天王山
大学二回生になったヒトミは一人暮らしに慣れ、山岳サークルにも入って充実した日々を過ごしていた。
親友のアヤは大学卒業と同時に結婚をして、彼の就職先である大阪へと引っ越していった。
「アヤに会えないのは寂しいなぁ。」
ヒトミはローランにつぶやくように言ってうつむいた。ヒトミとアヤはお互いの時間が合う時は、常に一緒にいる仲だった。
「そうだ!今度サークルで天王山に登るの。天王山の神様に会えるのは楽しみだけど、結構きついみたい。」
ヒトミは暗い雰囲気を打ち消すように、明るく言った。
「天王山の神か・・。久しく会っていないから私も行こう。」
ローランは優しい口調で言った。
「ほんまに⁉ローランが一緒なら百人力や!」
「山登りの手助けはしない。」
とても喜んでいるヒトミにローランは、そっけなくこたえた。
「えーー」
ヒトミは残念そうに言うと、口をとがらせた。ローランは幼い頃のエミを思い出して、顔をほころばせた。
「ヒトミ、今度の天王山は参加する?」
同じ山岳サークルのリクが聞いた。
「うん」
「結構、厳しい山みたいだぞ。大丈夫か?」
「大丈夫よ。すごく楽しみ。」
大学一回生の時からヒトミのことが好きだったリクは、ヒトミを自分が入っていた山岳サークルに誘ったのだった。そして自分の気持ちをなかなか言い出せないリクは、天王山の頂上でヒトミに告白しようと考えていた。
天王山へ登る日、早朝から空は澄み渡り、風も穏やかだった。山岳サークルの六人は一台の車に乗り込み、和気あいあいと天王山へ向かった。
ローランは先に天王山の神に挨拶をして、ヒトミが登山口に着くのを待っていた。
「さあ、みんな体調は大丈夫だな?頂上まで約三時間、下山は二時間ほどだ。頑張って行こう!」
サークル長の掛け声で、みんなは一列になり、天王山の頂上を目指して歩き始めた。
「疲れたぁ・・」
約一時間半登ったところで休憩タイムに入った皆が、口々に言った。
「あと半分。ここからが正念場だ!」
先頭に立つサークル長は、皆の体調を気にしながら、励ますように言った。ヒトミは少し先の大きな木の上にいるローランに目をやりながら、荒くなっている呼吸を整えていた。
その先もローランはヒトミの少し先で、頑張って登ってくるヒトミを見守り続けていた。
「やったー!」
頂上についた全員が喜びの言葉を口にしたが、その後は頂上の景色と登頂した満足感でいっぱいになり、しばらくの間、各自が思い思いに過ごしていた。
ヒトミは天王山の神の姿を見つけ、少し仲間から離れた場所へ行って挨拶をした。そしてローランもヒトミのそばに寄った。
「よく来てくれた。ローランから話は聞いているぞ。頑張っておるな。」
天王山の神はヒトミに優しく話しかけた。
「ありがとうございます」
ヒトミは天王山の神に会えた喜びでいっぱいだった。そして神聖なその場が一層、清々しい気につつまれた。
「ヒトミ・・」
その直後、真剣な顔をしたリクがヒトミに話しかけた。天王山の神はすぐに姿を消し、状況を察したローランも、その場から飛び去った。
ヒトミが驚いた顔で振り返ると、リクが近寄って言った。
「気が付いていると思うけど・・、俺はヒトミのことが好きだ。付き合ってほしい。」
「私は‥」
ヒトミは困った顔でうつむいた。
「好きな人がいる事は知ってる・・。でも気長に待つから返事を急がないでほしい。」
リクは明るく言うと、すぐに向きを変えて歩き出した。
ヒトミは過去に何度か男性から告白をされた事があった。その度に、『好きな人がいるから』と断ってきたのだった。
「はぁ・・・」
リクはため息をつきながら、腰を下ろして休んでいる友人の隣に座った。
「ダメだったか・・」
リクがヒトミに告白することを聞いていた友人は、残念そうにリクを見ながら言った。そして二人は無言で美しい景色をながめていた。




