芸能人として
晴れて「お試し期間」を終えて正式な研究生となった天出優子。
研究生にお試しとか正規っていうのも不思議なものだが、メディア露出やコンサート出演という部分で明確な線引きがある。
正規の研究生は、名前はともかく本物の芸能人なのである。
この日、脱落なく全員が正規の研究生となった優子の同期たちは、まずプロフィール写真の撮影を行った。
全員慣れていない。
プリクラとかが当たり前の世代でも、例えば自動車免許の写真なんかは可愛く写らないし、かといって自由な表情を出来るわけでもなく、結果硬い表情となってしまう。
まして、中の人が写真発明前の優子は、ただでさえ「肖像画スマイル」しか出来ない。
カメラマンやスタッフの指導が入る。
同期でも18歳の盆野樹里はメイクアップをされていた。
研究生らしいメイクではあるが、プロが仕上げていく。
16歳の安藤紗里、斗仁尾恵里のサリ・エリコンビもパウダーとリップで軽めのメイクをされていた。
さて、12歳の天出優子だが
「君にはまだ早い!」
と一蹴されていた。
まあ、中の人が男なので、化粧に拘りはないものの、一方で変態的嗜好がある為
「女性のように化粧してみたいなあ」
と女児の癖におかしな事を考えてもいた。
代わりにスタッフは、ウィッグでワンポイントおしゃれをさせてくれた。
優子は生物的には純日本人で、前世のオーストリア人ぽさは、僅かにヘーゼル色の瞳に見られるくらいだ。
だから黒髪の美しい女の子であり、それゆえにワンポイントの金髪の一房のウィッグが映える。
(自分はこの時代でも、カツラ(アロンジュ)に縁がありそうだな)
金髪の着け髪をいじりながら、なんとなくそう思う。
前世のモーツァルトの頃までは、宮廷作曲家はカツラをかぶるのが礼儀であった。
同時代人だが、宮廷音楽家には一度もならなかったベートーヴェンは、自毛のぼさぼさ頭を晒している。
以降、芸術家は自毛で肖像画に描かれるし、今世のアイドルたちも基本は自毛だ。
金髪、茶髪、赤髪などはともかく、青やピンクの髪色は数百年前の音楽家には奇抜に映るが、それでも似合っているのなら良いだろう。
新しいものを取り入れたい中の人は、自分もそういうのをしてみたいが、なにせ年齢的に
「君にはまだ早い!」
と一喝されてしまう、芸能界でも家庭でも……。
とりあえずアーティスト写真を撮り終えると、次はインタビューだ。
新しい研究生のお披露目という事で、アイドル専門誌、男女写真週刊誌の記者が待つ部屋に通される。
「絶対に変な事を言わないように!」
とマネージャーから釘を刺される。
数ヶ月の付き合いで、マネージャーも彼女たちの性格を把握していた。
大阪出身の安藤紗里は、極度の阪神ファンである。
それは良いのだが、対読売ジャイアンツでは敵意剥き出しになり
「読売が!」
と吐き捨てる事が多く、それは避けるように指導されている。
サリ・エリコンビは方言キャラだが、だからこそ標準語では通じない事も言ってしまう。
「それ、なげといて」
と言われれば、標準語なら投擲するだろう。
方言では「捨てておいて」の意味だが、そういう事が多々ある為、単語は標準語、アクセントは方言というエセキャラ化させられていた。
そして問題児・天出優子。
前世からの性格で、下ネタが大好きなのだ。
意図して言うものは控える事が出来るが、無意識の場合は厄介である。
柔らかさの表現で、女性の胸を例えに出す等、現代でもヨーロッパでは普通に口にするような事は、日本では止めておいた方が良いだろう。
「君たちは新人です。
まだ正規メンバーでもありません。
初々しさを表に出して下さい。
妙に慣れた感じは、絶対に出さないで下さい。
ぶっちゃけて言うなら、演技して下さい!」
なんて言われてしまった。
まあ、そんな事を言われたなら、それが気になって自然な振る舞いなんて出来るわけがない。
自然とぎこちなく、それが初々しさに見える会見となる。
……天出優子以外は。
彼女は、前世で王侯貴族と付き合っていた。
子供の頃に、当時ウィーンに居たマリー・アントワネットに
「僕のお嫁さんにしてあげるよ」
なんて言ってのけた強心臓である。
ガチガチの3人を後目に、
「趣味は、メンバー皆さんの匂いを嗅ぐ事です。
だから抱き着きに行くんですけど、皆に嫌がられて困ってます」
だの
「日本の料理は美味しいので気に入ってます。
まあ、(転生して)生まれてから、一回も外国には行った事無いんですけど」
だの
「音楽の天才児ってプロデューサーの評価について、ですか?
