アルペッ女というグループ
広島に作られたスケル女の姉妹グループ・アルペッ女。
姉妹グループは大阪にもアダー女がある。
市場的に首都圏のスケル女、関西圏のアダー女と来たら、中京圏か北九州圏に姉妹グループを置くべきかもしれない。
何故か?
それは広島には優秀な芸能スクールがあり、人材が次々と出て来ていたからだ。
ライバルグループのフロイライン!や、毛色は違うがテクノポップグループ、女性メタルロックグループ等に、広島のある芸能スクール生からメンバーが出ている。
そこで戸方風雅プロデューサーは、広島を拠点に西は神戸、東は博多、南は四国を取り込んだ、メジャーアイドルグループには未知の大海に乗り込んだのである。
競合相手が居ない為、アルペッ女の勢力拡大は捗った。
しかし、ある程度で頭打ちとなる。
首都圏、関西圏よりも経済規模が小さく、支えるファンも広域過ぎて、集めるのが大変な事が理由だ。
打開策として、海上保安庁や海上自衛隊、各地のフェリーや水族館等とタイアップをしていたら、いつしか謎に海軍色が強いアイドルに変わってしまう。
歌は、スケル女結成時のような、清楚で緩やかな合唱曲。
ダンスは優雅さを基調とする。
メンバーは海に強い野生的な子が多いのに、反面曲は優しく綺麗、この相反する感じがいつしか、変人ばかりが集まる土壌となったようだ。
戸方Pは、「唯才是挙」を掲げ、才能があれば変わった子でも大歓迎である。
だから、天出優子なんていう性癖的な問題児がのびのび活動出来るのだ。
まあ、メディア仕事が多いだけに、優子の勘に触る変な笑い方とか、下ネタ大好きな話題とか、スイッチが入るとマニアックに語り出す癖はスタッフが制御している。
だがここ広島では、首都圏程にメディア仕事は無い。
メンバーは野放し状態である。
その野性っぽさが面白いと、個性になってしまった為、今更変えるのも躊躇われる。
天出優子と一緒に仕事をしたのは、ここのメンバーの長門理加だ。
彼女は簡単に言えば「痛い子」である。
中二病が抜けてないどころか、悪化したまま罹患中であった。
優子の前世で、中二病という概念は無い。
英雄症候群が似た症状かもしれない。
18世紀には、自分を歴史上の偉人の再来と信じて、そのように振舞う程度の人間しか見ていない。
アザラシのぬいぐるみをご主人様と呼んで話しかけるとかは、英雄症候群のように生暖かい目で見られる事はなく、精神病院送りにされた時代である。
その他、放浪癖はある、妙に哲学に凝る、弁当を5個持ち帰って食べ、スタッフに怒られるような変な子ではあるが、愛嬌があって歌・ダンスともに及第点、トークスキルがある為にグループ内では売れっ子であった。
その子は東京の芸能事務所にも所属し、今は東京で一人暮らしをしている。
優子とともに夏フェス限定ユニット「カプリッ女」で活動していたから、連絡先は知っていた。
「珍しいね、そっちから会いたいとか言って来るなんて。
だから、ここは貴女の奢りね。
あ、淑女、かき氷3人前ね!」
レディと呼ばれた店員が首を傾げながらも注文を聞いていった。
「えーと、3人前って……私と長門さんと、あと誰の分?」
「え?
私と、このご主人様と、暗黒支配者の3人分だけど?」
見ると、アザラシの人形の他に、ガスマスクをつけたカラスのぬいぐるみを席に並べている。
(最終的には一人で食う気だな……)
この女性の変人っぷりには大体慣れてる優子は、ため息を一つ吐くと、自分用のチョコクレープを注文する。
こちらの世界は、前世では高価であったチョコレートが安く食べられるのがありがたい。
前世のウィーンでも、クレープに相当するパラチンケンという、古代ローマ時代に元祖があるお菓子があった為、天出優子はこの組み合わせを好んで食べていた。
「メール読んだけど、広島来るんでしょ?
兼任は珍しくはないけど、普通は7女神くらいの先輩が来るんだよね?
