厳しいと評判の先生からのダンス指導!
アイドルグループ「スケル女」のメンバーは、この4月から手と足に重しをつけて体力作りを命じられている。
天出優子他、多くのメンバーは不満を持ちつつも、このダサいトレーニング用具を装着していた。
最年長の灰戸洋子や、7女神と呼ばれる人気メンバーは、そんなダサいものは着けていない。
「ブーツの中に入れてみた。
効果は同じで、見た目がダサくない」
「ハンドウォーマーとか、レッグウォーマーみたいにしたよ」
「うさちゃんの手袋みたいに加工したよぉ~。
可愛いでしょ?
でも、重いんだよ」
「私の日舞専用のスタイル、鉄下駄にしてみました」
……一人、普通にウェイトを着けるよりダサくなったメンバーもいるが、概ね彼女たちは「同じ効果で違う見た目」のものを装着し、言われた通りに体力増強を行っている。
その日のダンスレッスン、ついに彼女は来た。
「はい、今日から皆さんのダンスを指導するKIRIEです。
腕と足の重りは外して結構です。
まずは、普通に今までの曲で踊って下さい」
スケル女で一番ダンスが激しい曲で、口パクのままダンスをする。
それを見終わったKIRIEは、まず酷評した。
「あのさぁ、そんなドタバタした動きでどうするの?
皆で揃ったステップくらい踏もうよ」
これはスケル女の振りの弱点でもあった。
手を動かすダンス、回る程度の動きでは綺麗に揃う。
しかし、口パクにしないとならない激しいものだと、どうしてもバタバタしてしまう。
それが「一生懸命さ」であるとして、ファンたちは擁護しているものの、振付師は違っていた。
一回厳しく叱責した後、KIRIEは今後の事について説明する。
「ドタバタしてるのは、揃っていないだけではない。
跳び方、着地の仕方も下手だから。
それは基礎が出来ていないから。
まあ無理もないね。
この中には、ダンスを習って来た子もいれば、歌メインでダンスは下手な子もいる。
そして、振りつけは下手な方に合わせるから、普段のダンスは緩やかなもの。
コンサート中、1曲か2曲、ダンスの激しいがあるけど、全体としては慣れていない。
出来ている子のステップに、下手な子のステップが重なると、グループとしては下手になってしまう。
だから、私は全員の底上げをしたい」
その為の体力作り兼、軽やかな動きの為の筋力増強が、第一段階である。
「次に、今から名前呼ぶメンバー、前に出て」
そう言って何人かが皆の前に出た。
KIRIEがダンスセンスは認めた李友里を始め、7女神からは八橋けいこ、品地レオナ。
最年長灰戸洋子も呼ばれる。
本人も意外だったが、天出優子も研究生ながら呼ばれていた。
「じゃあ、今から流す曲に合わせてステップ踏んで。
手の振りはいい。
立ち位置の変更とかは、しっかりやって」
そう言って、また別の曲を流す。
このメンバーはダンスは出来る方だから、上手に終わったように見えた。
だが、KIRIEはそれにも合格点を与えない。
「君たちは何だ?
アスリートか?
プロのダンサーか?
それならまだレベルが低いのだけど、私たちはそれを求めていない。
君たちはアイドルだろう?
どうしてマイクを握った手がフラフラしている?
確かに手の振りはしなくて良いと言ったが、左手が遊んでいるのはいただけないな。
あと、どうして体の軸がぶれる?
頭の位置が安定していない?
要は体幹が鍛えられていない。
それで、歌って踊る事が出来ると思うのか?」
この指摘に、リーダーである馬場陽羽が反論した。
ヘッドセットを着けるから問題ない、と。
だがKIRIEは首を横に振り、
「あれでは歌をちゃんと拾えない。
君も分かってるだろ?
あれは口パクを誤魔化す為の道具だって。
歌手がマイクの一つも持たずに踊っていたらおかしいから、アリバイの為にマイクらしいものを着けているだけだって事をさ」
ぐうの音も出ない。
実際にヘッドセットマイクを着けて歌う事もあるが、感度は高くしないとならない。
ゆえに「はあ、はあ……」という荒い呼吸音も拾ってしまう。
「腕にも重りを着けている意味、分かりますね?
