ライブを観るぞ!
アイドル研究生は、何を研究しているのか?
研究といえるかどうかはともかく、先輩アイドルのパフォーマンスを学んでいる。
ファン対応とか、撮影とか、マスコミ応対とか様々だが、一番はライブパフォーマンスになろう。
研究生皆が目を輝かせて、人気アイドルグループ・スケル女のコンサートに帯同していた。
天出優子もその一人である。
彼女の中の人たるモーツァルトは、大概の音楽では感動しない。
大体が自分ならもっと良いものに作り変えられる自信があるからだ。
だから女性グループアイドル好きになったのは、会場全体で盛り上がる熱気に、かつて出来なかった「大衆の為の音楽」を見出したからである。
なお、中の人の嗜好により、いわゆるアーティストに対しては
「男だしなぁ」
「熱いのは好きだけど、ガラが悪いのはちょっと……」
「男臭い」
「男むさい」
と敬遠していた。
そんなわけで、天出優子は今まで客席からライブを観て来た。
研究生になり、今度は裏側からライブを観られる。
中々に楽しみで、中身が天才音楽家の癖にワクワクが止まらない。
楽屋にて。
「きゃ〜、ゆっちょ、今日も可愛いね!」
7女神と呼ばれる人気メンバーの一人、照所美春が抱きついて来た。
先日の女性誌撮影にも着いて行き、見学した事で、彼女は勝手に優子を自分のファン認定したようだ。
中の人は女好きだから嬉しいはずなのに、こうもベッタリくっつかれて、顔をプニプニされたり、撫で撫でされまくって玩具にされると、ちょっと引いてしまう。
そして、勝手に「ゆっちょ」なんてニックネームつけられていた。
「照所さん……支度とかしなくて良いんですか?」
「え〜、ヤダ〜、照所さんなんてヤダヤダ〜。
美春って呼んでよ〜。
ミハミハでも良いよ〜。
でないと、こうしちゃう!」
そう言ってくすぐって来る。
(ぶっちゃけ、この人面倒くさい……)
一番人気のぶりっ子キャラ、それはキャラというか、この人の内面の一部を強調しただけで、基本可愛いものが大好きな女性である。
自分も可愛いからそのキャラを演じられるが、他の可愛いものに目をつけたら、こんな感じになってしまう。
「ミハハラに捕まってるけど、普段優子ちゃんもそんな感じだから、自業自得だね」
先輩メンバーが笑いながら突き放す。
「え〜、そうなの〜?
じゃあ、ゆっちょ、私にもしてよー!」
(いや、私はここまではやってない!)
確かに、天出優子のハラスメントはもっとねっとりしているが、長時間ベタベタ触ったりはしていない。
それでもメンバー一同にどちらがマシか聞けば、こう答えるであろう。
「どっちもどっち」
と。
「きゃ〜、その服可愛い〜!」
照所美春の興味が他の研究生に向いた為、優子はやっと解放された。
そして改めて、他の7女神を観察する。
辺出ルナは、このグループ最強の歌唱メンバーである。
本気で歌うと、
(アイドルグループじゃなく、ミュージカル、いやオペラの世界の住人じゃないのか?)
と、中の天才音楽家すら舌を巻くレベルであった。
彼女もかつて、天出優子と同じ注意をされ、「下に合わせる」事を覚えていた。
アイドル歌唱は、オペラ等とは違っている。
この微妙な所を、優子に教えてくれたのが辺出だ。
その彼女は、一言も発していない。
マスクをしたまま黙っている。
何かを舐めているようだが、傍にのど飴の袋があるのでそれだろう。
発声練習をしているのは、暮子莉緒。
彼女は、いわゆる「ハモり」や「フェイク」を任される事が多い為、音を外さないように気を配っていた。
彼女の声は、メインの音声を支えるよう、オルガン演奏のように目立ち過ぎず、かつしっかり主張するものである。
本番に向けて、調整に余念が無い。
7女神ではない、別枠人気メンバーの灰戸洋子は……寝ていた。
最年長の彼女は
「メイクの乗りが悪い」
「体力が続かない」
と愚痴を零すのを持ちネタにしていた。
そんな彼女は、真っ先に楽屋入りし、時間を掛けてメイクを終えると、後は眠っている。
ライブに備えて、徹底的に体力温存していた。
(このうるさい楽屋で、よく眠れるなぁ……)
優子も思わず感心する。
本人曰く
「慣れよ、こんなのうるさい内に入らない」
との事。
「天出ちゃん、人間観察?
