アイドルデビューより先に
天出優子の父、天出礼央はまだ娘の芸能活動には反対だ。
彼はアイドルというものを、正直馬鹿にしている。
チャラチャラした女の子が、遊び感覚で活動し、大人の作った歌を歌い、大人のシナリオ通りにキャラを演じ、飽きたら「卒業」と称して辞めていく。
辞めないで活動継続しても、派手に金を使い、男性関係でだらしないなり、スキャンダルも仕事の内と浮き名を流す。
彼は、娘にはそんな風になって欲しくない。
だから、学業に支障が出たら辞めさせるつもりだし、音楽が好きならさっさと卒業して音大に通わせようと思っていた。
まあ、愛娘には甘いパパだから、当分アイドルごっこをするのは許している。
そんな父が、娘と共に本契約の為に芸能事務所に呼ばれた。
そこで彼は、思いもしなかった事を聞かされる。
「天出優子さんですが、研究生活動はそのままに、編曲家としても契約しませんか」
父はポカン通りする。
この人たちは、何を言っているんだ?
「編曲って、音楽勉強しないと出来ませんよね?」
「いいえ、センスです」
「でも、娘はまだ小学生ですよ」
「娘さんにはセンスがあります」
「いやいや、事務所には本業の人がいるでしょう」
「娘さんのセンスは、勝るとも劣りません」
「でも、小学生の編曲家とか聞いた事ありません」
「それは情報不足です。
最近の小学生は、タブレットとかを使って既存の曲をアレンジしますよ」
「でも、それは子供のお遊び程度でしょう?」
「いや、結構本格的な子もいますよ」
「いやいや、娘も流石にそこまででは無いかと」
「論より証拠。
実際に優子さんが作られた曲を聴いてみましょう」
そして、オリジナル曲を聴いた後に、10種に及ぶ天出優子アレンジ版を聴く。
息を呑む父親。
「これを娘が?」
「はい」
「優子……いつこんなの作ったんだい?」
「この前の日曜日」
「あの、食事とトイレ以外、部屋に閉じこもってた時かい?」
「え?
そうだったの?」
前世のモーツァルトだった時から、超集中モードに入ると周りがよく見えていないのだ。
「他人が作った曲を、自分が作った事にしてない?」
「は?
なんでそんな事するのさ」
この世で一番、天出優子の天才を認めていないのは、父の礼央かもしれない。
礼央もまた、少年時代は勉強がよく出来て「天才」と周囲に言われていた。
だが、高校で名門進学校に入るも、世の中上には上がいる事を知る。
それでも進学校内での平凡な成績で、良い大学に入り、良い就職が出来た。
「天才」という言葉を信じられない。
そういうのに浮かれず、地道であるべし。
良い学校に進めば、そこでの平均値ならその後は安定した人生が保証される。
彼の価値観はそう培われた。
彼には芸能界への偏見もある。
この調子の良い男たちは、何も知らない娘を誑かして、食い物にしようとしている。
娘にこんな曲が作れるわけがない。
確かに、ピアノ弾かせたら色んな曲を弾くし、アレンジもする。
だが、所詮は素人の演芸。
本物のピアニストの前では、子供のお遊びなのだろう。
彼は自分を信じない、芸能界を信じない、ゆえに娘の才能も信じていなかった。
いや、信じないよう心がけていた。
彼は音楽について詳しくは知らない。
だから、娘の才能は「素人目なら凄いけど、まだ子供なんだし、プロから見たら大したことないないのだろう」と決めつけていた。
褒めて慢心させたら、その方が子供の為にならないのだし。
そして、権威を信じていたから、超一流と比較して「お前もまだまだだよ」という、子供の才能を潰すような時々発言もしてしまう。
悪気は全く無い。
だが、親の欲目にならないよう過度に注意していた為、あえて認めないようにしていた。
だが、信じがたい事なれど、目の前にいる自分の娘は「超一流」という言葉でも処理出来ない、歴史上の人物が転生し、その才能に現代までに音楽知識を上乗せした存在である。