まだ中学生の優子ちゃんが来るのは、なんか不思議なんだよね。
何かあるんでしょ」
アザラシの人形で腹話術をしながら話す長門は、痛い子だけど、頭は悪くない。
鋭い事を言って来る。
「私たちに来る曲で、たまに編曲が違う、メロディーラインが綺麗で無駄な音が削ぎ落とされてるのがあるんだけどさ。
木之実狼路って人の編曲。
でもさ、私たちその人見た事無いんだよね。
他の人は一回は会ってるんだけど。
案外さ、その木之実さんが今、目の前に居るとか無い?」
「どうしてそう思うんですか?」
「この前BSでやってたミュージカル対決で、スケル女チームの編曲って、優子ちゃんがしたんだよね?
盆ちゃん(盆野樹里)から聞いてるよ」
盆野樹里は優子と研究生同期だが、楽曲の方向性の違いからアルペッ女に移籍している。
同期ネットワークで、優子、サリ・エリコンビ、盆野は今でも交流していた。
その盆野からの情報から、長門は推理をする。
「あのミュージカルの曲と、木之実狼路編曲のものと、綺麗で音の無駄が無い所が似てるんだ。
そして優子ちゃんの兼任の話と、私を呼び出した事。
それに私の直感が、目の前に謎の編曲家が居るって告げてるんだ」
優子は舌を巻き、観念する事にした。
だが、その前にツッコミだけはしておきたい。
「長門さん」
「ん?」
「かき氷の合間に角砂糖ガリガリ齧るの、かなり見ていて気持ち悪いです。
私も相当に甘党と思ってましたが、正直それは見ていて胸焼けがします」
「大丈夫!
あとで塩齧るから。
瀬戸内の塩はまろやかだよ♪」
(そういう事じゃないから!)
ハプスブルク家にすら居ない、危険レベルな甘党にとりあえずツッコミを入れ終わると、本題に入った。
「誰にも言わないでね。
長門さんが考えた通り、木之実狼路は私だよ」
「あひゃひゃひゃひゃ」
推理を当てて、長門は店内なのに変な笑い方をして、注目されてしまう。
それを気にするでもなく、話を続けた。
「やっぱりねえ。
となると、アルペッ女に来るのは、単なる助っ人じゃなく、曲作りもあるのね」
「そうです」
「おー、凄いなあ。
そっち方面のテコ入れは頭になかった。
で、今日は何の用なの?」
(この人、鋭い癖に変な部分で鈍感だなあ。
それとも、分かっていて惚けてるのかな?)
ここまで来れば、予想も着くだろうに。
「アルペッ女の事をもっと詳しく教えて欲しいんです。
何でも良いので教えて下さい。
良いイメージを膨らませたくて」
「悪かったわねえ、普段の私たちは変人過ぎて、変なイメージしか無くて」
「まだ何も言ってません」
「そうなの、私たち変なの。
それは皆が自覚してるの。
だから、変な人で良いよ」
「いや、歌が好きなのは誰だとか、ダンスはこの人が上手いとか。
私も樹里ちゃんからちょっとは聞いてるけど、中々ノリに着いて行けないって言ってたし、ここは変人中の変人たる長門さんに聞けば、内部の事がよく分かると思って……」
「あーひゃひゃひゃひゃ、私が変人中の変人、言ってくれるわあ。
否定はしないわよー。
ついでに、私たちの心も教えてあげるね。
私の故郷、山口県の歴史上の人物はこう言ってるの。
『狂愚まことに愛すべし、才良まことにおそるべし。
諸君、狂いたまえ』って。
あと、うちら瀬戸内の中の徳島県ではこう言うの。
『踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損』。
芸能界なんていう、普通じゃない世界に居るんだもん。
狂ってる、変である、阿呆である方が良いのよ、あーひゃっひゃっひゃ!
じゃないと、東京とか大阪に負けんパワーが出せんけえなぁ」
何となく伝わった。
どうせやるなら、はっちゃけよう、そういう意気込みがある。
間違ってはいないが、やり過ぎな気もする。
だが、そういう子たちなら、中々楽しめるかもしれない。
優子は変人たちと真正面から向き合う覚悟が決まった。
いや、むしろ楽しみになって来た。
なにせ、単なる変人ではない。
覚悟して来ている変人なのだ。
きっと、肝も座っているだろうから。
おまけ:
一応書いておきます。
モデルの人に許可取ってますんで。
(まあグループ全体を変人集団にしてるのは、何か文句言われそうではありますが)