトの生存当時、トイレというものは家の外の穴が便槽で、そこに蓋をしただけの簡素なものであった。

 富裕層だけが、室内トイレを設置していた。

 見栄っ張りのモーツァルトは、自分も室内トイレを欲していたが、借りていたアパートではそれもままならない。

 だから転生後、各家に当たり前に水洗トイレがある事に驚いていた。

 まあ12年も生きた今では感動もなく、室内トイレ=富裕層のステータスという意識は無くなっていたが。


 とりあえず、トイレの話から頭を戻した優子は、富良野の申し出に興奮する。

「一緒にサウナに行って欲しいんだけど、いいかな?」


 女好きのモーツァルトとしては、女体の方から誘って来た事は当然嬉しい。

 セクハラだの、アマハラ(天出ハラスメント)だの言われずに、堂々と堪能出来る。

 それもあったが、基本的に彼女の前世モーツァルトは風呂が大好きであり、転生後もその好みはバッチリ引き継がれていた。


 モーツァルトは、風呂というか温泉が大好きである。

 行きつけは、ウィーン近郊のバーデンにある温泉だ。

 幼少時、ザルツブルクに住んでいた時もバート・ガスタインという温泉に通っていた。

 妊娠中のコンスタンツェが温泉療養していた時、モーツァルト夫妻に自宅の一室を貸してくれた、バーデンの合唱指揮者アントン・シュトルに、「アヴェ・ヴェルム・コルプス(ニ長調、K.618)という曲を書いてお礼とした事もある。


 転生後の現在、トイレ同様、各家に風呂が着いている事にも驚いた。

 そして、蛇口からお湯が出て来るものの、それが温泉で無い事にも驚いた。

 12年生きて、そういう驚きは無くなり、同時に慣れたのがお湯の温度である。

 バーデンの温泉に比べ、日本の風呂は湯温が高い。

 最初は嫌だったが、次第に

(これはこれで気持ちが良い)

 と慣れてしまい、今では家族旅行で行く温泉地の熱々の湯も楽しめるようになった。


 だが、日本の風呂では満足出来ないものが一つある。

 サウナは流石に持っている家庭が少ない。

 そして現代の女子は、サウナで汗を流す事で「整う」と言って喜んでいる。

 中の人が享年35歳のおっさんでも、12年女子として生きて来て、しかも現在は女子力を高めねば生き残れない女性アイドルグループに属している以上、そうした感性は伝染って来る。

 だから、裸体を眺めてみたいと狙っていた女性から、サウナに誘われるとなると興奮するのも当然であった。


 が! ここで横やりが入る。


「スタッフさんに言われていたよね。

 あんたたち二人で何かするの禁止!

 だから、私もサウナに同行する!」

 そう宣言し、否やを言わせなかったのは7女神の1人・辺出ルナだった。

 辺出はメンバー内で、他の追随を許さないサウナ女子である。

 彼女はバイク乗りでもあるが、オフの日は1人でバイクに乗って遠くのサウナに遠征している。

 温泉やサウナについてのアドバイザー資格も持っている。

 そんな彼女が引率を申し出た。


 富良野は承知する。

 自分が迷惑をかけたのは理解しているから、言う事は聞く。

 優子の方も「女体が2つになる」と、その申し出に喜んで応じた。




 場所は都内の会員制スパ。

 辺出ルナが居なかったら、無自覚な2人は一般向けスーパー銭湯に来ていたかもしれない。

 パニックを避けて早朝とか深夜狙いにするくらいの知恵は回るが、それでも自分たちの人気を甘く見ているきらいがある。

 万が一の事を考え、会員制でセキュリティが万全な所が良いだろう。

 まあ、未成年の2人は会員になるには制限があったが。


 サウナで汗を流しながら

「2人とも、どうしてアイドルになろうと思ったの?」

 と辺出が語りかけて来た。

 まあ、ありがちな会話と言えば、そうだろう。

 片や運営が「他に行かれないように」と獲得した美少女。

 片や周囲が引くレベルで凄い天才音楽少女。

 そんな2人がどうして「スケル(ツォ)」に来たのか、興味があった。


「私は……楽しい音楽をしたかったからです。

 アイドルの音楽って、楽しいじゃないですか!

