伝説のライブ終わりて
スケル女「理想のリーダー」馬場陽羽卒業コンサートは、大成功で幕を閉じた。
最後の舞台挨拶を終え、控え室に戻って来た馬場は、贔屓とか無しに全員に声をかけ、感謝を伝えていた。
メンバーは歴も年齢も関係なく、皆が泣いている。
天出優子も涙が流れているのを感じていた。
優子との話の際、馬場は
「私の挑発に付き合ってくれてありがとうね。
でも、あんたなら大丈夫だって、信頼してたから。
おかげで全力……いやそれ以上でパフォーマンス出来たよ」
と、邪念の無い笑顔で語りかけていた。
さて、このコンサートは様々な人にとっても、印象深いものとなったようである。
翌日、中学校に行くと、早速この女性が食い気味に話しかけて来る。
「昨日の馬場さんとのデュオ、凄かったけど、あれ何なの?
貴女が音楽に関する限り、凄い人だっていうのは、嫌っていう程知ってる。
でも、昨日のは私が知っている貴女を、更に上回っていたじゃない。
あれが今の貴女の実力なの?」
興奮している武藤愛照に、ちょっと苦笑いしながら
「私も実力以上を出せたのかな?
馬場さんが本気だったから」
と答えた。
嘘は言っていない、と思う。
天出優子の本気で、実際にどこまで凄い歌手になるかは、よく分かっていない。
本領は作曲でこそ発揮されるのだから。
歌手としてはまだ発展途上であるし、グループ歌唱だから一人突出した歌い方は控えていた。
だから現在の自分が、どれ程のレベルにあるのか分からないが、とりあえず昨日は今までとは段違いに上手く歌えたのは確かだ。
「『私も』って、君以外もって事は、馬場さんでしたか?
彼女も実力以上を出せたって事?」
「また堀井君が話しに混ざって来た。
一体いつから聞いていたのよ……」
相変わらずの若手ピアニストの同級生男子に、愛照がツッコミを入れる。
まあ、毎度の事なので、今さら変態呼びもストーカー扱いもしないのだが。
「馬場さんも本気出せたって言ってたよ」
「あの人の歌もスゲーって、兄貴が唸ってたわ」
「……つーか、あんたたちも見てたんだ」
「僕はチケット取って」
「俺も親のコネと権力をフルに活かしてな」
「あの、私たちも見させてもらって……」
「俺は配信で見てた」
「自分も配信で」
「実はファンクラブ入っていて」
「天出さん、いつも凄いとは思ってたけど、本気はもっと凄いんだなって……」
「相手が凄いと、優子さんの凄さもより引き立つんだ」
いつの間にか、堀井とドラ息子以外のクラスメイトも集まって来て、優子の席周辺には人だかりが出来ていた。
トップ同士が妙に仲良くなったとはいえ、派閥対立があるこのクラスでは、極めて珍しい光景である。
それだけ心を打ったコンサートだったようだ。
学校が終わり、校門を出ようとしたら、見知った変人が2人……。
「師匠!」
「優子ちゃん、待ってたよ!
今日予定はないよね?
杏奈さんには確認済みだよ」
東京在住のアルペッ女メンバー、筑摩紗耶と長門理加がノンアポで待ち構えていた。
片やゴスロリというより、セクシー寄りで中学生男子の目の毒な服装。
片や両手にカエルと牛のパペットを装着しての登場。
見た目は2人とも不審者なのだが、既に学校側も正体を知っていた為、余り目立つ事をしないようにと釘を刺された程度で済んでいた。
「そこのフロイライン!の君と、伝統芸能の御子息と、世界的ピアニストの君も一緒に来ないか?
比留田さんには、今日レッスンは無いって確認済みだよ」
「なんでフロイライン!の比留田茉凛と知り合いなんですか……」
「フロイライン!は基本付き合い悪いけど、『皇后』は常識人じゃないか!」
「……アルペッ女に常識人かどうか判断されるのって……」
「そこの男子2人、逃げたら私は自分の手首を切ります……。
だから、行かないで……」
結局逃げ遅れた全員が、近くのファーストフード店に連行されていった。
「昨日の馬場さんの卒業コンサート、君たちも観た?」
話題が思った以上に普通の内容で、ホッとする中学生4人。
ぶっ飛んだトークにはならなそうだ。
観たと頷く3人。
ここにいる6人は、全員あの会場に居たようだ。
「正直、私は優子ちゃんを甘く見てた。
凄いのは知ってたけど、あの凄さを見せられたら、まだ凄さを分かっていなかったっていうか……」
「私は流石師匠だな、って思いました。
でも、師匠も流石なんですが、馬場さんも負けず劣らず凄かったですよね。
序盤は馬場さんが引っ張ってたような」
「あ、私も同じ感想です。
馬場さんが天出さんを引っ張りあげたって感じだったけど、どうなの?
実際のところは?」
「うん、あの場で馬場さんから仕掛けて来た。
事前に何の打ち合わせもなく、いきなり全力でついて来いって感じになって」
「いきなりだと?
