母親の病気
~~~ 三年後 ~~~
アルバイト四年目のリンは、巫女の仕事にも慣れて、かなり多くの事を任されるようになっていた。そして、いつも楽しそうなリンを見ているだけで、神々の心も明るくなった。
アルバイトが終わり、リンはいつものようにローランの元へと向かった。
「ローラン、またね。」
ほほえむリンに、ローランは穏やかにうなずいた。
家に帰ると暗い顔をした父親が、リンに話しかけた。
「今日、お母さんの主治医に呼ばれて、検査結果を聞いてきたんだ。子宮がんが膀胱と直腸にも広がっていて、三日後に手術をすることになった。とても厳しい状態らしい・・。」
リンの母親は子宮がんの疑いがあり、昨日より近くの病院に検査入院をしていた。
「え・・・」
リンは驚きのあまり、それ以上、言葉が出なかった。
「主治医は『余命三ヶ月。覚悟をしてください』と言っていた・・。」
父親はうつむいて軽いため息をついた。
「お母さん、あんなに元気なのに・・。」
リンは母親の明るく元気な姿を見ていたので、病気は心配ないと考えていた。
「かなり前から症状があったらしい・・。」
「そんな・・。」
リンは父親の言葉が信じられなかった。
次の日、ほとんど寝れなかったリンは、大学を休んで母の入院先の病院へと向かった。
「あれ、リン・・。学校は?」
朝から病院にやって来たリンを見て、母親は驚いた。
「今日の講義は出なくても大丈夫なの。何か必要な物とかある?」
リンはいつものように明るくふるまった。
「今朝、主治医の先生の検診で、あさってに手術が決まりましたと言われたの。しばらく家に帰れないみたいだから、リンにも迷惑をかけるわね・・。」
母親は申し訳なさそうに言った。
「大丈夫。お父さんも家事を頑張ってくれているから。」
リンは元気な口調でこたえた。
「今日は昼から簡単な検査と問診があるだけなの。この病院の一階にあるカフェに、美味しいアップルパイがあると看護師さんに教えてもらったから、今から行かない?」
母親は入院着の上にパーカーを着ながら言った。
「うん。食べたい!」
いつもと変わらず明るい母親に、リンは安心した。
眺めの良いカフェは人が少なく、静かな音楽が流れていた。そして母親とリンは明るい窓際の席に座った。
二人はアップルパイと紅茶を注文して、ワクワクしながら待っていた。そして母親がゆっくりと話し始めた。
「リンは赤ちゃんの時から、他の子とは違っていたのよ。全てをわかっているような目をしていたし、テレパシーのような感じで考えていることがわかったの。だから子育てで悩む事がほとんどなかった。」
「それは、お母さんがいつもポジティブだからじゃない?」
リンは笑いながら言った。
「それに生後間もない時から、何もない場所を見てニコニコ笑っていたし、声を出して楽しそうにしている事も多かったの。この子は私達には見えないものを見たり、聞いたりする事ができるとわかったの。神様が特別な子を私に授けてくださったと、真剣に思っていたのよ。」
母親は少し微笑んでから続けて言った。
「だから巫女のアルバイトをすると言った時や、大学で神学部に進んだ時は、やっぱり・・と思ったわ。」
「お待たせしました」
店員が大きくて美味しそうなアップルパイと、ポットに入った紅茶を運んできた。
二人はしばらくの間、アップルパイの美味しさに感動しながら無言で食べていた。リンは両親にも、神様が見えたり話ができる事を、話した事が無かった。なぜか天界のことは誰にも話すべきではないと感じていたのだった。
「リン・・、お母さんはリンを生んだ時に子宮の収縮が悪く出血が止まらなくて、死にかけたの。リンの産声を聞いてすぐに、意識が遠のいていった時は『死んでしまう・・』と思った。次の日、意識が戻って目が覚めた時、自分が生きていることに感動したの。生きているって、こんなに幸せな事なんだって、その時はじめてわかったわ。」
「そうだったんだ・・。」
リンは初めて聞く話に驚いた。
「だから、この年でも長生きできたなーと思っているの。死ぬことは怖くないし、今までいろんな事があったけど、どれもが大切な思い出よ。」
母親は笑みを浮かべた。そして、リンは母親が自分の命が長くない事をわかっていると確信した。
「お母さん・・」
リンは涙をこらえられなくなった。うつむいて泣いているリンを、母親は優しく見つめていた。
「今だから言える事だと思うけど、人生って全てが喜びだと思う。」
リンは母親のその言葉にハッとなり、顔を上げた。穏やかに微笑む母親の顔を見たリンは、鼻をすすりながら、涙をふいた。
「さあ、紅茶が冷めてしまうわ。」
母親はそう言うと、嬉しそうに、またアップルパイを食べ始めた。
病院の帰り道、リンはまっすぐ家に帰る気になれず、河川敷公園のベンチに座って、大きな川をずっとながめていた。
川の流れに沿って泳ぐように飛んでいたローランは、上空からリンの姿を見つけた。そして元気のない様子が気になり、リンのそばに舞い降りた。
「ローラン・・・」
ローランは今にも泣きだしそうな顔のリンを見て、少し驚いた。そして何も言わずそばにいて、同じように川の流れを見つめていた。
「お母さんがね・・」
リンが、うつむいて泣き始めた。
「・・ガンで、余命三ヶ月で・・」
涙があふれ出し、止まらなくなったリンは、話すことが出来なくなった。
ローランはどうしたらいいのかわからず、自分の尾の先を、そっとリンの背中に当てた。リンはローランの優しさが全身に広がり、心が落ち着いていった。
「・・ありがとう、ローラン。お父さんが帰ってくるまでに夜ご飯をつくらないと・・」
リンは涙をふきながら立ち上がった。そしてローランの背に優しくふれて、少しほほえんだ。




