ライバルグループの視察だ!
「おーい、生歌派の天出優子~。
今週末時間あるかい?」
アイドルグループ「スケル女」最年長メンバーの灰戸洋子が、現状最年少である天出優子に声を掛ける。
「週末はレッスンですよね?」
「その後さ」
この灰戸洋子は、グループ上位の歌い手だし、職業アイドルとしてもベテランで業界人受けが良いのだが、同時に過度のアイドルヲタクでもあった。
「可愛い子を見ていると癒される~」
と常々言っているが、節度を守った接し方をする為「変態〇号」にはカウントされない。
その灰戸洋子が昔から推しているアイドルのコンサートチケットがあるから、観に行こうというお誘いである。
なお、そのグループのファンはスケル女内にも多く、暮子莉緒もコンサートに同行する事になっていた。
この業界では知らぬ者のいないグループ「フロイライン!」だが、天出優子もオーディションを受けようとした際、当然調べている。
コンサートも観に行った事はある。
確かに凄いグループだったが、オーディション情報が無かった。
それもそのはず、このグループはほとんどが研究生からの内部昇格なのだが、その期間は4、5年に及ぶ。
小学生の内に採用し、長い間レッスンを積み重ね、ようやく昇格する。
ゆえに、何年もオーディションを開催しなかったりし、新陳代謝は良くない。
だが、長いレッスンによって培われたスキルは極めて高く、それが同業者の憧れとなっている。
「あのグループは『アイドル界のデル〇ー軍団』って呼ばれていてね」
行きすがら、暮子莉緒が蘊蓄を語った。
「え? デ〇ザー軍団?
なんですか、それ?」
今世の年齢的にも、前世の記憶的にも、全く分からない事を言われて戸惑う優子。
「あそこはファンの年齢層高いから、そういう風に言われてるんだけど。
要するに、全員ラスボス級のアイドル集団って事ですよね、灰戸さん!」
「私にそんな話を振らないでよ!
知らないわよ、そんな昭和の悪役。
ストロ〇ガーの敵だって事しか分かんない!」
「え? 強い者ですか?
なんか凄い人なんですか?」
「違う違う、日曜朝にやってるヒーローものの名前だよ。
なんか電気をエネルギーにして、エレクトロファイヤーとか電キックって技を使うんだけどね。
その〇ルザー軍団には技が効かなかったから、チャージアップしてパワーアップしてから戦うんだよね」
「……灰戸さん、詳しいですね」
「だーかーら、知らないってば!」
「灰戸さん、年齢を偽っているって噂がありますけど……」
「私が50代なわけないじゃない」
「……年代が具体的ですよね」
なお、その悪役の名前をネタにされているだけに、凄いスキル持ちの集団ではあるが、メンバー内の仲が良いとは言えない。
最近ではSNSの裏アカウントをバラされ、ルールに抵触するとして一人活動停止になっている。
お互いがライバル同士で、初期メンバーと追加メンバーの深刻な対立があったりもした。
ある意味、メンバー間のギスギスしたやり取りも魅力の内という、妙なアイドルなのだ。
なお、全員がラスボス級なのに、アイドル的な魅力というか、愛嬌というか、可愛げという部分で大きく劣っている為、一般人気はスケル女に大きく劣る。
だから「フロイライン!は踏み台」と思っているメンバーも多いが、それを大っぴらに言ってしまって、ファンから総スカンを食らったメンバーもいるから、難しいものだ。
コンサート会場に着き、3人は関係者席に案内される。
普通の客席ではあるが、2階最前列に用意された隔離席で、メンバーの親族とか業界関係者たちが来た時には、ファンが近づかないよう周囲を空き席とされている。
「よし、始まった」
コンサートを、自分もアイドル業界に入ってから見てみると、また違ったものが見えて来る。
オーディション前の一般人時代、その衣装を見て
(これは、前世ではストリップに近いな)
と中の人は舌なめずりしていた。
布が少なく、臍や太ももを露出し、蹴り足でスカートの中が見えるというのは、モーツァルトが生きていた時代では「卑猥」なものであり、それゆえに女好きな音楽家としては
(このグループに入って、近くで堪能したいものだ!)
