白山の神
二人を乗せた二羽のコンドルは上昇気流に乗り、天高く舞い上がった。
「龍の背に乗ると、白山まであっという間につくのだが、龍はよほどの時でない限り、乗せてはくれないのだ。」
ジンはエミを気遣いながら話しかけた。
「私は小さい頃、何度もローランの背に乗った気がするわ。よほどの時がいっぱいあったのかな?」
エミは祖父のような神官でも、簡単には龍の背に乗れないことに驚いた。
「ハハハ。エミは子供の頃おてんばだったから、ローランもさぞ大変だっただろう。病気の友達のために薬草をつみに行って、ガケから落ちたり、迷子になった犬を探しに行って、あまりに遠くへ行きすぎて帰れなくなったり・・。数えきれないほど、ローランにはお世話になっておるのだ。」
エミは忘れていた記憶が思い出され、ローランに対する感謝で胸がいっぱいになった。
「あ、見えてきたぞ。あの山だ。」
ジンは目の前にそびえ立つ、真っ白な山を指さした。二人は白山に近づくにつれて、気温が下がっていくように感じた。二羽のコンドルは頂上付近の少し開けた場所に降り立ち、二人が下りやすいように低姿勢になった。
「ご苦労だった。また帰る時はよろしく頼む。」
ジンはコンドルから下りながら言った。
「どうもありがとう。」
エミもお礼を言い、コンドルの白くてやわらかな首の毛を優しくなでた。おだやかなコンドル達は、また上昇気流に乗り来た方へ、ゆったりと戻っていった。
突然、二人の前に白山の神の神使である狛犬が現れた。
「お久しぶりです。」
ジンは頭を下げながら言った。
「お前は神官のジンだな。この者は?」
とても威厳のある狛犬は、ギロリとにらむようにエミの方を見て言った。
「この子は私の孫娘でエミと言います。」
エミはサッと頭を下げた。
「今日は何の用だ?」
その場は世間話など一切できない、張りつめた空気が流れていた。
「白山の神様にお伺いしたい事があって参りました。」
「少しそこで待っていなさい。」
狛犬は言い終わると同時に姿を消した。そしてエミがキョロキョロしている数秒の間に、また狛犬が現れた。
「白山の神がお会いになるそうだ。ついて来なさい。」
「はい」
二人は同時に言うと、狛犬の後を遅れないように進んだ。
さらに気温が下がったように感じた時、白山の神が現れた。エミは神のあまりの大きさに驚き、後ずさりしてしまった。
「お久しぶりです。白山の神様。」
ジンは深々と頭を下げた。エミも少し遅れて頭を下げた。
「二人とも暗い顔をしておるな。何かあったのか?」
白山の神はとても穏やかに優しくたずねた。
「孫娘を守護するために地球へ下りた、ローランという龍をもう一度、天界へ戻すことは出来ないのでしょうか?」
ジンは真剣なまなざしで白山の神を見ながら言った。
「うーーーん。それは・・・。」
白山の神は突然、苦々しい顔になり、うなるように言って、少しの間遠くを見ながら考えていた。
「可能性があるとすれば、その龍の一生が終わった時、地球の波動が今より、もっと上がっていれば、その龍の魂を天界に引き上げる事が出来るかもしれない。」
白山の神は厳しい顔のままこたえた。
「地球の波動はどうすれば上げることが出来るのですか?」
エミがそう言いながら白山の神に近寄ろうとした時、それを制するように、エミの前に先ほどの狛犬が現れた。エミは頭を下げ、少し後ろに下がった。
「大昔から地球の波動を上げる試みはされている。天界でも勇敢な者が、地球で高波動を保ちながら生きようと決意して、転生した者も多い。しかし地球の波動はとても低い。そのために地球での生活に耐えられなくなり、自ら命を絶ったり、引力に負けて地球の者と同じように輪廻転生から抜け出せなくなった者も多いのだ。簡単に出来る事ではない。そして私の力では地球の波動を上げる事はできない。力になってやれなくて残念だ・・。」
白山の神は大きくため息をついた。
「お時間を頂きありがとうございました。」
ジンはゆっくりと頭を下げた。
「本当にありがとうございました。」
エミも深く頭を下げながら言った。
エミの明るくなった顔を見た白山の神は全てを悟り、付け加える様に話し始めた。
「地球は波動が低くネガティブな星だ。しかし高波動の者がポジティブに生きていれば地球の波動を上げられるわけではない。地球は様々な事を体験して、あらゆる感情を味わえる貴重な場所なのだ。だから、ネガティブなことも受け入れて、本当は全てが喜びであるという事を知っている状態で、生きる必要があるのだ。気を付けなさい。」
白山の神の言葉を聞いたジンは驚き、隣にいるエミを見た。
「はい。必ず心に留めておきます。」
エミは真っ直ぐに白山の神を見ながら言った。
突然、皆の前に白く輝く巨大な龍が現れた。ジンとエミは力強くて、とても美しい龍に息をのんだ。
「この龍に家まで送ってもらうがよい。」
白山の神は、にこやかに二人を見て言った。白龍は首を背の方へ向けて、二人に早く乗るようにうながした。
ジンとエミはもう一度、白山の神に頭を下げてから、龍によじ登るようにして背に乗った。
龍が飛び去った後、神使である狛犬が白山の神に話しかけた。
「神様、初めて会った者に龍をお使いになるとは・・。」
狛犬は驚きが隠せなかった。
「地球には今、大きな変化が起きようとしている。地球自らが波動を上げようと努力しておるのだ。しかし従来の力が強すぎて、思うようには進んでいない。あの者とローランという龍の存在は、地球にとって大きな助けとなるだろう。私はとても楽しみなのだ。」
白山の神からワクワクとした波動が広がっていき、巨大な山々すべてを包み込んだ。
白龍は、ジンとエミが目を開けていられないほどのスピードで空を飛び、あっという間に家のそばの空き地に降り立った。
「どうもありがとうございました。」
二人は地面に下りて龍にお礼を言った。
「私は遥か昔から、白山の神の神使だ。しかし今まで誰かを背に乗せた事はない。それほど神が、そなた達を大切に思っていることは確かだ。」
白龍は威厳のある声でそう言うと、垂直に天へ舞い上がり、すぐに姿を消した。
二人はしばらくの間、龍が消えた上空をながめていた。そして沈黙を破るように祖父のジンが話し始めた。
「エミ、地球へ転生するには時間がかかるだろう。前回は神官の修行として急に決まったが、地球には天界以外から数多くの転生希望者がおるのだ。それにともない、審査も厳しいと聞いている。その間は天界でしっかりと神官の仕事を務めなさい。」
ジンの口調は厳しかった。
「はい、おじいさま。」
エミは祖父の目を見つめて、ハッキリと答えた。