熱心だね」
7女神の一人、帯広修子が声を掛けて来た。
この子は、謙虚でどちらかというと陰キャ。
楽屋では眼鏡を掛けていて、一層暗く見える。
「あ、まあそんな感じです」
優子が返事をする。
帯広はただニコニコしているだけ。
「私、ミハミハみたいに自分から絡みに行けないから……」
と言って、後は黙って隣の席に座ってしまった。
(気まずい……)
と思ったが、すぐに名前を出された子が
「え〜、私みたいにダル絡みとか、シューちゃん酷い酷い」
と、リアルにダル絡みし始めたので、優子はそれ幸いと席を立って脱出した。
「はい、5分前!
寝てる人、起きて下さい!
気合い入れるよ!」
リーダー馬場陽羽が凛とした声で、騒々しい楽屋を静まらせる。
今日の出演メンバーも、優子たち研究生も、皆に緊張感が戻る。
出演メンバー、特に7女神の目から弛緩したものが消えた。
「皆、準備は良いですね!
今日は2公演。
次の部もあるけど、今回しか見られない人もいます。
その人の為にも、決して気を抜かないように」
「はい!」
「研究生は、一個でも先輩のステージから学べるものを掴んで」
「はい!」
「じゃ、全員がやるべき事をやりましょう!」
(懐かしいな、この雰囲気……)
天出優子は前世を思い出す。
ザルツブルクやウィーンの宮殿ではない、「魔笛」の時の民間楽団の控え室。
プロフェッショナルではない彼ら彼女らは、直前までふざけたり、練習して備えたりしていた。
「お客さんは皆の音楽を楽しみに来ている。
楽しませてやろう!
皆なら出来るから、自信持って!」
そう言って、引き締め役をしていたのがモーツァルトであった。
それで演奏も、役者も一端の音楽家の顔になる。
(どの時代でも変わらない風景だな)
そしてライブが始まった。
舞台袖に立ち、レッスン風景も知ってから眺めると、客席で楽しんでいた時とは違ったものが見えて来た。
(ライブとは「生きている」の英語。
このステージは生きている。
実に面白い!)
完璧に演出され、僅かな狂いも失敗とした音楽とは違う。
ファンとの距離が違い「アイドル」というジャンルにおいて、客へのアピールもまたステージの一部。
本来の立ち位置ではない場所に移動し、手を振ったり、握手したりする。
それでいて破綻しない。
更に、間違えるメンバーも出た。
しかし、それに対しリーダーが間違った子の頭をコツンとするパフォーマンスで、かえって客席を盛り上げていた。
眼鏡を本物から伊達眼鏡に代えていた帯広修子は、あのオドオドした態度が嘘のように、堂々と歌い、そして掛けていた眼鏡を客席に放り投げる。
客席はそれにも熱狂していた。
これも演出には無い。
厳密には、そういう事をするのは想定されていたが、いつどこでするのかは本人任せだ。
(特にトップメンバーは、ただプロデューサー任せで歌ってるだけじゃない。
自分自身をプロデュースし、全体を見て、この場面でどうしたら良いか、それを実践している。
私は彼女たちを甘く見ていたようだ)
天出優子は、自分の先輩たちを再評価する。
転生して、この場に来られて良かった、そう思う。
大衆の音楽、皆が楽しむ音楽、そのとっかかりで死亡した前世。
それから数百年。
進歩してないように感じ、楽しいからそれが良いと思ったアイドルという世界。
だが、どうやら学び、取り入れる事も多いようだ。
天才はそう思い、更に
(今まで毛嫌いして来た、男臭いアーティストとか、気取った感じの歌手も、見直そう。
やはりここは未来。
途中で終わった私が及ばなかったものがある!)
と、謙虚になろうと誓うのであった。
……まあ、性格的に長続きはしないのだが。
おまけ:
ミハミハさんも複数のアイドルを混ぜて作ったキャラです。
元ネタの音楽家はあんな性格ではないでしょう。
一方、帯広修子さんは、元ネタの性格使ってます。