神の使い、四度(よたび)
アルペッ女全国ツアーは大成功の中、千秋楽を終えた。
千秋楽では、戸方総合プロデューサーによるサプライズがあった。
台湾と香港での海外ツアーが決まったという発表である。
メンバーは狂喜乱舞。
この全国ツアーでレベルアップし、自信をつけたアルペッ女メンバーたちだが、海外は初めてである。
新たなモチベーションを得て、更なる向上をする事だろう。
兼任メンバーでありながら、影のプロデューサーのような仕事もしていた天出優子は、喜ぶメンバーを微笑ましく眺めていた。
千秋楽はアルペッ女の本拠地・広島だった為、この日は当地に宿泊する。
この日は日曜日で、翌日は平日だから優子は通学しないとならない。
だから早く休みたいのに、ツアー無事終了での打ち上げに引っ張り出されてしまった。
色々と嬉しさが爆発しているメンバーは、いつもの変人に戻って、大騒ぎしている。
一度変人化した彼女たちは、今さら大人しくも出来ないのだろう。
ただ同じ奇行でも以前の、どこか将来の不安を感じたものとは違い、今は心の底から楽しんでいて、その発露の奇行である為、優子は溜息混じりながらも最後まで付き合った。
心地よい疲れの中、メンバーからの自宅(もしくは実家)への宿泊の誘いを断り、ホテルのベッドに倒れ込む。
早く眠りたいが、妙に目が冴えてしまった。
「で、久々に出て来たと思ったが、いつまでそこに黙って立っているんだい?」
優子は、うっすらと透けて見える、前世の自分の姿をした存在に話しかけた。
そのモノは、以前のように枕元に立って覗き込むのではなく、ドアに寄りかかって佇んでいた。
「君は変わったな、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト」
神の使いとされる存在が口を開く。
「私が?
まあ、そうかもしれないな」
「自覚があるんだな。
君は、素晴らしい先輩に善導されたようだ」
「善導……ね。
何が善なのか、私には分からない。
私は、私がしたいようにしただけだ。
馬場さんや灰戸さんの言葉やプロデュースは、私に新しい形の音楽の楽しみを見せてくれてはいる。
そういう意味では、善かどうかはともかく、良い事だったよ」
神の使いは黙って聞き、頷いている。
そしてしみじみと
「やっぱり変わったよ」
と呟いた。
少しの時間の、何とも言えない沈黙の後、神の使いが口を開いた。
「私が何故、君に神の御許に参るよう促したか、分かるかい?」
「それは、本来目覚める筈だった、天出優子としての人格の為に、前世に引っ張られている今の私の人格が邪魔だからじゃないか」
「まあ、それもある。
天出優子という人格にとっては、極めて大きい事だ。
しかし、それ以上にもっと重要な事があった。
それは、蓋世の才能を集める事だ」
「神様……前世の我々で言う『父なる主』を楽しませる為か?」
「違う。
そんな小さな理由ではない。
そもそも、二回目の人生という時点で反則と言える。
その二度目の人生を迎えた者が、凄まじい才能持ちならば、人類の歴史に悪影響を与えかねないのだ」
神の使いは言葉を続ける。
「前世の君が死んだ後に、ナポレオンという希代の才能が頭角を現した。
その者はヨーロッパ全土を征服し、革命を各地に輸出した。
結局野望かなわず、敗れて離島で死んだのだが、もしその者が記憶と才能を持ったまま転生したらどうなると思う?
時代や置かれた状況の違いはあるが、条件が揃えば必ず再び世界を揺るがすだろう。
ナポレオンならばまだ良い。
君の死から遥か後年、ヨーロッパにはアドルフ・ヒトラーという男が現れ、同じようにヨーロッパを席捲した。
戦争に敗れ、自殺した男だが、もしこの者が記憶と才能を持ったまま転生したならば?
ナポレオン以上に危険な、弁舌と魅了の才能だ。
軍事の才能と違い、発揮する場面は極めて多い。
前世での反省点と野望を覚えたまま、二度目の人生を始めたなら、歴史……いや人類の社会に与える影響が大き過ぎる。
だから、危うい魂は回収しているのだ」
「私たちに影響力が無いとは言わない。
芸術は偉大だからね。
でも私たちは、歴史の授業で習ったナポレオンやヒトラーと違い、世俗に与える影響なんて無いだろう。
見逃してくれても良いのではないか?」
「芸術家だから、戦争させたり人を殺したりしない、影響が無い、か。
その辺りはやはり人間という枠の中でしか物を見ていないのだな。
ナポレオンよりヒトラーが危険な理由は、その言葉が遠くまで届き、人の心に作用するからだ。
感動、情動、衝動、心に作用する力は大いに危うい、というのが神に近い者が抱く思いだ。
主そのものの思し召しは知らぬ。
存在は感じるが、会って話す事など叶わぬ存在だからな。
その我々からしたら、音楽でも絵画でも文学でも演劇でも、他人の心を揺さぶる能力こそ恐ろしいのだ」
古来、宗教では芸術を独占したがる傾向がある。
神や天使・聖人の画のみ許される、讃美歌のみが音楽だ、神話は良いが偽りの他人の物語を描いたり、演じたりするな、と。
更には「神を現す事は不敬である」と、偶像崇拝を禁じるだけでなく、芸術そのものまで規制をしてしまう。
「それで、私を何度も回収しようとしたのか?」
「そうだ」
「神は知らぬ事と言ったが、ならばあんたに言う。
器が小さいな。
人が己の心を表現し、他人を感動させて何が悪い?」
「我々とて、それを許さずに滅ぼす等考えていない。
いや、出来ない。
君は以前、私の事を無能と罵った。
悔しいが、それは事実なのだ。
私は、この世にはぐれ出た魂を導く能力しかない。
君の魂の同意を経ないと、とある場所まで案内出来ない。
他人の心に影響を与える才能の魂は、死してなお自我が強い。
だから納得して、安住の地に来て貰っている。
そこではただ神の為であるが、新作は作れるし、衣食住に苦しむ事はない。
思う存分、己の芸術に専念出来る、と」
「言い方は悪いが、それは魂の刑務所だな。
そこに閉じ込められ、ただ只管神の為の芸術を作り続けねばならない」
「刑務所とは酷い言われようだ。
働く事は義務ではない。
人を魅了する才能を、強い自我の元、二度目の人生などで発揮されなければそれで良いのだ」
「やはり行きたくない場所。
で、嫌がる私をまだそこに連れて行こうと説得したのか?
