運営は常識人だった
「紹介するね。
こちらがアルペッ女の運営責任者の南雲支配人と、チーフマネージャーの山口さん」
広島のアルペッ女との兼任が決まった天出優子は、戸方総合プロデューサーからアルペッ女のスタッフを紹介された。
中年くらいの男性3人に、明らかに場違いな女子中学生が1人。
しかし、この場で優子を甘く見ている人はいなかった。
(この人たちがアルペッ女の運営か)
南雲は眼鏡を掛けた痩せぎすの男で、少々神経質な感じがする。
山口は逆に、小柄ながら体格が良く、多少の事は気にしない大らかな感じと、面倒見が良さそうな風体である。
実際、口をついて出た言葉は見た目と同じようなものだった。
「天出さん。
話は聞いていました。
よろしくお願いします。
うちの子は知っての通り、変わった子が多いので思うようには中々いかないと思います」
「よろしくね。
南雲さんが言ったように、変な子ばかりだけど、悪い子じゃないから。
まあ、ぼちぼち慣れていけばいいよ」
戸方Pは少し溜息を吐いて、アルペッ女の現状を語った。
「実は、仕事が無い。
メンバーの数人は個人で仕事を持っているが、グループ全体では暇になっている。
そりゃコンサートや新曲イベントはありますけど、それだけなんですよ。
レギュラー番組が放送終了したし、音楽イベントもそう多いわけではないので」
スケル女は、義務教育中に優子は出ていないものの、レギュラーテレビ番組2本とラジオ番組2本を持っていて、その他にバラエティー番組、音楽番組、教育番組にメンバーが呼ばれる。
その際、セット売りという、他の芸能事務所からしたら嫌らしい売り方なのだが
「照地美春を出しますから、あともう一人出演させて下さいよ」
「出来ればメンバー数人まとめて出演させたいのですが」
というやり方が通るのだ。
更に演劇、ファッションショー、映画、ドラマ、雑誌取材、イベントゲスト等で多忙である。
まあ、人気が無いメンバーはカプリッ女と同様に暇になってしまい、多忙な同僚との差を実感して卒業するという、中々シビアな競争社会ではある。
そういうのに比べたら、カプリッ女は全体的に無風状態なのだ。
夏に瀬戸内海沿岸でイベントが多数催される時は、掻き入れ時として忙しくなるが、その他は実に平穏である。
「まあ、それも良し悪しでしてなあ、うちの子は趣味に磨きをかけたり、大学進学したり、特技を身につけたりとスキルは上がってるんですよ」
そう豪快に笑う山口マネージャーだが、
「肝心の音楽の方で仕事が足りないのは私たちの責任です。
笑ってなんかいられませんね」
と南雲支配人は渋い表情であった。
「まあ、仕事の方は僕の方でも手を回してみるけど、天出さんは何かしたい事とかある?」
戸方Pからそう聞かれるも、すぐには出て来ない。
だが、彼女は既にメンバーの長門理加から覚悟の程は聞いている。
「覚悟して阿呆になっている」
ただのおかしい人なのではなく、何でもやってやるという飢えのようなものがそこにはあった。
だから、やりたい事はすぐには思いつかないが、やれる事ならまだまだたくさん有るはずだ。
「ちょっととんでもない事を言ってるかもしれませんけど……」
優子は前置きをした上で、中々無謀な提案をし出した。
「仕事が少ないなら、そこでどうにかしようと思わず、日本全国47都道府県ツアーとかしたいです」
運営陣が渋い表情になる。
「会場借りても、今のカプリッ女では客が入らない県が出そうでね」
「それはどれくらいの規模を想定してます?」
「ホールで、1000人から2000人規模かな」
「もっと小さい、500人規模の所とか、場合によってはライブハウスで良いんじゃないですか」
「待って。
君はカプリッ女に、地下アイドルと同じ場所で歌えって言うのか?」
「地下もメジャーもないでしょ。
私が知ってるカプリッ女のメンバーは、何でもやるっぽい感じでしたよ」
