誂えた箱庭 【リュシアン】
「……最近、と言いますと…………」
意図の読めない問いに、オーブリーは狼狽えた。
戸惑い気味にリュシアンを見る。
リュシアンとオーブリーは、血の盟約で結ばれた主従だが、その容姿は対になるような色合いだった。
白銀の髪を持ち、長髪のリュシアンに対し、漆黒の髪を撫で付けた、短髪のオーブリー。
男性的な魅力に満ちているオーブリーに対し、リュシアンはどこまでも性が曖昧になるような、中性的な危うさ、妖艶さを秘めていた。
それは人をいたずらに惑わせる、妖精によく似ている。
それは神々しい、と言い替えても良いだろう。
リュシアンは、不意にくちびるに薄い笑みを浮かべた。彼が席を立つと、がたん、と椅子が音を立てる。
「僕の婚約者は元気?」
「……私より、陛下の方がお詳しいのではないでしょうか」
「ばかだね。僕はお前に聞いているというのに」
リュシアンは、先程の外交問題よりも今の事柄の方がよっぽど興味があると言わんばかりに楽しそうに言った。
分からない。やはり、この人が何を考えているのか分からない。
「……ウブルク公爵令嬢は、先日夜会でちらと拝見しましたが……恙無く過ごされているようで」
どうにも、リュシアンの意図が読めないオーブリーは言葉を選ぶ他ない。
たどたどしく答えると、途端リュシアンはつまらなそうな顔になった。
「そんなつまらない回答は求めてないよ。僕が聞きたいのはね。……ミレーゼは、どうにもお前に気があるようだけど、抱いてやった?それが聞きたいんだよ」
「な──」
あからさまな言葉にオーブリーは息を呑む。
ウブルクの次女が、自分に気がある?
そんなわけはなかった。
オーブリーは、自身を鈍感だとは思っていない。人並みに、いやデスピア侯爵家に生まれ、リュシアンとの血の盟約を交わすものとして、人よりも敏感な方だと自負している。
色恋沙汰関連は、特に。
要らない火種を安易に燻らせるわけにはいかないからだ。絶句する彼に、リュシアンが薄く笑った。
それが、どうにも気味が悪い。
「……ご冗談を。ウブルク公爵令嬢とは個人的にお話する機会すらありません」
「僕が場を整えてあげようか」
「何を……。陛下は何を考えておられるのですか?」
尋ねると、リュシアンは窓の外に視線を投げた。
それからすい、とオーブリーを見る。
「……前はね、見ているだけでも良かったんだよ」
「……は?」
つられてオーブリーも窓に視線を向けた。
ピュゥ、とか細い声で鳴いた鳥が、天高く飛んでいくのが見えた。
リュシアンはあれを見ていたのか。
ますます、オーブリーにはよく分からない。
「だけどそのうち……撃ち落としたくなった」
「……物騒なことを仰いますね」
リュシアンが見ていたのは、冬鳥だ。
半年をかけて、海を渡る生き物。
リュシアンに狩猟の趣味はなく、自然を愛するエルフの血が濃いためか、いたずらに生き物の命を奪う嗜好もなかったはずだ。
オーブリーは内心首を傾げた。
リュシアンは、オーブリーの言葉に返すことはなく、淡々と自身の感情を吐露した。
机の上を指先で撫でると、椅子に戻る。
がた、と椅子を引いて、彼は腰を下ろした。
「でも、撃ち落としてしまえばそれでおしまいだ。僕は終わりを楽しみたいのではない」
「…………」
「だから、羽をもぐことから始めた。人はこれを、悪趣味だと言うんだろうね」
「……よく分かりませんが。陛下に趣味ができたのでしたら手配します。ご指示を」
ただただ、王に忠実な臣下はそう答えた。
オーブリーの言葉を、あっさりリュシアンは跳ねのけた。
「要らない。僕が勝手に作り上げるだけだ」
リュシアンは、羽根ペンを手に取ると先程まで読み込んでいた書面にさらさらと署名を書き付けていく。流れるような達筆は、彼の性格をよく表しているような気がした。
「……僕だけの、箱庭をね」
小さく呟かれたそれは、オーブリーの耳には入らない。
誰もが彼の心の内を理解できない。
理解しない。
それは、彼がエルフの王だから。
ティファーニの王は、神秘の王。
人間の血が濃い他人には、理解できないのだろうと、最初から臣下たちは理解することを諦めている。
【エルフの王なのだ】。
だから、理解できないのが当然だ、と思い込んでいる。
どちらにせよ、ティファーニの王が成すことは、決定事項だ。
神の采配を覆すその意思こそがおかしいと感じるように、ティファーニでは、誰もがリュシアンに意見することは無い。
王の決定は、考えるものでは無い。
思考するのではなく、流れるままにそれを受け止めるのが、ティファーニの在り方なのだから。