と思ったものだ。
だが今、別のアイドルグループに属し、前世では経験して来なかったダンスレッスンを受けていると、その布地の少ない服が別のものに見える。
(これは動きやすいよう、汗で滲んで見苦しくならない為の戦闘服だ。
あれだけ動けば汗もかく。
激しく動けば、破れてしまう。
そうならないよう、最初から布が無いって考えれば、そういう服なんだろう)
下世話な視線では見ていられない。
音楽性は、かなりクセが強い。
それもまた、一般人気では他のグループに一歩譲る理由だろう。
歌詞に意味不明なものが多いし。
そして、スケル女が求められている「激しく踊り、強く歌う」が当たり前に出来ている。
全員、全曲でそれをしている。
モーツァルトからすれば「あそこまで激しく、かつクセ強い歌い方でなければ、当然」のパフォーマンスなのだが、現代のアイドルファンの半分くらいからは「完成していて、自分が応援しなくても良い相手」と思われている。
彼等彼女等は、か弱くて「自分が応援してやらないと、この子は挫けてしまうんじゃないか?」という女の子に庇護意識をかき立てられるのだ。
まあ、圧倒的なカリスマ性とか、華やかさで人気となるアイドルもいるから、一概には言えないが。
それにしても、会場が熱狂的だ。
スケル女のコンサートも熱狂的ではあるが、思い思いに応援し、アイドルにコールを送り、レスポンスに一喜一憂するスタイルである。
それに対しフロイライン!では、掛け声が統一されているし、歌の邪魔になるタイミングではコールしないし、アイドルの方もファン個人に向けてのレスポンスではなく、そこら一帯へのレスポンスをしている。
このグループのファンは、「アイドル界の〇ルザー軍団」という異名から「戦闘員」と自嘲気味に名乗っていて、その特徴は非常によく訓練されている事だったりする。
それだけに、会場での一体感というのものが良くも悪くも存在する。
隣で鑑賞している灰戸洋子も暮子莉緒も、自分がアイドルだという事を忘れ、必死に推しメンバーの色に光る応援グッズを振り、ファンと一丸になってコールを送っていた。
(アイドルといっても、随分と違うものなんだな)
楽しい曲、会場が一体となって盛り上がる音楽、という面ではアイドルを選ぶ程好きな中の人だが、それ以上に詳しくは見ていなかった。
グループにより、個性は全然違う。
(これもまた、私にとっては良い学びだ)
そう思いながら、応援の振りコピーでガンガンぶつかって来る両脇の迷惑同僚に辟易していた……。
終演後。
「今日は楽しかったです」
忖度抜きに感謝の言葉を口にした優子の両腕を、同僚のお姉さんオタクがガシっと掴んだ。
「まだ終わってないからね」
「これから楽屋に挨拶に行くからね」
「関係者席に座るって事は、そういう事だからね」
「天出もちゃんと挨拶しなさいよ」
そう言って、連行されていく、
スタッフに案内され、通された楽屋で優子が見たものは……
「あそこ、手はこうだから!」
「一歩遅いよ。
ボーっとしてた?」
「見てないと思ってるだろうけど、足でリズム刻むのをちゃんとしようよ」
容赦なくダメ出しし合い、ピリピリしている現場であった。
それを見ながらも、ニコニコと楽しそうな2人の同業者かつ強オタク。
天出優子は
(ここまでいってしまえば楽しいんだろうけど、自分にはそこまでいけない……)
と呆れるのであった。
おまけ:
馬場陽羽「うちのグループにある変態何号ってやつ。
元ネタなんでしたっけ?」
灰戸洋子「私の先輩で、凄く巧みにお尻を触って来る人がいたの。
その後、一期下でコンサート中に強引にチューして来る人がいたの。
それで『技の1号、力の2号』ってなって、以降『力と技のダブル』とか『変態に成り切れない』とかが続いて、今のミハミハの変態Xになったんだ」
馬場陽羽「なぜにX?」
灰戸洋子「海に行って皆で水着着てる時に発現したからXだって」
馬場陽羽「分かりません」
灰戸洋子「Xは海洋でこそ真価を……って、いや、私もよく分からない」
馬場陽羽「しょうもない伝統ですね」
灰戸洋子「うん、どこで終わるんだろうね……。
その内、ペンライトをお尻に突き刺して来る危険な変態も現れたりして。
まるで液体のようにどこからかともなく接近し、ロボのように正確無比に狙って来る……」
もしかしたら、時空を超え、過去と未来をしろしめす変態の王者! を祝うまで続くかも。