今までの説明は、思いっきり逆効果だぞ。
そんな場所に、私が行きたいと宗旨替えするとでも思ったのか?」
「そんなわけはない。
私は、君をしばらく放置する事にしたのだ」
「何だって?」
彼等は、モーツァルトが第二の人生でもその鬼才を大いに発揮し、この時代に合わせた新しい音楽を作って業界を席捲すると共に、その才能で伸びるべき才能に挫折を覚えさせ、居なかった場合と比べて歴史が歪む事を恐れた。
それは、本来発現したであろう少女の自我が、前世の記憶持ちの自我に抑え込まれてしまう事とも通じる、あってはならないものと断じていた。
実際、アイドルになり立ての天出優子には、そういう挙動が何度も見られた。
天出優子が居なかったら、自分の才能に悲観して辞めていくアイドル志望の少女は少なかったかもしれない。
しかし、ここ1、2年の優子を見ていると明らかに変わった。
他人の才能を、自分の才能で押し潰す事はしなくなった。
相変わらず曲を作り、その面では歪みを生んでいるかもしれないが、自分の正体を隠し、他人の能力を引き上げるような行動を取っている。
他人と協調し、伸び悩んでいる者を助けていた。
最近はクラシック等の人材とも関わっているが、それでも本人が女子アイドルという狭い世界に留まっている事で、影響範囲は極めて限定的になっている。
モーツァルトという人格によって大きく世界は歪んでいない。
「それが君を当面見逃す理由だ。
君という才能による影響があるのは否めない。
しかし、それで他の者を成長させるのであれば、目を瞑っても良い。
我々にとって、最長で君が寿命で死ぬまでの数十年なんて微々たるものだ。
まあ、人類にとって数十年は取り返しのつかない失敗をするには十分な長さだから、魂の回収を急いだりもするのだが」
「私の肉体の自我についてはどうなんだ?
自分で言うのもおかしいかもしれないが、人類全ての為にこの少女一人を見捨てるのは、超越者のエゴじゃないのかね?」
「それも問題ない」
神の使いは、天出優子の問いに、何でもないといった感じで答えた。
「どうやら今の君は、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトという記憶を持っているが、前世のモーツァルトそのものではない。
傲慢で一方で繊細で、支配的で、しかし幼稚な前世とはまるで違う。
自分よりも才能が無い者でも尊敬する事が出来るし、二度と会えないわけではない別れなのに涙を流す。
下品で、女の肉体のくせに女好きなのは変わらないが。
だが、君は前世のままの君ではない。
その少女としての自我と混ざり合って来たのかもしれない。
君が昔のままの君ではなく、新しい人格となっているのであれば、無理に魂を回収する必要もないかもしれない。
まあ、私は君が言うように無能だ。
それが君としての成長なのか、2つの自我が混ざり合っての変化なのか、よく分からない。
だから、様子を見ようと思う」
そう言うと、その存在は次第におぼろげになっていった。
天出優子は
(ここに存在しているのはウォルフガング・モーツァルトではない、天出優子という日本人の少女だ。
そんな事は前から分かり切っている。
まあ、良い。
このうざったい存在が見逃すと言ったのなら、面倒臭い思いをする事もなくなるだろう。
どう変わっていくかなんて、知った事か。
私は今の人生を生き、思ったように音楽を作るだけだ)
と思う。
神の使いは完全にこの場から居なくなる前に
「あ、そういえばルートヴィヒ・フォン・ケッヘルが
『ああ、モーツァルトそのものではないのね。
だったら、ナンバリングは新しくするよ。
作品番号が混乱しなくて良かった~』
と言ってたぞ」
と言い置いた。
天出優子は困り顔で
「いや、私が自分の作品のナンバリングを依頼したわけじゃないし。
勝手にしてくれ、とか言いようがないな」
と呟いていた。
おまけ:
次の章でこの小説は〆ます。
高校・女子大生(なれるのか? AO推薦でいけそうではあるが)時代を長々書く事は出来ますが、
……次の小説も書きたいので。
もし、万が一、I woder if、書籍化するとなればその辺書けます。
てなわけで、最終章もよろしくお願いします




