フェス用グループの為のレッスンだ!
富良野莉久は美少女である。
天出優子が受けたオーディションで、ただ一人合格した逸材だ。
「世紀に一人」なんて言われた美貌と、合格に値する歌唱力とダンス、演技力、コミュニケーション能力、協調性を持ち合わせている。
当時、協調性の面で問題があると判断された天出優子より、音楽面でのスキルは低いものの、総合的には上と判断された。
なによりビジュアル面が評価され
「合格にして取っておかないと、他に行かれてしまう」
という不安を運営スタッフに抱かせたくらいだ。
その彼女が、最近は伸び悩んでいる。
伸び悩みどころか、合格時よりも能力が低下したようにさえ思われる。
理由は恐らくは精神的なもの。
ビジュアルや協調性といった部分以外で、全ての上位互換が7女神たちであり、彼女は顔以外は余り目立たない。
それに、研究生にも天出優子という逸材が、弱点を克服しながら成長して来ている。
それでも「将来の逸材」と言われて、周囲の大人からはおだてられていた。
期待の言葉も聞く。
こういう事が、プレッシャーになったのかもしれない。
また、女性の成長の都合で、骨や肉が強くなる時期に差し掛かったのもあった。
少女の時には華奢で、柔軟で、軽やかな肉体であっても、大人になるにつれて見た目はそのままでも、体が頑丈になって来る事がある。
例えば体操やフィギュアスケートの女子選手で、ある時まで軽やかに跳べたのに、急に体が重くなる事がある。
そういう時、彼女たちは練習して、時にはパワー型にフォームを変えたりして対応する。
富良野莉久は運動選手ではない為、そういう事には気づかない。
一方で上下に自分よりレベルの高い子がいるという、立ち位置を見い出せない不安感。
他方で周囲の大人から寄せられる期待から来るプレッシャー。
そして成長期の肉体の変化。
不摂生な生活、有体に言えば過食のせいで、彼女はちょっとだけぽっちゃりしてしまった。
そして、体重の方は見た目以上に増えていて、彼女自身も気にしている。
それを、期待に応えるべく、大人たちには話せない。
そうしてスキルが低下し、本人も迷っている中で練習しても、むしろ逆効果になっている。
加えて最近はKIRIE先生による厳しい指導。
富良野莉久は自信を失いつつあった。
「……というわけで、夏にある多数のアイドルフェスに、研究生と、ヘルプとして一部の正規メンバーを出場させます。
正規メンバーは、こちらでスケジュール管理はしっかりするので、無理しないように仕事に臨んで下さい。
研究生!
君たちのレベルはまだ低いのだから、こちらで判断してダメだと思ったら選抜しません。
オーディションだと思って、本気でレッスンして下さい」
全員の前で、この夏の予定が発表される。
昔はスケル女もフェスに出ていたので、久々の出場という事になる。
まあ、その時代を知っているのは今や最年長の灰戸洋子だけになったが。
その灰戸洋子が後輩たちに語る。
「とにかく暑いからね。
それに耐える体力を作るのと、もう一つ、我慢しないで限界が来る前に水を飲むのが大事だからね」
水分補給は大事だけど、それ以前に暑さに耐えられる体を作る。
なお、その灰戸洋子が大好きな「フロイライン!」は、夏場に暗幕で閉めきり、石油ストーブを焚いて凶悪な暑さを作って、そこで練習をしているのだという。
かつてKIRIEに鍛えられた激しいダンスは継承されている為、彼女たちは炎天下でそれを1時間程続けられるのだ。
……まあ、暑くてイライラするから、反省会での喧嘩が余計に酷くなるという風の噂。
「富良野ー」
スタッフに呼び出された彼女は、あえて研究生の天出優子とペアを組む事を知らされる。
(憂鬱だな……)
オーディション同期の天才少女と、一時的とはいえ組まされる事に彼女はプレッシャーを感じていた。
一方の天出優子は、と言うと……
(うっひょー! ラッキー!)
