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ライバルとは言えないグループだけど、視察だ!

「ねえ、天出さん、ちょっといいかな……」

 声を掛けて来たのは、小学校の同学年の女子生徒。

 優子のクラスメイトは、学校の中でも外でもボディーガードを買って出てくれるので、声を掛けて来た別クラスの子も、ちょっとガードを見て気が引けていたようだ。

 なおこのボディーガード、スケル(ツォ)の超人気メンバーが学校に遊びに来た時に、あっさりと裏切って優子の身柄を引き渡してしまった前科がある為、優子はそこまで信用してはいない。


「なあに?」

 優子は場を緊張させないように、その子たちの要件を聞く。

 自称「天出優子親衛隊」の面々は、サインしてとか、誰それに会わせろという、特に低学年男子を撃退しまくっている。

 その為、天出優子は「アイドルになって、お高く止まりやがった」と言われそうなので、本人は出来るだけ優しく振る舞っていた。

 まあ、男子に対する態度と、女子に対する態度に差がありまくるのは、以前からの事なので今更何を言われても仕方がない。


「うちのクラスの愛照(メーテル)ちゃんもアイドルになったじゃない。

 一回観に行きたいんだけど……その……」

「行く勇気がない、と?」

「うん。

 なんか怖くて」

「え?

 アイドルの現場が?

 別に大した事ないよ」


 天出優子の精神は基本的には男で、むさい男の汗臭い集団の中に混ざっても、不快であろうが怖いとは微塵も思わない。

 だから幼い頃から「現場」に頻繁に行っていた。

 だが、未経験の小学生女子にしたら、あんな意味不明な現場は無いだろう。

 大の大人が「フゥー! フゥー!」と馬鹿っぽい奇声を挙げ、踊りまくり暴れまくる。

 ヲタ芸と呼ばれるムーブは最近は少なくなったが、特定の曲では

「ミ〇様、ミ〇様、オシオキキボンヌ!」

 と叫びまくる。

 小学生女子からしたら、まさに未知との遭遇。


「あの……一緒に行ってくれない?」

 それが彼女たちの要件であった。

 当のアイドル候補生・武藤愛照(メーテル)にはサプライズで行って応援したいという。

「友情だねえ」

 となんか、オッサンくさい感想を持った優子だが、当の本人も

(実際問題、どんなアイドルグループなんだろう?)

 と興味を持ったのは確かである。

 考えてから、同行を約束した。




「目立たない服装で行きなさいね」

 この事を相談したところ、グループの大先輩で、かつ重度のアイドルヲタクである灰戸洋子はそうアドバイスをした。

 サングラスとかは、逆に「私、芸能人なんだけど」とアピールしているようなもの。

 そういうので目立つと、相手のアイドルに失礼なのだ。

「帽子を被るのはOK。

 眼鏡もOK。

 服装は、参戦するのに相応しいもので。

 気づかれたら、指でしーってすればいい。

 基本的に、その現場の人たちは、そのアイドルのファンなんだから、同じように応援しに来たと思われれば、気づいてもあえて触んないでくれるのがお約束だから」

 そういう指摘に、

(この人、きっと色んな失敗もして来たんだろうなあ)

 と予想出来てしまった。


 当日、クラスメイト2人と、武藤の友達3人との合計6人でライブハウスに向かう。

 同行する全員に、あえて派手な服装をさせた。

 グッズであるバッジを何個も着け、メンバーカラーのTシャツを用意し、厚底靴を履かせる。

 どこから見ても、小学生ヲタクである。

 これくらい痛い格好の方が、この場では目立たない。

 優子はそれに加え、帽子を深めにかぶり、伊達メガネで変装していた。


「皆、こんなの当たり前だよ、くらいにクールな態度でいてね」

 そう伝え、優子は当日券を人数分買う。

 それを渡すが

「ドリンク引き換え券って何?」

 と質問されてしまった。

 ライブハウスでは、チケットとドリンク券はセットで、収益上の理由があるのだが、今この場でその質問は「初心者です」と言っているようなもの。

 初心者には

「あのね、これはこうなんだよ」

 と寄って来る大きなお友達が現れる。

 彼女たちは、そういう存在に慣れていないから、いつもとは逆に優子が彼女たちを守らねばなるまい。

「後で教えるけど、ここでは水とかジュースと交換するものなの」

「へー……」

 一個一個が新鮮なようだが、それを悟らせないように気を配る。


 開演前。

「君たちさあ、背が低いんだから前に行きなよ」

 男性ファンたちが親切にも前方を譲る。

 普段であれば、汗臭い、ダサい、痛いと言われる存在だが、この場では最高の紳士となる。

 普段はそういう大人のオタクを馬鹿にするような小学6年女子たちだが、この場では

「ありがとうございます!」

 と素直に感謝して、嬉しそうにしていた。

 そうしたファンの中には、優子に気づきかけ、覗き込むようにして来る者もいる。

 優子は、教えられたように、「うんうん」と首を縦に振って肯定してかた「しーっ」と指でゼスチャーした。

 ファンも指でOKサインを作り、意図を察してくれたようだ。

 こうして平穏無事に開演を迎える。




 武藤愛照は新メンバーだけに、歌わせてはもらえない。

 先輩メンバーの後ろで踊るだけの役割だ。

 それでも、自分も同じ立場になって優しく考えられるようになった優子は

(へえ、頑張ってるじゃないか)