「君が知ってるのは、長門だな。
確かに長門は、仕事なら何でもやりたいガツガツした奴だ。
だからこそ、今のテレビ仕事とかも勝ち取ったけど、他はもっとおっとりしていますよ」
「支配人、そう否定から入らないで下さいよ。
天出さんの言ってる事には、確かに無理があります。
でも、メンバーに意見も聞かず、勝手にあいつらのプライドを推し量っても仕方がない。
もしあいつらがやりたいって言ったら、やってみようじゃないですか」
優子と南雲支配人の議論に割って入った山口マネが、やる方向にひと押しする。
「プライドは確かに大事にすべき事です。
ですが、音楽は聴いてもらってナンボの世界です。
待っていても人は来ないので、だったらこっちから押しかけましょう」
天出優子の前世において、幼い頃から演奏旅行の日々が当たり前だった。
そうやってモーツァルトは、父によって名を売っていた。
ヨーロッパ各地を回って、名声がついて、ようやくウィーンの宮廷音楽家になれたのだ。
地位に甘んじて、ザルツブルク大司教の宮廷音楽家として籠っていたなら、モーツァルトの名は今ほど有名ではなかったかもしれない。
「あと、言葉足らずでしたね。
私も全ての県でライブハウスとは言っていません。
東京とか大阪でライブをする時は、大きな会場でも人が入りますよね。
大都市はアイドル好きなファンも多く、知名度はありますから。
瀬戸内の各県と、東名阪及びその周辺は大きい箱。
広島のアイドルに馴染みが薄い県では、それに見合った箱にしましょう。
それは戸方さんが以前言っていたように、マーケティング戦略だったかで決めれば良いかと思います。
とにかく、足で回って顔を売りましょう」
話を振られた戸方は、相変わらずの作り笑顔の表情で
「『会いに行けるアイドル』ではなく『会おうと押しかけて来るアイドル』か。
それもアリですね。
そして、市場調査をして集客予想に見合った箱をセットする。
うん、その通りだ。
南雲さん、貴方の思いは分かりますよ。
せっかく瀬戸内ではメジャーに育て上げたアイドルに、今さらドサ回りなんかさせられるかって。
でもねえ、瀬戸内では確かにメジャーでもそれ以外の地域、中京とか北陸、北日本や沖縄含む南日本に行くと通じないのが現状なんです。
なにせ、元々ターゲットにしていない地域なんですから。
そこに踏み込む以上、ふんぞり返っていても意味無いですよ。
誇りを持って歌える場所では華やかに、これから開拓する地域では下手に出ましょうか。
これからの場所なんですから、一から始める事になります。
そうする事は、彼女たちの誇りを傷つける事ではないと思いますよ」
南雲も頷く。
頭の中では分かっていたのだ。
単に、自分の営業力の無さのせいでグループが波に乗れず、メンバーをドサ回りさせるような真似はしたくないと、少し感情的になっていただけの事である。
地域的に限界があるのは分かっているが、それでも彼は彼なりにグループを大きくしたいと、責任を感じていたのだ。
その辺の機微は、まだ優子には分からない。
天出優子としてはまだ人生経験が足りないし、前世のモーツァルトとしても、組織のマネージャーとして配下に誇りを持った仕事をさせるとか、そういう経験は無かったからだ。
「ま、提案は提案として受けましたよ。
あとは、メンバーがやりたいって言うかですね。
それでやりたいって言ったら、前向きに考えようじゃないですか」
山口マネがそう言って、これが結論となった。
優子はこの日の話を、全てではないにせよ、これからの同僚である長門にもメールしてみた。
返って来た返事に、思わず力が抜ける。
「よし! 日本全国の美味いものが食える!」
この能天気さと、一方でガツガツした仕事への意欲があれば、きっと大丈夫。
……だと思う。
おまけ:
某グループの「一年半で全国220公演クリア出来たら、武道館公演」というのを下敷きにしてます。