ライバル?
昔のアイドルは、生命を削って仕事をしていた。
睡眠時間も取れず、移動中のロケ車が眠れる場所とか、休養日なんて3年近く無かったとか、そういうブラックな逸話に事欠かない。
それに比べ、現在のアイドルは緩い。
そんなブラックな環境を、視聴者側も拒否するようになったのも一因ではある。
しかし一番の理由は、敷居が低くなった事だ。
グループアイドル全盛期となり、予備軍も含めて数十人が所属する事もざらだ。
アイドルを辞める事を「卒業」と言い換え、美化した事で、加入脱退が気楽になった。
入れ替わりが頻繁になった事で、部活間隔でアイドルやレッスン生になる少女も増える。
こうなると芸能スクール、もしくはそれを装ったいかがわしいスクールも多く生まれ、受け皿が増えていった。
昔のアイドル同様、替えが中々効かない、仕事が立て込んで眠る時間が削られている人もいるが、9割はそこまでブラックではない。
……アイドル一本で生活出来ないから、合間にアルバイトを入れたり、極貧生活を強いられたりと、そっちのブラックさが新たに発生しているが。
天出優子が通う小学校で、一つの話が持ち上がった。
「アイドル誕生!」
最初に優子がその話を耳にした時
(まさか、公式発表前に私の事がバレたとか無いよね?)
と訝しんだ。
実際、同期の研究生とつるんでいる所や、テレビ局に出入りした場面を目撃されているのだし。
しかし、よくよく聞くと、それは自分の事ではない。
他のクラスの女子が、アイドルグループオーディションに合格したと、自慢げに語っていたのだ。
「私、デビューするのよ!」
そう鼻高々に言って回っているのは、武藤愛照という少女である。
ダンスボーカルグループの追加メンバーに合格したのだとか。
「愛照、アイドルになるんだ」
「まあ、アイドルだしぃ、アーティストだしぃ」
「もうレッスンとかしてるの?」
「そうよ。
ダンスの先生が結構厳しくてさぁ、シューズとか新しいの買えって言われちゃった。
履き潰すからねえ」
「ねえ、誰か芸能人と会った?」
「まだだよ。
でも、テレビ番組とかに呼ばれたら会えると思うよ」
「サイン貰って来てよ」
「えー、そういうの断られると思うしぃ。
遊びじゃないからねえ。
でも、頼んでみようかな」
謙遜しているように見えて、正直自慢している。
優子はそうした喧騒を聞きながら
(随分緩い事務所だな……)
と半分呆れていた。
彼女が属するグループの運営は、情報漏洩とかに敏感である。
余計な事は喋るなと、親も含めて釘を刺されていた。
だから、対抗して自分の話をし、叩きのめしたい気分はあるが、そうならないよう視界から消える事にした。
だが、愛照の方が優子を見つけ、いきなり喧嘩を売って来た。
「あーら、天出さん。
私のアイドルデビューが眩しくて逃げるの?」
「え?
別に?
自慢話は一通り聞いたから、もういいかって思っただけなんだけど?」
「羨ましいんでしょ!」
「あー、褒めて欲しいんだ。
おめでとー!」
「……貴女って、いつもそうよね……」
「え?
私、どこかで貴女と絡んだ事ある?
って言うか、なんでそんな喧嘩腰なわけ?」
「覚えてないの?」
「何を?」
「頭来る!
3年生の時の音楽教室!」
「え?
いや、忘れちゃいないけど、あそこには私、半年も通わなかったじゃない」
「だから、そこに居た私なんか眼中に無かったのね」
「え?
居たの?」
「本当に頭に来る!!」
天出優子の中の人は、転生後に百年以上の音楽を一気に吸収、消化した。
大体は理解の範疇にあったが、そんな天才音楽家が使いこなすのに時間が掛かった楽器がある。
それが電子楽器で、シンセサイザーに興味を持った。
演奏中に一人で複数の音を自由に切り替え、サンプリングした音を自由に切り貼りする装置に惹かれた。
前世に置き換えるなら、チェンバロを弾きながら、必要な時にパイプオルガンの重低音を重ね、録音したソプラノ歌手の歌を適当な箇所に入れる、それを一人で出来るなら?