 と愛照を評価していた。

 まだ笑顔が作れないくらいに必死で、余裕がない。

 汗も凄い。

 体力が無いせいか、時々ふらついている。

 それでも、優子たちも散々注意されている、リズムを気にして踊っている。

 絶えず膝でリズムを取り、微調整をしているのが、同業者だけによく分かる。


 このアイドルグループは、そこそこ人気はあるものの、ダンススクールが作ったもので、楽曲が弱い。

 歌唱指導もそこそこなようで、歌は勢いだけで、がなり立てている。

 ノリは良いから、皆が拳を突き上げながら楽しんでいる。

 中の人たるモーツァルトは、曲や歌の酷さはともかく、こういうノリが嫌いではない為、皆と一緒に盛り上がっていた。

 そして、愛照は特に見せ場はなく終演。

 終演後は、メンバーが自分のグッズを手売りする。

 人気なのは、2ショット撮影が出来る券だ。

 大の大人が、にやけ顔で少女と写真を撮っているのに、同級生たちは引き気味である事が気配で伝わって来る。

 優子は

「じゃあ、行くよ。

 武藤さんを応援するのなら、ここで彼女の売上に貢献しないと」

 と励まして、その場に向かわせた。

 同級生たちも「愛照ちゃんと撮るなら」と、急に明るい顔になる。

 なお、彼女たちの小遣いオーバーである為、不足分は優子が出してやった。

(まあ、勉強代だと思っておこう。

 女の子の笑顔の為に金を出すのは、大人のつとめだし)

 と、他のオタクたちと大して変わらぬ意識の、中のおっさん。


 武藤愛照は、2ショットを撮りに来たのが何者か、瞬時に理解する。

 だがそこは彼女も、もうプロである。

 煌びやかな衣装に、汗を拭いた火照った顔で、

「あー、来てくれたんだ~!

 ありがとう~」

 と営業ボイスで接客する。

 可愛いポーズで皆と写真を撮っていた。

 最後、義理とばかりに優子も2ショットを撮りに行く。

 愛照は営業スマイルのまま、周囲には聞こえぬ小声ながらドスの効いた声で


「あんたの仕業か……。

 まったく頭に来るわね。

 この借りはいつか返す。

 あんたの握手会とか、2ショット撮影会に行ってやるから、覚悟しなさいよ」


 と囁いて来た。

 まったく面倒臭いやつだな、と天出優子は苦笑を禁じ得なかった。

おまけ:

立ち上げからブレイクする前までのスケル(ツォ)は、実に弱小、色物アイドルであった。

その時期を経験しているのは、今は灰戸洋子しかいない。

田舎から上京した生粋のアイドルヲタクであった彼女は、浮かれて色んなアイドル現場に行きまくる。

最初は、現場に紛れ込んでいても気づかれず、無視されていた。

だが、スケル女が次第に人気グループとなり、メディア露出が増えると状況が変わった。

彼女は、前までのようにファンの列の中に入れなくなる。

気づかれて、観に行ったアイドルの熱狂的なファンではない、ライト層が彼女に群がってしまう。

そしてパニックになり、彼女が不本意に退出するまでライブが遅延してしまった。

そして、そのグループの熱狂的ファンからは怒りを買う。

ネットで

>スケの灰戸、ライブの邪魔しながった

>目立たいオーラ出してんじゃねえよ、ブス

>来るな、邪魔

と(書いたのは軽いもののみ)叩かれまくった。

運営に説教されるが、それでもアイドル現場通いはやめない。


帽子とサングラスで隠す→速攻でバレて、また叩かれる

わざと地味な格好で行く→バレないものの「空気読め、ブス」と直に罵倒される

ヲタグッズ満載で行く→その場ではスルーされていたが、バレてはいたようで、後で「痛過ぎ」と批判

いっそ堂々と関係者席用意させる→特権振りかざしてんじゃねえよ、と批判


様々な経験をしつつも、彼女は諦めなかった。

そして、ヲタクの執念深さが勝つ日が来た。

アイドルグループの中の人なのに、別アイドルのヲタクなのは、彼女だけではなかった。

灰戸洋子が叩かれても、叩かれても現場に行く事で、他のヲタクアイドルも後に続くようになる。

そして時代は

「あの現場で、スケの灰戸見たよ」

「いつもの事だけど」

と見て見ぬふりされるようになる。

彼女は勝ったのだ。

だが、礼儀というものを意識し、目立ち過ぎず、かつバレた時に「流石芸能人」と呼ばれるくらいの服装をするようにした。

もうビッグな存在になった彼女は、楽屋に呼ばれる事も多々ある。

その時、相手を立てながら自分も恥ずかしくない格好で写真に写り、それがサイトで宣伝されればwin-winな関係になるのだ。

そうして道を切り拓いた彼女は、今でも隙を見ては現場巡りを続けるのであった。

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