男の野心
レッスン終わり、スケル女リーダー辺出ルナと天出優子は、戸方風雅総合プロデューサーに呼び出しを受けた。
2人を呼び出した戸方Pは、彼女たちに背中を向けたまま話し始める。
「フロイライン!と同盟を結んだそうですね?」
辺出の顔色が悪い。
プロデューサーや運営を差し置いて、現場レベルが勝手に手を組んだのだから。
共同経営するとか、プロデュースを一にするとか、そういうものではない。
対ドイツのクラシック音楽界で、共闘しようというものに過ぎない。
その点では大した問題は無かった。
スケル女はフロイライン!を敵視していないし、フロイライン!の方が自分たちより新規で、人気を奪ったスケル女を敵視しているように見えるが、実際のところフロイライン!はどのグループに対してもツンツンしているから、敵視はしていない。
別に同じ現場でパフォーマンスをする時に
「一緒に頑張ろう」
と手を組んだところで、運営に文句を言われることはない。
しかし、フランスでの日本イベントに招待されるというのは、明らかにプロデューサーや運営がすべき事だ。
現場のアイドルが勝手に決めて良い事ではない。
その日に何かスケジュールを入れていたなら、各方面に思いっきり迷惑をかける事になる。
リーダーが青くなるのも仕方がない。
まあ優子は
「その場に居ただけで、同盟にもフランスイベントにも賛成してはいない」
と言い訳は可能だ。
とは言え
(辺出さんにだけ責任は押し付けられないな……)
と覚悟はしていた。
天出優子は女好きだからこそ、女の影に隠れて逃げる事もしない。
連帯責任、受けてやろう。
「幸いにも、そのフランスでの日本イベントの日の予定はまだ決まっていませんでした。
こういう事をしようって会議していたのですが、本決まりではありません。
だから各方面にお断りの連絡をする事はないので、そこは大丈夫でした。
ですが、今後こういう事はしないで下さい。
もし、既に予定が決まっていて、それが動かせないものだったらどうするんですか?
どちらを断っても角が立つじゃないですか」
背中越しにそう詰る戸方P。
「すみませんでした」
声を絞り出して謝る辺出。
いつもにこやかにで、何か奥意はありそうではあるが、笑顔を欠かさない戸方が一度も振り向かない。
余程怒っているのだろう。
何か取りなさないと……そう思った優子が
「戸方さん、あの……」
と声を掛けたが、戸方の方から
「天出さん、君の知り合いも中々迷惑な人ですね。
ドイツの音楽祭招待の件から、色々と大事になって来ました」
「あ……。
そうですね、すみません。
私が発端で……」
「責めてなんかいませんよ。
お説教タイムはここまでとしましょうか。
この顔を見せないようにするのも限界です」
そう言って振り返った戸方の顔は、物凄く肉食獣な笑顔であった。
「いやはや、面白い事になって来ました。
男たるもの……いや、ジェンダー論的にこの言い方はまずいですね。
音楽家たるもの、やはり世界で勝負したい。
大舞台に立ってみたい。
自分が叶わずとも、プロデュースしている子のそういう光景を見てみたい。
そう思いませんか?」
「はあ……」
「スケル女は精々アジアでウケるだけ、フロイライン!はアメリカやヨーロッパでも人気ありますが、それでも一部の変わった人たちだけ、そう言われています。
まあそうだろうな、と受け容れつつも、やはり心のどこかで否定していたんでしょうね。
そんな程度で収まりたくない、と」
戸方は、若い頃は傲岸不遜で「自分こそが世界でも活躍する男だ」という自信を漲らせていた。
しかし、本物の才能を見て、勝手に挫折してしまった。
そして違ったジャンルである音楽に目覚め、そこで頑張って来たのだ。
そこでも才能が無い事を自覚し、商業主義だと批判されながらも、転向して身につけたコミュニケーション能力や、利益を共有する経営センスで、業界の大物と言われるまでに成長を遂げた。
そうして野心なんてものは無くなった、音楽のヒットと売上の向上、人気獲得という小さい目的で満足するような人物になったように見えた。
しかし、野心は全く無くなっていない。
若い時のように自信過剰で、時に鼻に着く感じで見せなくなっただけだ。
天出優子がスケル女のオーディションを受け、その圧倒的な才能を見て、彼は考えた。
「自分が考えた音楽を創り出す事が出来る!