お前、あれは事前に何度も練習した歌じゃなかったのか?」
「まあ、一回聴いた曲はすぐにアレンジ可能な天出さんだし、驚くべき事ではないんだろうけど。
それでもやっぱり凄いなあ」
皆が思い思いに感想を言って来る。
変人の割に、筑摩と長門は知り合いが多い。
筑摩は同じ大学に通う仲間がいるようで、
「自由音楽同盟(FMs)の子と一緒に観てたんだけど、圧倒されるって言ってた」
と感想を代弁する。
長門は、アルペッ女では珍しい東京の事務所にも所属し、活動している関係で他事務所とも付き合いがある。
「あの現場にフロイライン!の比留田さんと濱野さんも居たけど、なんか悔しがってた。
凄いって褒めてはいたよ。
でも、自分が目指す高みに、まだ中学生の優子ちゃんが立っている、実はそこが到達点ではなく、単なる通過ポイントに感じられて、自分との差が見えたようで悔しいって言ってた」
「え?
うちのリーダーとサブリーダー来てたんですか?」
「居たよ。
他にも留流さんとか相生さんも居たよ。
全員別々の場所に居て、関係者席に仲良く座ってなんかいなかったけど」
「相変わらず仲悪いんだね。
あ、私とFMsの友達と、他にもアイドルやってる子は関係者席に入れて貰いました。
皆感動してた。
歌の圧が凄いとも言ってた。
憧れるって」
実はこれ以外にも、日本全国からメジャー、地下問わず観に来た芸能人は多く居て、刺激を受けていたのだ。
そして、馬場陽羽と天出優子版のデュオ曲が、オリジナルメンバー版以上に評価され、持ち歌の少ない地下アイドル現場では、あのライブを真似た感じの前のめり歌唱で歌われるようになる。
「アルペッ女のメンバーは、広島で配信観てた人が大半だけど、感動したって言ってた。
これから始まる全国ツアーに向けて気合いが入ったって。
30曲も歌いこなすのは大変ではあるけど、あのレベルを目指したいって」
長門の発言に、愛照が少し引っ掛かった。
「長門さん、アルペッ女のライブでは30曲も歌うんですか?
メドレー込みですよね?
フロイライン!ですら、20曲台前半ですよ。
2時間のライブなら、それくらいが限度だと思いますけど……」
長門が笑いながら
「うーん、本来部外者には言えないけど、愛照はもう身内みたいなものだから言うね!
30曲全部じゃなく、その中から回替わりで組み合わせを決めるんだ。
あと、会場によっては来られないメンバーの代わりに歌う事もあるから、曲ごとにメンバーは決まってはいても、全部覚えようって事になった。
そうだよね、優子ちゃん」
「師匠が30曲作ってくれて、私は師匠を尊敬します、崇拝します、ああ我が神よ!
神の為なら、私は気に食わない人の削除! 削除! 削除ぉぉぉ! でもしますから!」
「え?
天出さんが作ったんですか?
戸方プロデューサーの作詞作曲じゃないんですか?」
「おお、良い質問をするね、ピアニスト君。
なんでも、優子ちゃんと作詞担当の八橋けいこさんが、ノリと勢いで作りまくったから、戸方Pすら持て余したって聞いたよ!
まあ、アルペッ女は持ち歌が一気に増えて喜んでたけど」
一週間以内に覚えろと言われて混乱したのは、無かった事にされたようだ。
「天出さん……。
ノリと勢いで30曲も書いても、周囲が困るだけじゃないの!」
「仕方ないよ、八橋さんもノリノリだったし」
「この話を聞いたら……絶対どこかから知るのは確実なんだけど……フロイライン!の先輩たちがまた気合い入れてしまうじゃない。
体力作りって言われて、またどこか、とんでもない場所で特訓する事になるわよ、きっと!
貴女のノリと勢いは、私たちにも間接的に迷惑になる場合があるって知りなさい!」
「そんな事知らない!」
「作るなとは言わない、貴女は手抜きはしない女だから、それくらい分かってる。
でも、そういう影響がある事は把握しておいてよ!」
「だから、他所への影響なんか知らないってば!」
同級生のアイドル2人が言い争っている横で、
「おい、堀井、帰って来い!
また魂が抜けてるぞ!」
「……ノリと勢いで30曲……。
ダメだ、僕の努力ではまだまだ足りない……。
僕もそうならねば……」
男子1名、大変な事になっていたのである。
おまけ:
あの世にて
チャイコフスキー「ところで、一曲作るのにどれくらい時間かかる?
私は数週間だが」
シューマン「数日だな」
リスト「早けりゃ数時間だな」
チャイコフスキー「あの、ノリと勢いで数日で30曲とか、どう思う?」
シューマン「まあ、モーツァルトだから」
リスト「あの人なら仕方ない」
作曲にかかる時間が短い音楽家から見ても、モーツァルトはずば抜けた神速だった模様。
(だから、堀井君、落ち込む必要は無いぞ。
こいつらも、掛かる時は数年ががりで完成させてるから)




