少年漫画かよ!?
天出優子の中の人は、少年っぽさを残したまま死んだ天才音楽家である。
幼い頃から音楽漬けだった為、転生を果たした今世では、前世で楽しめなかった事を幾つも体験していた。
漫画を読むのもそれだ。
前世では、現代日本のような多種多様、キリスト教の禁忌すら屁ともしない、ストーリーも重視した絵物語は無かった。
1コマだけで風刺をする、そこにジョークを混ぜるくらいのものはあっても、「漫画」のようなものは存在していない。
故に転生後、漫画というものを読みまくっている。
まあ、他にも楽しい事は多々あるし、両親が野放図に漫画を買い与えて甘やかす人間でもない為、音楽好きから漫画好きに宗旨替えする程耽溺はしていない。
そんな天出優子だが、新年度になって顔を出したレッスンで意外な指示を受けたのだ。
「むう、これは?」
アイドルグループ「スケル女」人気メンバー「7女神」の一人、暮子莉緒が唸る。
「えーと、莉緒ちゃん、何か知ってるの?」
リーダー馬場陽羽の無難な返しに、ちょっと残念そうな暮子。
「そこは『知っているのか、〇電』って言わないと……」
「雷〇? なにそれ?」
「あー、ネタが通じないと滑って恥ずかしい。
でもこれは、灰戸さんの年齢じゃないと分からないか」
最年長メンバー灰戸洋子にいきなり飛び火。
「ちょっと待って。
私も知らないよ。
なにそのネタ」
「『魁!〇塾』の定番なんだけど」
「なにそれ?」
「知らない」
「????」
周囲一同ポカーンとする中、つい天出優子は笑いを零してしまった。
「お! 最年少の天出クン!
君、さては中々いける子だね?」
「いや、いけませんって。
っていうか、それ少年漫画ですよね。
しかも昭和の頃の。
それをアイドル現場で口にするのもどうかと思いますが……」
「……小学生なのに、なんでそんな事知ってるの……」
「えー、ゆっちょそんな漫画読まないでよ~。
もっと可愛い事しようよ~」(スリスリ)
一人、変態的な絡み方をして来るメンバーがいるが、とりあえず無視しよう。
基本、暮子莉緒も天出優子も、好んで少年漫画を買ったわけではない。
たまたま家にあったから読んだまでだ。
父親が責任を負うべきである。
という関係で、優子は暮子にも「同志」と目をつけられてしまったようだ。
「で、これは何なの?
雷〇でも、飛〇でも月〇でもいいからさ」
「……灰戸さん……私たちその名前出してないのに、なんで知ってるんですか?」
「いいから話を逸らさない!
まあ、何となくは予想つくけど」
「釈然としないけど、分かりました。
これは腕とか足とかに巻く重りですね。
それで敵との距離を詰めるダッシュとか、パンチの威力が増すんです」
「それ、アイドルには不要じゃん」
「えー、筋肉質になるの、嫌だ嫌だ嫌だぁ」
そこにトレーナーのスタッフが入室する。
メンバーがリストウェイト、アンクルウェイトを手に取ったのを確認し、説明不要と見ていきなり本題に入った。
「君たちには、少し体力をつけてもらいます。
ランニングとかで、トレーニングはしていると思いますが……」
結構な人数の女の子が、下を向いたり、視線を逸らしたりした。
そんな厳しい事をしたくてアイドルになったわけではない。
7女神と呼ばれる子たちは、堂々とトレーナーを見ている。
流石に彼女たちは「プロ」だから、いかに美容だ、バラエティーだ、グルメだと言っていても、体型維持と体力増強を怠ってはいない。
トレーナーは続ける。
「別にアスリートを目指す必要はない。
跳んだり、横ステップする際に、もっと軽やかにやって欲しい。
えーと、八橋と李、前に出て」
2人を呼び出すと、音楽に合わせたステップを踏ませる。
「見て分かったと思うけど、この2人はタイプこそ違うが、ドタバタした感じがないだろ。
これを目指してもらう。
2時間ライブやった、終盤でもこれが出来るように」
「はあ??????????」
アイドルたちは、流石に反抗的な声を挙げなかったが、心の中で総ツッコミを入れていた。
2時間のライブ、それだけなら何とかなる。
しかし、彼女たちは昼夜と2回ライブをするのだ。
夜公演の2時間過ぎなんて、もうヘバっている。
たまに過呼吸になり、舞台袖で呼吸が落ち着くまで安静にしている子だっているのだ。
「まあ、徐々にで良い。
寝る時以外、ずっと着けていろとか言わない。
ランニングする時とか、レッスン中は着けてもらう。
今はまだ、ドタバタしても構わないけど、半年くらいで軽やかに跳べるようになって欲しい。
研究生も、いつ正規メンバーとして呼び出されるか分からないんだから、やっておくように」
対岸の火事として、「大変ねえ」といった感じの呆けた表情の研究生は、自分たちも対象と知って顔をこわばらせていた。
(冗談じゃない。
私は前世だってそういうキャラじゃなかったんだ。
マイクより重いものなんか持ちたくはない!)