 皆でノリノリになれて。

 そういうのが良いなあ、ってずっとずっと思ってたんです!」

 確かに18世紀からそういう思いを持ったまま神の御許にも行かず、転生したのが優子なのである。

「でも、天出の得意な音楽とは違うんじゃない?

 天出のは、クラシックとか映画音楽とかの方じゃない?」

「でも、私はこっちがしたいんです」

(クラシックって言われてる音楽は、もう散々やっているからなあ)

「そっか。

 そんな強い気持ちがあるなら、レッスンなんか苦にしないよね。

 私、あんたのその強さがどこにあるのか、聞いてみたかったんだ」

 辺出は頷くと、もう一人の回答を待つ。


「私も……似たようなものです。

 私、子供の頃から歌ったり踊ったりするのが好きで……。

 でも、学芸会とかでは主役のお姫様とかさせられて。

 すみません、自慢してるんじゃないですけど、私小さい頃から顔が良いって言われてまして。

 それは嫌いじゃなかったんですが、いつも可愛いからいいよねとか、顔が良いから得してるよねとか言われていて。

 ずっと、そればっかり言われるようになっていて。

 可愛いという言葉は、いつしか私の誇りを傷つけました。

 一体何を持って私をそう評しているんでしょう!?

 私は好きな歌もダンスも生き様も、まだ出し切ったつもりはない!

 そう思って頑張りました。

 そして、自分では出来るようになったと思いました。

 自信を持って東京に出て来たんですけど、スケル女に入ったら私なんてまだまだだったんです。

 私、天出さんと違ってレッスンがきついって思ってます。

 でも、諦めません。

 好きな事に嘘はつきたくないんです。

 だから……」


(この子もまた、音楽への熱い思いを持っているんだな)

 優子はそう感心し、

(いいねえ、熱いよ!

 ポンコツだと思っていたけど、こういう熱さがあったんだ。

 嫌いじゃない!)

 辺出は頷き、次の台詞を待った。


 だが、次の言葉が出て来ない。

「富良野?」

「莉久ちゃん?」

 声を掛けてみると、彼女はのぼせて具合悪くなっていた。


「うわ、どうしよう?

 水風呂に漬けるから、天出、運ぶの手伝って!」

「すみませんが、辺出さんのサウナの時間が長過ぎたんです。

 どうしてこんなに長いんですか?」

「別に長くないよ。

 そんな事より、手伝って!」

「私も結構限界に近いんです」

「もっと早く言ってよ!

 どうして黙ってるのよ!」


 通常の3倍の時間サウナに入る女・辺出ルナの基準で判断してはいけない。

 とりあえず、ポンコツアイドルを水風呂に漬けて、それから彼女を引き揚げて3人で湯冷ましをする。

 中々有意義な時間を過ごせたと満足する辺出ルナ。

 隣で具合悪くなって寝込んでいるポンコツを団扇で風を送りながら

(気持ちは理解したから、頑張れよ)

 と生暖かく見守る優子であった。


 アイドルへの道も、中々に険しい。

おまけ:

ライバルグループ「フロイライン!」は、実にストレスフルな集団である。

従って、ストレスから激太りするメンバーも出る。

そういったメンバーはサウナで減量をするのだが……


「お客様!

 貸し切りとはいえ、サウナを最高温度設定にして、そこで逆立ちしたまま特訓しないで下さい!

 しかもマスクをしたまま!

 死ぬ気ですか?」

というトチ狂った減量……というか、強制脱水を行ったりする。


別のメンバーは、真夏に石油ストーブを使い自家製サウナとし、水道やシャワーは水を出せないよう針金で固定されていた。

その状態でガムを噛んで口の中の水分も奪い

「もうツバも出ねぇよ……」

となるまで過酷に追い込む。

その上さらに、献血と称して血も抜く。


彼女たちはこうも言っていた。

「意識朦朧とし、五感はおろか思考力、第六感まで全て失われていく。

 その極限状態で究極のアイドルとしての第七感が目覚める!

 それこそがアイドルの神髄なのだ!」

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― 新着の感想 ―
まさか令和の時代に力石式減量法を見るとは思いませんでした。 あの蛇口にまで針金で縛られてるのは壮絶でしたね。
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