スケル女は次の時代へ
新曲発表から、そう時間が経ってない時期にそれは発表された。
「私、馬場陽羽は来年3月をもってスケル女を卒業します!」
先代リーダー馬場陽羽は努力の女性であった。
抜群の可愛さや歌唱力、ダンススキル、トークセンスは持っていない。
スケル女に入った時は、特徴もないし、長続きしないだろうと見られていた。
しかし、彼女は地道に努力を続けた。
声が震えると分かった時は、基礎体力をつけまくり、腹筋も鍛えて、ダンスをしながらでも歌える身体を作り上げた。
ダンスも反復練習を繰り返し、徹底的に身体に覚えさせるスタイル。
「頭で覚えた事は忘れる。
身体に染み付かせた事は、何も考えずとも自然に出て来る」
と、とんでもない体育会系な事を言っている。
しかし、決して自分の成功談を他人に押し付けない。
苦労して成長しただけに、他人の苦しみがよく見えていた。
だから、悩みを見抜き、そのメンバーに合った助言をしていた。
いつしか彼女は頼られるメンバーとなり、リーダーを任されるに至る。
リーダー期間が長期間に渡った為、現リーダーの辺出ルナと交代したが、相変わらず頼られる先輩であり続けた。
天出優子にとっても、馬場は頼りになる女性であった。
如何に前世の記憶があり、音楽の事を知り尽くした天出優子であっても、スケル女に入った当時は11歳、身体が出来てなく、スキルに体力が追いつかないアンバランスな状態だった。
そんな優子にアドバイスをしたり、時に嫉妬される優子を庇ったりした。
馬場本人が努力家なので、優子の隠れた努力もよく見える。
天出優子は類まれな才能から、見過ごされがちだが、音楽に関しては努力家で勉強熱心であり、常に新しい情報を取り入れようとしている。
大概の者は才能の眩しさに、そういった面が見えない。
馬場は最初から自分には才能はあまり無い、努力で積み上げていったという自負があるから、優子の才能だけを見ず、どうやって弱点を克服しているかも見る事が出来ていた。
ある意味、天出優子の本質的な部分の理解者なのだ。
他のメンバーに対しても同様だ。
きめ細かくフォローし、時に厳しく、時にはともに涙しながら、スケル女というグループを作り上げていった。
そんな馬場の卒業は、ライブでの公表の前に、メンバーには明かされている。
本人は晴れやかだったが、聞かされた後輩たちは一様に泣いてしまった。
(あれ?
私も泣いている。
おかしいな、私は前世の分も合わせれば人生経験豊富、家族ではない他人との別れで涙するようなタイプではなかったはずだ。
私が変わったのかな?
それとも、馬場さんが身内同然の存在になっていたのか……?)
溢れ出る涙を拭いながら、優子は人知れずそんな風に考えていた。
散々神の使いとやらに、その身体の人生を乗っ取っている等と言われているが、どうも天出優子はモーツァルトの人格のままではなく、成長しているのか、時間と身体に引き摺られて女性っぽくなったのか、とにかく変わって来ているのは事実である。
スケル女の衝撃はまだ終わらない。
発表はもう少し先になるが、最年長メンバー・灰戸洋子も
「私も来年夏頃には卒業するから、皆、そのつもりでいてね」
と宣言した。
彼女は、最近はちょくちょくいるが、それでもアイドルとしては珍しく三十路オーバーである。
散々体力的に厳しいとボヤいていた。
だが、今まで辞めなかった理由は
「KIRIE先生の振り付けを受けてみたかった。
プロデューサーも、何を考えているかまでは分からなかったけど、何か凄い事をしそうだったから、それを体験してみたかった。
あんな難易度の曲が出来た以上、もうやり残しはない」
というものである。
優子を含めたメンバーはまた泣き出す。
灰戸はカラカラと笑い
「まだ先の事だから〜。
それにスケル女卒業しても、アイドルは辞めないから!」
と皆に告げた。
彼女の持ち味は、ダンスではなく歌。
既にソロでコンサートを行ってもいる。
新曲程ではないが、スケル女のダンスは激しく、難しくなって来ていた。