それはそれでどうかと思う感想を抱く優子。
彼女にしても、楽しい音楽を目指してアイドルになろうと思ったのだ。
歌や演出上の努力こそすれど、肉体的な努力などしたくはない。
「はい、文句言わない!」
文句の声は出ていないが、皆の内心の声を聞いたかのように、最年長の灰戸が声を挙げた。
「私なんか、何もしないと皆のステージについていけないんだよ。
だから、常にトレーニングして、何とかしてる」
「それは、ようこりんさんが三十路だからですよね」
「うっせー!」
失礼なツッコミを照所美春が入れ、灰戸洋子が怒った風もなく、軽く返す。
この2人、年齢もキャラも違うのに、妙に仲が良いからこういう事が言える。
そして、このやり取りで場が和んだ。
「黙ってても、皆も私の年齢になるんだからさ。
今から体力落とさないよう、トレーニングしててもバチは当たらないよ。
っていうか、絶対そっちの方が良いよ。
足が引き締まるから、グラビアでも……」
「ようこりんさん、セルライトが目立つんじゃ」
「そうなのよ……って、うっさい!
着いてないよ、私の足は細いんだから!
色気無いって散々言われて……って、何言わせるんだ!」
「はーい、皆さん。
ようこりんさんみたいに、セクシーさの欠片も無い足にならないよう、頑張りますか」
トップの連中程前向きである。
リーダーなんて、アームリストを既に装着し、ジャブをシュッシュと放っている。
それは本当に必要の無い動きではあるが。
一軍メンバーの貪欲さを垣間見た天出優子は、やはり家にある昭和アニメのキャラソンの一説を思い出していた。
~優雅に湖に浮かんでいるように見える白鳥だが、水面下では必死に水をかいている~
というもの。
美しい少女たちも、見えない所で色々やっているのだ。
そして、小学校に重しを持っていき、休み時間にそれを着けてランニングした為、男子から
「天出、ボクサーになるらしいよ」
と妙な噂を流されたのであった。
おまけ:
灰戸「別にこんな、大リーグ養成ギプスみたいなの付けなくても、ちゃんと筋トレするのにねえ」
馬場「灰戸さん、何て言いました?」
灰戸「あ、いや、何か言ったかな?」
馬場「大リーグって何ですか?」
灰戸「え? そこから?」
暮子「えーと、質問に対して質問で返事するな!
って、どこかのサイコパスが言ってますけど。
噛み合ってない会話、やめましょう!
大リーグとはメジャーリーグの事です。
灰戸さんの歳ではそう言ってたんですが」
灰戸「違うよ! もっと上の世代!
ちゃぶ台ひっくり返す父親とか、実はそのシーンはエンディングで使われてるだけで、本編には無かったとか、知らないから!」
馬場「????」
暮子「……灰戸さん、本当は何歳なんですか?」