型が決まっている四重奏に、好きな楽器を組み込めるなら?
教会にしか無いパイプオルガンと、軍隊の大砲の音をコラボ出来るなら?
自由な音楽を作りたい天才音楽家は、シンセサイザーとは言わないまでも、音の作成や切り替えを学べるエレクトーン教室に通う。
そこで頭角を現すも、なにせつい最近まで無意識に近いままで、他人を打ちのめす癖があった彼女は、コンクールに向けて練習している他の生徒の曲を、サラッと弾いた挙句にアレンジして表現力の差も見せつけ、自信喪失させていたのだ。
武藤愛照もその一人。
ただ、彼女は心を折られず、いつか勝ってやろうと猛練習を積む。
しかし天出優子は、基本的に電子楽器のテクニックさえ学べれば良かった為、その教室でこれ以上学ぶ事が無いと思ったら、やめてしまったのだ。
プライドをへし折られた愛照は、その後も「音楽は天才的」と学校でも言われる優子をライバル視し、エレクトーンだけでなく、アナログなバイオリンやダンスも習い、優子に勝とうと努力したのである。
この場合の「勝ち」とは、優子に心の底から
「凄い!
どうしたら貴女みたいになれるの?」
と言わしめる事だった。
だから、小6にしてアイドルとしてデビューする自分を見て
「凄い、羨ましい」
と言って欲しかったのに、天出優子は素っ気ない態度。
実に腹立たしい!
(アイドルになるとか、私が好きな世界だから認めてあげたいけどね。
私もそうだから、余計な事を口に出さないようにしてるんだよ。
私が、スケル女研究生でなければ、多少演技して褒めてもあげたけど。
ああ、女ってこういう時に面倒臭いよなぁ)
中の人が、男の意識で面倒臭い女をdisる。
それでも、面倒臭さに辟易して何も言えない態度が、この場合正解だったようだ。
「愛照!
天出さん困ってるでしょ」
「別に友達とかじゃないんだし、祝われなくてもいいじゃん」
「なに3年生の時の事でムキになってるの?」
傍から見れば、とっくに済んだ話を蒸し返されて、一方的に言われて困惑しているようにしか見えない。
蒸し返してる側が、この場合は悪人なのだ。
クラスメイトから責められ、旗色の悪さを悟ったようだ。
クラスメイトにしても、物珍しさからチヤホヤしただけで、マイナーアイドルなんて本当はどうでも良いと思っている。
あまり自慢がウザいなら、仲間外れにだってするだろう。
愛照は引き下がる事にした。
それでも別れ際に
「貴女には負けないんだからね!」
と一方的に宣言され、優子は肩をすくめる。
(はいはい、勝手に言っていれば良い。
作曲家ならともかく、演者と争ったって意味ないからねえ。
眼中に無いわけではないけど、私は楽しい音楽が出来たらそれで良いから、歌手としての勝ち負けとか関係ないし)
と、無意識に周囲に敗北感を与える女は思っていた。
優子は将来を見通せない。
この武藤愛照が、数年後には本当にライバルと呼ばれる存在になるとは、予見なんか出来ないのである。
おまけ:
武藤愛照が芸能界に入り、最初にした仕事は……
「すみませ〜ん、私たち明日、近くのライブハウスに出演するので、見に来て下さ〜い!」
ビラ配りであった。
小学生が呼びかけている。
どこか募金呼びかけみたいな感じで、大人が配るなら無視する人も、子供相手には優しくなり、受け取るだけ受け取っていた。
なお、ビラ配りしているのは、とあるホールのすぐそば。
別アイドルのコンサートを観に来たファンにアピールしているのだ。
そのアイドルとは……
馬場陽羽「スケル女、行くぞー!!」
照地美春「皆さん、まだまだ声出せますよね〜?」
スケル女であった。
先輩のコンサートを舞台袖から見学する天出優子。
同級生が案外近い距離にいるのに、お互い全く気づいていなかった……。