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意外な宿題を出された!

 昨年、スケルツォ研究生になった女の子たちの、契約更新の時が来た。

 スクール生扱いで、レッスン料を払っている現在と違い、テレビ出演やコンサートで仕事するギャラが発生し、それに伴う各種義務も負う事になる。

 仮芸能生活段階で

「やっぱりやめたい」

 となる少女もいるので、覚悟が決まった子だけを残すシステムである。

 未成年が多いので、代理人として親が契約を結ぶ事になる。

……という事を分かっている天出優子に、プロデューサーから呼び出しが掛かった。




「天出さん、この曲は知ってるよね?」

 聞かされたのはスケル女の「君と僕は同じ星を眺めていなかった」という失恋ソングである。


『中学の林間学校のキャンプファイアーの後、夜空を見ながら星座の話で盛り上がった君と僕。

 だけど君は違う彼氏を見つけてしまった。

 炎に焦がされた恋心は僕だけだった。

 同じ星空を見ていても、君と僕はそれぞれ違う星を眺めていたんだね』


 そういう歌詞なのだが、曲調は哀調の短調ではなく、明るい長調である。

 それは歌詞の最後で


『でも僕は、僕の眺めていた星が好きなんだ。

 いつか同じ星を好きな人と巡り会える!

 きっとそうさ。

 君でなくても構わない。

 キャンプファイアーの火は消えて、またどこかで灯すものなのさ』


 と立ち直って終わるから、寂しい感じは似つかわしくないとされた。

 それでも、この曲はカップリング曲で、代表曲ではない。

 曲調が綺麗でも、歌詞がやはり湿っぽいと判断されたのだ。




「知ってます」

 天出優子は短く回答する。

 コンサートでは、ノリの良い曲の合間、一息入れたい時に使われていたバラード曲。

 頻繁に歌われたわけではない為、知らないと言っても怒られないだろう。


 知っていると答えた優子を見て、戸方Pは頷く。

 そして楽譜を手渡して来た。


「君、この曲をアレンジしてみない?」

「へ?」

 いきなり言われ、天才音楽家も困惑する。

 アレンジくらい簡単だけど、その意図は?


「ちょっと君を試してみたい。

 出来なかったら、それでも良い。

 出来るなら、どれくらい出来るか知ってみたい」

 これに、天才音楽家の精神がムッとする。

 繰り返しになるが、天出優子の前世で「楽しい音楽をしたい」と思ったから、転生したようなものだ。

 音楽の楽しさが魅力なこの時代だが、音楽のレベルについては「自分の理解の中にある」と、大して評価していない。

 特にアイドル曲なんかは、

「上手い下手ではない、楽しいかそうでないかだ」

 という価値観の為、評価の範囲外なのだ。

 そんな程度の音楽提供者に、採点されるような発言が少し気に障った。

 まあ、そこは我慢して

「分かりました。

 やってみます」

 と楽譜を受け取る。

 戸方Pは更に続ける。

「歌詞は変えちゃダメ。

 それが条件。

 曲を同じにして、歌詞を違うものにするのは失格ですから」

(ほお、そんなアイデアもあったんだ。

 勉強になったなぁ)

 最新から曲を作り直す事しか頭に無かった中の人には、同じ曲に複数の歌詞というものにも興味を惹かれた。

 だが、禁止というならそれはしないでおこう。




「歌詞は変えてないぞ」

 アレンジ曲が出来上がる。

 それは、イントロとアウトロを哀調から明るいものに転調するものである。

 歌詞を段落ごとに区切り、合間にバイオリン等の刺激的な演奏を挟む。

 逆に歌詞がある部分では、ピアノ伴奏程度で歌手の声重視とした。

 オペラに近いかもしれない。

 ただ、アイドルはオペラ歌手のような発声はしないから、それに合わせてバランスを取った、


「まず一曲出来たね。

 次!」


 中の人たるモーツァルトにとって、作曲はお手のものである。

 普通に歩いていても、曲のアイデアが浮かんで来るレベルの変人だ。

 さっさとアレンジ曲の2曲目を作り出す。


「歌詞は変えてないぞ」

 もう2曲目が完成した。

 それは、少年目線の歌詞に、振った少女の気持ちをアンサーで付け加える。

 少年の気持ちに、少女の回答と交互に歌わせた後で、一点で「同じ星を眺めてなんかいなかった」と重ね合わせる。

 伴奏は、やはり歌詞を際立たせる為、終始抑え気味にしてみた。


「よし、3曲目、いくぞ!」

 完成の余韻に浸らず、さっさと次を作る中の人。

 学校の勉強は最低限だが、音楽に関してはよく学び、あっという間に覚えてモノにする。

 天出優子は、既にDTMを駆使して作曲し、ボーカロイドなんかを使って歌詞を入れ込む事は容易に出来るようになっていた。


「歌詞は……変えたといえば変えたけど……変えてないといえば変えてない。

 まあ、判断は任せよう!」

 3曲目は、歌詞を入れ替えている。

 最初に結論である「同じ星を好きな人を」という部分を持って来て、最後に「君と僕は同じ星を……」を繰り返して終わる。

 曲調は短調で物悲しい感じである。

 楽しい音楽を標榜していても、それだけではメリハリが無い。

 とことん悲しい失恋ソングもあるべきだ。


「つまらないけど、求められる曲も作ってみるか。

 歌詞と曲はそのままで、音とメリハリ変えて……」

 3曲目とは逆に、物悲しさを消した、さっさと諦めてやるぜ!という強い少年。

 気持ちの切り替え部分では、行進曲マーチ風に転調させてみた。

 強い台詞にはスタッカートを付けて、より強さを加える。

 だが、裏メロディーラインは悲しくして、聞く人には「無理して強がっている」とも感じさせた。


「印象派ってのもやってみたかったんだよな。

 不協和音入れたり、あえてスローテンポにしたり」

 百年以上の音楽を吸収し、消化した中の人・モーツァルトは貪欲である。

 この機会に、自分が作ってない音楽も試してみた。

 歌詞はそのままだが、曲は全く面影無い。




 そんなこんなで10曲くらいアレンジ……いや、途中からは新曲作成して気が済むと、そのデータを戸方Pに送りつけた。

「メールって便利だよねー」

 と呟く優子に対し

「え? 圧縮ファイル……。

 解凍したら、なんだこの曲数!

 こんなに作ったのか?」

 と、宿題10倍返しされて頭を抱えるプロデューサー。

 そして聴いてみると

「うん、確かに歌詞は変えてない。

 コーラス追加するなとも、歌詞入れ替えるなとも、輪唱にするなとも言わなかった。

 それでも、ここまでやるか?」


 と舌を巻いていた。

 まあ、天出優子が戸方Pの理解を超える天才であっても一向に構わない。

 プロデューサーは野心を剥き出した表情で叫んでいた。

「この才能なら、僕が思った音楽を手伝ってもらえる。

 ますます気に入ったぞ!

 その能力、存分に発揮してくれよ!」

おまけ:

あの世にて……

膨大なモーツァルトの作品を整理し、ナンバリングした男は叫んでいた。

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル「これは他人の曲をアレンジしたものだからね!

 モーツァルトの曲としてカウントしないからね!」


まさかお互いの死後に、新曲作られるとは予想外だったろう……。

今のところ、ケッヘル番号は動いていない。

今のところは……。

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