まあ、当然って感じですね。
あ、今のは冗談です。
まだまだ学ぶ事は多いですよ」
だのと、普通に思った事をベラベラ話している。
記者後方で見ているマネージャーはハラハラしていたが、実はこの辺、優子の中の人は弁えている。
貴族階級の社交界に招かれた時、それなりに面白い話をする必要があった。
「モーツァルト君はイタリアの社交界にも呼ばれたそうだね」
「はい」
「あちらの女性はどうだったかね?
ウィーンの社交界よりも、随分と艶やかだと聞いているが」
「否定しませんよ。
随分と色っぽい女性が多くいました。
ですが、私なんかは彼女たちから相手にされませんでした」
「貴方のような天才なら、寄って来る女性は多いでしょうに」
「お忘れなく。
私がイタリア旅行をしたのは、男として見られる前ですよ。
色っぽい女性だからこそ、子供なんか相手にしないのでしょうね。
いくら胸元を強調していても、それは自分の子供、赤ちゃんでないと……ね。
その点、大人になってからお話し出来る、ウィーンの女性は実に嬉しい存在です。
子供が見るのとは違った魅力を感じられますからね、大人なりの……」
「オホホ、モーツァルトさんはお上手ですね」
こういう下ネタまでいかないギリギリを攻めた方が、上流階級でも喜ぶのだ。
案外貴族も下世話なものだが、だからといって露骨な表現だと下品な人物扱いされる。
身内には平気でウ〇コネタを言うモーツァルトでも、この辺は大人だったのだ。
こうして取材も終わり、次は自前の番組収録。
マネージャーから繰り返し
「子供らしくね!」
と釘を刺されてしまった。
先程の記者たちは、物怖じしない優子の喋りに
「まあ、子供だからこんなものだよね」
と、逆の意味で子供らしさを勝手に見い出していたのだが。
番組収録は、先輩と一緒だった為、素を出すまでも無く終了した。
照地美春が後輩たちにウザ絡みして来るのは毎度の事。
トーク回しはリーダーの馬場陽羽が上手くこなし、最年長の灰戸洋子が喋れない場合には助け船を出す。
誰かの独壇場になる事もなく、皆が適度に喋り、適度に困らせられ、上手く笑いを取って終了した。
「この番組のオンエアは……」
マネージャーから説明されている中、優子は覚悟を決める。
(その日には、学校の皆にバレてしまう。
やましい事ではないけど、仲が良かった子には先に言っておかないと大変だ。
どこかのタイミングで、話をしないとなあ……)
子供には子供の付き合いがあり、大人になった者は忘れてしまっているが、それもまた貴族相手の社交界とか、マスコミ対応同様にしっかりしないと後々厄介になるものであった。
おまけ:
収録後……
品地レオナ「じゃあ、私は他局で収録があるけど、君たちも見に来る?」
安藤紗里「どんな番組ですか?」
斗仁尾恵里「また歌番組ですか?」
品地レオナ「国営放送のイタリア語講座のアシスタントで3本撮り。
終わったら、赤坂の方に移動してサッカー欧州杯の優勝直前番組のコメンテーター。
その後、日付替わって天文台に移動して、宇宙を観測しながら教育番組の収録。
それから……」
研究生一同(お堅い番組ばっかり!
唯一サッカーが娯楽と言えば娯楽だけど、絶対マニアックになる!)
全員、収録見学は辞退しましたとさ。