長時間歌っていると、マイクホールドが怪しくなります。
ダンスと組み合わせると余計に、です」
意図を色々説明した上で、何人かのメンバーを注意する。
「君たちは、どうしてこんな重りを着けるのか、理由を知らなかったとはいえサボったな?
振りを見て、分かったよ。
今日は不問にするけど、次回までにはちゃんとトレーニングしときな」
更にKIRIEは体力作りの意味を説明する。
「私は、アイドルのコンサートのダンスに100%を求めていない。
全力ではなく70%のダンスで十分だ。
さっきも言ったけど、君たちはアスリートでもプロのダンサーでもない。
一生懸命のダンスなんかより重要な事がある。
歌う事、ファンの歓声に応える事。
それをするには、余力が必要だ。
100%では余力がない、だから70%にして余力を作れ。
今の君たちは、出来ない方に合わせている。
だから、ダンスが得意な子は余力を持てる。
その余力を使って、ファンに手を振ったり、アドリブをしたりして楽しませている。
これが全員全力だと、そんな余裕は無くなる。
すると、コンサートを見に来たお客さんは、良いものを見たとは思うけど、面白いものを見たとは思わない。
だから、将来の君たちの倍の能力になって欲しい。
つまり200%の力を持つ。
そうすれば、その時の70%っていうのが、現在の君たちの140%になるだろう。
今の倍の体力があり、今の倍動けるようになれば、全力を出さなくても、今よりずっと激しいダンスをしながらファンにサービス出来る余裕が持てる。
それが体力作りの意味だ」
天出優子は聞きながら、自分の価値感と同じものがあると思う。
(この女性も、基本は楽しい音楽を目指しているんだ)
やり方はかなり厳しい。
スパルタ指導なら、前世でいくらでも見て来た。
ダンサーには、雇用主の期待に応えられるよう、時には鞭打ちまでされて特訓されていた。
しかし、この女性のやり方は違う。
全体的なパワーアップをしてから、細かい技術、特化した技術を教える。
とにかく基礎、基礎、基礎と言う。
だが、基礎の積み重ねの上に技が宿るのも一理ある。
(努力ってのは大事なのだ。
私は作曲家とは努力をし続けるべきだと思っている)
意外かもしれないが、モーツァルトは努力家でもあるし、その重要さを理解している。
そんなこんなで、KIRIE先生が来ての最初のダンスレッスンは終わった。
帰り際、優子は先生から呼び止められる。
「君はさ、リズム感は抜群に良い。
ドタバタした感じはない。
だけど、上体の使い方が致命的に下手くそだ。
それがダンスの下手さに繋がっている。
理由は筋力が無いからだろう。
手を振り回してからとか、上体を屈めた時とか、復帰が遅い。
理由は分かっている、だから上達出来る。
そこで、だ……」
優子はうんざりした。
中の人は「マイクより重い物は持ちたくない」と思っている。
そんな優子に対し、
「重りは成長期の子供を歪める危険性があるから、このメニューをこなしなさい」
と、腹筋や腕立て伏せ、スクワット等のトレーニングメニューを書いた「冊子」を手渡された。
KIRIE先生お手製のもので、今は小柄で華奢な天出優子に特化したメニューである。
なのに、やたら分厚い。
表向き「はい」と答えたものの、内心
(やってられるか!)
と毒づいていた。
まあ、他にも同じようにトレーニングメニューを渡され、中にはDVDで具体的な動きまで指示されているメンバーもいる事を確認し、気分を直す天才音楽家であった。
おまけ:
灰戸洋子「ふっふっふ……私が筋力をつけている秘密兵器を見せてあげよう!」
(一同)(また変なの持って来たんだろうなあ……)
灰戸洋子「じゃーん!
アポ〇エクササイザー!!」
(一同)(何なんだ、それは?)
暮子莉緒「それ、『リ〇グにかけろ』で使ってたやつじゃないですか?」
天出優子「まあ、このパワーリストも『〇ンかけ』で主人公が使ってましたが」
灰戸洋子「分かるのは君たちだけかぁ!」
(一同)(もしかして、また昭和の少年漫画なのか?)
女子だけで集まって喋っている時、案外キ〇肉マンとか、魁!〇塾とか、男臭い漫画の話で盛り上がる事もあるそうで……。
(令和女子の肉マニアとか、桃か富樫かJか論争ってのを知ってまして)




