地球への転生
天界で神官の修行をしているエミのもとに、突然ある話が舞い込んだ。
【地球で、水難事故により重体の女の子がいる。その子の体に入り、残りの人生を全うすること。なお、地球では天界の記憶は全て消去される】
神官の修行としては最難関のものであった。
天界から下界へ行き、波動を落として生きていくことは、想像以上に厳しい事だと、神官の修行をする者たちは何度も聞かされていた。実際、地球から帰れなくなった天人をエミは何人も知っていた。
「どうして、わずか神官三年目の娘に、このような話がくるのですか?」
エミの父親は驚いて、この話を家に伝えに来た神官の上官にたずねた。
「急な話である事と、死にそうな体に入ることは危険性が高いので、皆おじけづいて辞退しているのです。しかし神官全員にこの話を伝えるようにと命令が下されたので、急いでこの話を伝えて回っています。」
話し終えた神官は、とても疲れた様子で、ため息をついた。
「私、その子の元へ行き、しっかりと残りの人生を生きて帰ってきます。」
エミは迷うことなく決めた。
地球では、女の子の残された時間はわずかであった。エミは両親にだけ別れの挨拶をして、すぐに下界へと向かった。
母親は去って行く娘の後姿を見て泣き始めた。父親は動揺と心配のあまり、何も声をかけることが出来なかった。
両親と弟と川遊びをしていた七歳のハルカは、足をすべらせてしまい、早い川の流れにのまれてしまった。すぐに気が付いた父親がハルカの後を追いかけたが、抱き上げた時にはすでに意識がなかったのだった。
「先生!意識が戻りました!」
救急救命を続けていた医師たちがあきらめて、両親の元へ向かおうとしていた時だった。
看護師の言葉で、その場にいた者が皆、女の子の元へかけ寄った。
ハルカという女の子の体に入ったエミは、重い体を動かすことが出来ず、目だけを動かして医師や看護師の顔を、ぼんやりとながめていた。
「呼吸・脈・血圧、何も異常なし・・。奇跡だ!」
医師は急いで両親の元へ向かった。
「奇跡的に意識が回復しました!今日は入院して経過をみましょう。」
興奮した様子の医師の言葉に、両親は一気に緊張が解けて、涙が止まらなかった。
エミが地球へ行ったという噂は、またたく間に広まった。一緒に神官の修行をしている者の中には涙を流すものもいた。
「ローラン・・」
エミの親友アヤが、木の上で休んでいるローランを見つけて呼びかけた。
ローランは無言でアヤの方を見た。
「エミが地球へ行ってしまったの・・。」
「それは本当か?」
ローランは首を伸ばし、突然険しい顔になった。
「神官の修行というか・・、水難事故で今にも死にそうな女の子の代わりに、その体に入ることを迷わずに決めたらしいわ。無事に帰って来ることが出来るといいけど・・。」
アヤは心配そうに暗い顔でこたえた。そしてローランは、遠くをながめて動かなくなってしまった。アヤはそれ以上、何も言えず静かにローランから離れた。