灰戸が在籍していた大部分は、バタバタ飛び跳ねるダンスは無く、スカートをヒラヒラさせながら回るとか、手を前に出してハートを作るような緩いものだった。
その時代に戻りたいとは言わないが、今後のスキルアップしたダンス路線でいくなら、歌唱メインの灰戸にはグループ活動が負担になってしまう。
「要は、もう動けないのよ。
若くないの。
分かって!」
と、彼女は務めて明るく振る舞い、湿っぽくならないようにした。
スケル女長年の人気の元、7女神と安定の灰戸洋子という体制。
これが一気に変わる。
既に八橋けいこが卒業していて、馬場と灰戸が卒業を発表した。
そして、何となく空気が伝わるもので、現リーダー辺出ルナも「そろそろかな」と考えているっぽい。
「下から人気ある子が出て来て、私も嬉しいよ」
なんて言い出すと、流れ的に伝わってしまう。
まあ彼女は、ビジネス的にも馬場の卒業公演、灰戸の卒業公演と終えた後になるだろうから、来年いっぱいは卒業しないのではないかな。
辺出が言う、下から出て来た人気メンバーは、富良野莉久、寿瀬碧、安藤紗里、斗仁尾恵里となる。
天出優子も含まれるが、実は人気面では一歩及ばない。
スポーツでのポンコツっぷりが明らかになって人気が出たのだが、そんな感じで「出来る子」より「出来ないから、応援してあげたい子」に人気が集まるからだ。
まだ卒業しないらしい暮子莉緒は
「ほら、完璧超人より悪魔超人の方が人気出るじゃない」
と変な慰め方をしている。
同じ理由で、李友里もダンススキルの評価は高いが、人気は今ひとつだったりする。
だが、新世代は4人がオーディション同期である。
いつしか彼女たちは「天出世代」なんて呼ばれていた。
オーディション合格即正規メンバーの富良野を差し置いて、天出が世代の代表にされるくらいに、その才能はファンからも認められていた。
本当に、高い評価が人気に直結しないが、ヲタクたちの難儀な部分であろう。
こうして徐々に新体制にシフトするスケル女。
そんなある日、優子は戸方プロデューサーに呼び出された。
「この前の曲も編曲ありがとうね」
優子は「木之実狼路」というペンネームで編曲の仕事も請け負っていた。
自前のアイドルグループを3つ持つ上に、単発で違うアーティストの曲作りの仕事も請け負う戸方Pは中々手が回らない。
作詞作曲が異様に早いが、出来た曲はその時点では平凡なので、編曲スタッフが磨き上げる必要がある。
優子もそうした編曲陣の一人として、現役アイドルながら運営側にも片足突っ込んでいた。
そんな優子に、戸方Pは思わぬ事を言う。
「天出さん、君、広島のアルペッ女も兼任してみない?」
突然の事に事態が飲み込めない優子。
戸方Pは言葉を続けた。
「あそこねえ、今ひとつ人気が伸び悩んでるんだ。
ここらでテコ入れが必要だと思った。
それで天出さん、君、あそこの曲書いてみない?
有り体に言えば、もう一人の僕になって、曲とか劇とか作って欲しいんだ。
引っ越す必要はない。
仕事の時だけ広島に行って貰えば良いです。
どうでしょう?
引き受けて欲しいんですが」
いきなりそんな事言われても、と言ってはみるものの、天出優子の魂には火が点いていた。
何回か一緒に仕事したし、編曲も請け負って、アルペッ女の事は知っている。
テコ入れが必要なのも確かだ。
そして、変人ばかりのグループな癖に、曲のイメージは清楚で穏やかなハーモニー。
前世のスキルとも合わせ、自分がプロデュースするならやりやすいグループ。
返事こそ一旦待って貰ったが、体力やスケジュール的に掛け持ちが可能なら「やってみたい」、優子はそう思うのだった。
おまけ:
元ネタグループは加入卒業が激しいのですが、話の都合上作中では卒業シーンが少なくなってます。
名前出してないメンバーは、人知れず辞めてますので。
……不人気メンバーはほとんど扱われないアイドル業界、現実世界も小説内世界も残酷な事です。
馬場陽羽の名前の元ネタは、ヨハン・セバスチャン・バッハです。
ヨハで陽羽にして、読み方を変えました。
バッハが厳しい表情の肖像画なので、馬場さんもちょい厳しめのリーダーに設定しました。