と内心舌なめずりして下品に喜んでいた。
中の人の本性は、万年思春期の男児である。
才能に比して、人格がアンバランスだ。
前世で演奏旅行続きで、慌ただしい少年期を過ごしていた事も一因だが、基本的には性格による。
大人らしく貴族と接する事もあれば、こと音楽に関しては雇い主に対しても引かない頑固さを見せ、自分以外の音楽家には威圧するような態度を取る時もあるし、批判をする事も多数。
下ネタ、ギャンブル大好き、見栄っ張りの浪費家。
転生してもその部分は変わらなかったが、芸能界入りして多少矯正された。
女好きで下ネタ好きでセクハラしまくりだったのだが、こっちの世界にはさらにウザイ……というか強烈なのがいて、彼女は逆に玩具にされてしまい、ここの所相対的に大人しくなっていたのだ。
それが夏の音楽祭には居ない。
主力は自前のコンサートやファンミーティングで日本各地を回る。
優子をいじりまくる照地美春は、映画とドラマ撮影で忙しく、夏フェスには1回しか顔を出さない。
優子を連れ回す癖のある灰戸洋子は、自分のソロライブがある為、リハーサルで忙しい。
その他の7女神たちも、基本的に自分たちの仕事で動き回る為、夏フェスはほとんど参加しない。
なので、久々に「お姉さまたちの束縛」が無い、好き勝手に振る舞える時が来るのだ!
以前、優子は自分より才能の劣る富良野莉久が合格、自分が不合格で研究生になる状況を憤っていた。
だが父親やプロデューサーから、自分が何故落とされたのか、というか研究生であった方が良いかを諭され、わだかまりは無くなっている。
そうなると、富良野莉久に対しては
(この子、可愛いよな)
というオッサン目線で接するようになった。
まあ、優子が何か仕出かすより先に、自分が色々といじられて、グッタリしていたのだが。
それが、やっと解禁される!
「莉久ちゃん!
一緒に頑張ろうね!」
まあ、小学生だから年上メンバーに対して「ちゃん」付けなのは大目に見られる。
ましてオーディション同期っていうのもある。
(へっへっへ……、この儚げな少女の、憂いを帯びた美貌を間近で堪能出来る。
ほとばしる汗とか、真剣な表情とか、実に良い。
ディ・モールト・ベネ! ってところだ)
ペアとなって、シンメトリーでのダンスがあるので、その練習をする。
他の組み合わせは、研究生同期の安藤紗里と斗仁尾恵里が、安定の「サリ・エリ」コンビ結成である。
また研究生同期の盆野樹里は、先輩研究生の米谷絵美とのペアである。
研究生の一番歴が長い子は、正規メンバーとペアを組んでいる。
大体同じくらいのスキル同士で組まされているが、それでも足並みは余り合わず、KIRIEから注意を受けていた。
そんな中、天出・富良野コンビのダンスは上手くいっている。
元々、富良野はオーディション合格するくらいにスキルは高い。
それ以上の能力を持つ優子が、「下に合わせる」事を覚えた以上、綺麗に揃ったダンスを披露出来るのだ。
(天出の成長は凄い。
上体の振り付けがぎこちなかったのが嘘みたいだ。
それ以上に、この子は正規メンバーたる富良野の実力を引っ張り出している。
そういう凄さも持っているとは……)
KIRIEは、いまだ研究生の優子の実力に内心舌を巻いていた。
それを表情には見せない。
慢心させないよう、褒めるのはもっと後にしようと思っている。
そのKIRIEが見抜いたように、優子は富良野を上手くリードしている。
中の人は、前世でダンスパーティーで遊び歩いていた。
女性をリードする事には慣れているのだ。
文字通り「教えてあげる」事で、久々にダンス好き音楽家としての部分を満足させた優子は、次は己の性的欲求を満足させようと、踊り終わってハアハア荒い息の富良野に
「莉久ちゃん、良かったよ!」
と言って抱き着いた。
そのついでに、彼女の胸に顔を埋めようとしたのだが、それが良くなかった。
最近体重超過(女の子基準)でバテバテになっているところに、抱き着いた瞬間腹部への衝撃が加わってしまい
……おろろろろ……
優子は富良野のリバースを頭からかぶってしまったのだった……。
おまけ:
フロイライン!の高温室内トレーニングは、「ビーナスレッスン」と呼ばれていた。
誰かが疑問を口にした。
「これのどこがビーナスなの?」
リーダーは鼻で笑って答える。
「ビーナスを美の女神と思ってるのが間違い。
金星の意味だからね!」