音楽を齧った事がある者なら気づく凄まじさを、音楽を「人生の優先順位で最下位」なんて考える父は、今まであえて認めて来なかった。
(これは、ハッキリ分からせた方が良いかもね)
アイドル曲ゆえに、全才能を注ぎ込んで作ったわけではない、レベルに合わせた曲ではあるが、それでも自作は自作、手抜きはしていない。
それを理解せず、「他人の曲では?」と言われた為、天才音楽家のプライドが傷ついた。
彼女は、凄さを理解させるには、圧倒的であるべきという結論に達する。
「スタッフさん、ここに電子ピアノか何か持って来て貰えます?」
「え、まさかここで弾くの?」
「パパ、分かってくれないので」
そうして開かれた即興演奏会で、父は初めて娘の本気を聴く。
震えが止まらない。
決してショパンのように、超絶技術を使うものではない。
なのに、音楽が実に綺麗なのだ。
どこかで聴いたように思うが、初めての曲。
(優子の家でのレッスンで聞いた、アイドルの曲だった。
それが次から次へと展開していき、それをベースにしながらクラシックみたいな曲に。
なんだろう、よく分からないけど、モーツァルトの曲のような感じだ)
父親は音楽など分からないはずなのに、正解にたどり着いている。
以前、優子が意地を張ってる時の演奏を「楽しくない」と評し、彼女に気づかせたように、彼は直感的には音楽に対し、中々鋭いセンスを持っている。
本人が認めてないだけだ。
一通り演奏を聞き終えた後、それでもまだ信じたくない父は、スタッフに聞いた。
「これ、実は貴方たちが用意したものじゃないですよね?
娘から私が強情だと聞かされ、説得する材料として……」
直感が「凄過ぎる」と判断しているのに、頭でっかちに「いや、そんなはずはない」と否定し、否定しきれずにジレンマに陥る。
そうして憔悴した父の疑念に、こちらも魂が抜けた感じのスタッフは
「こんな曲を用意出来るなら、とっくに作曲家として有名になっています。
無理です。
我々には作れません。
いや、うちの曲作る先生たちでも無理です。
時間掛ければ何とかなりますが、これ、即興ですよ!
もう、質問そのものに無理があります」
と返答した。
「ですよねー……」
父親は弱々しく同意する。
娘の才能は知っていたつもりだった。
自分としては高く評価し、やりたい事はさせていた。
それでも、超一流には及ばない、何故なら自分の娘だから、そういう気持ちがあった。
どうやら娘の才能は、自分の理解の中に収まっていない。
凄さに喜ぶ、驚く、唖然とする、それらを通り越して恐怖を感じたのは初めてだ。
この子は本当に自分の娘なのだろうか?
子供はいつか自分を超えていく、なんて悠長なものではない。
おそらく大分前から自分なんか足元にも及ばない高みに達していて、今まで気づけなかったのは自分の無知のせい、ハッキリ分かる形で示されると、親は寂しさより我が子への恐怖を抱いてしまった。
しばしの感情の大振動の後、天出礼央は天出優子の父親に戻って来る。
確かに天才だ、認める。
だが、やはりこの子は自分の子、守ってやるべきか弱い小学生の女の子。
この子の好きなようにやらせてやろう、もう自分が足枷になってはいけない。
でも、汚い大人の世界からは、自分が盾になってやらねば。
こうして父親は、娘の生き様を尊重しつつ、大人として彼女を守るべく、様々な条件をつけて本契約を交わした。
かくして天出優子は、スケル女正規メンバーになるより先に、編曲家になってグループを支える事になったのだった。
おまけ:
あの世にて……
ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル「今、即興で弾いたの新曲か?
新曲なんだな?
追加しないと!」
ケッヘル番号が動いたのだが、この世の人間は気づいていなかった。