自分の音楽を低評価していた人たちを見返す事が出来る。
技術が追いついていないだけで、自分はまだまだここで終わりではない。
大学卒業後から音楽を始めた後発で、ありきたりな音楽しか作れない……。
いつまでもそんな訳がないだろう。
売れるから、そういう音楽を求めているから、同じような音楽を書いていたんだ。
自分のイメージはもっと膨らんでいる。
それを形にしたい、表現してみたい、ついでに売れたらそれで良い」
そう思って、優子加入後の音楽を創って来た。
「敵……と言って良いのかな。
それは目の肥えた、かつアイドルなんか歯牙にもかけないヨーロッパの音楽ファンなんでしょ?
面白いじゃないですか。
そういうのが相手っていうのも燃えて来ますね」
そう独り言めいて話すプロデューサーに
(戸方先生って、こういうキャラだった?)
(私に聞かれても……。
辺出さんの方が付き合い長いでしょ?)
と戸惑う2人。
「おっと、心の声を漏らしまくりましたね」
そう言いながら、いつもとは違う笑顔のまま続ける。
「フロイライン!との共闘、それでいきましょう!
一緒にヨーロッパの音楽界に殴り込みをかけましょう。
上の方の説得は僕が引き受けます。
プロデューサーなんだし、曲も構成も僕が仕切ります。
君たちにも手伝ってもらう事もあるでしょう。
一緒に戦いましょう!」
「はい」
「お願いします」
こうして、独断専行をちょっと怒られただけで、2人はプロデューサーの部屋を辞した。
「私、先生の意外な面を見た。
いつもは飄々として、穏やかな感じだったんだけど」
辺出の言葉に、優子も頷く。
優子にしても、ああいう野心剥き出しの戸方は初めて見た姿だ。
「確かに私たちも、ヨーロッパで歌ってみたいな、って気持ちはあるよ。
アイドルやってるんだから、馬鹿にされたら見返してやりたいって気持ちだってある。
だけど、あんなに燃えるものかな?
なんか、認めさせるに飽き足らず、叩きのめすって感じじゃない?」
「私には気持ちが分かりますよ」
辺出に対し、優子はそう答えた。
天出優子の中身は18世紀の天才音楽家、男性である。
転生し、16年女性として育って来たから、以前とは違う人格になって来ている。
しかし、男性の人格は骨格として残っているから、戸方の心理はよく分かった。
「どんなジャンルでも一番になりたい。
トップに立ちたい。
ナンバーワンじゃなくオンリーワンと言ったって、そのオンリーなジャンルではトップになろうとしている」
これが色濃く表れやすい。
オスとして、競争本能が激しいのだ。
動物のオスでもそうだが、競争の結果としての序列を受け容れたり、違う場所で棲み分けをしたりと、抗争状態ではない社会を、成長するにつれて作っていく。
だが、ちょっと箍を外すと、子供っぽい「一番になりたい」って感情が顔を覗かせる。
その変異種が
「気取ったやつらに、自分の音楽を認めさせてやろう」
というものだろう。
天出優子も前世で、そんな感じだった。
イタリアの音楽がなんだ!
ドイツの音楽だって良いものだ、ドイツ語だってオペラを歌えるのだ。
いや、ドイツだイタリアだとか関係ない!
私の音楽は最高だろ!
音楽家として生きる枠が少なかった当時、モーツァルトはこういう自信と闘争心で生き抜いた。
まあザルツブルクでは上手くいかず、ウィーンでも宮殿を去る事になり、勝って終わったとは言い難いのだが。
(男のこういう子供っぽい部分は、百年以上経っても変わらないものだな。
そして、この私もそうだな)
そんな風に思いながら、優子は心配してまだ待っていてくれるメンバーたちの元に戻っていった。
おまけ:
フロイライン!の事務所において
「先代プロデューサー、一体どうしたんですか?
病気は治ったんですか?」
「まだ治ってないよ。
治療中だよ。
だけど、大人しくなんかしていられない。
話は聞いた。
こんな面白い事に俺を誘わないなんて、酷いじゃないか!
俺にもやらせろ!」
「そうですか……。
では完全にお任せします。
貴方が総合プロデュースを外れ、楽曲提供だけになったのは、病気の事よりも商業センスの無さが一番の問題でした。
音楽のセンスは、現プロデューサーの私より貴方の方があります。
ヨーロッパ相手に音楽で切り込むなら、貴方の方が良いでしょう」
かくして、フロイライン!の方も「男の野心」で先代の、フロイライン!の基礎を作り上げたプロデューサーが復帰して挑む事になった。




