表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛されない妃ですので。  作者: ごろごろみかん。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/50

私たちの正解

聖暦1948年12月23日。

国王の結婚式が執り行われた。

厳かな結婚式を終えた後は、披露宴が三日三晩行われる。

国内外から多くの参加者が訪れ、目が回るほどの忙しさだった。

エルフの王の結婚式は、その寿命の長さから三百年に一度しか見ることが適わない。

三百年に一度の祝祭を目に焼き付けようと国民も城下に集い、あちこちでお祭り騒ぎだ。辺境のちいさな村であっても、王の結婚式ばかりは祭りにするという。

パーティの参加者も、常の比ではない。

次から次に挨拶に来る招待客にいい加減目が回りそうだ。

既に初日の披露宴でかなり疲れていたが、しかしティファーニの王妃となった以上、そんなことも言っていられない。


(以前もこんなに凄かった……かしら)


ミレーゼであった時も、結婚式は上げたし、三日三晩の披露宴も同様に行った。だけど、こんなに疲れたものだっただろうか?

いまいち、思い出せない。フェリスとして生きた十七年と、ミレーゼの人生で結婚式を挙げてから死ぬまでの八年。合計、二十五年。

記憶が薄れてきているのだろうか。


(あと一日……乗り越えれば通常通りに戻るはず)


それだけを励みに、私は笑みを貼り付けて披露宴を乗りきった。

そして三日目の夜。

私はヘロヘロになりながら国王夫妻の寝室に案内された。

そのまま、ベッドに横になる。

ぼんやりと思うのは、やはり一度目の結婚の時のことだ。

以前は極度の緊張で、ベッドに横になって彼を待つことなんて出来なかった。

しかも、顔を合わせた直後。


私はその時のことを思い出して、笑みを浮かべた。まさか、あの時のことを思い出して笑みを浮かべる日がくるとは思わなかった。

全身が泥のように疲れているが、眠気は訪れなかった。手の甲を目元に押し当てる。


『僕に愛されてる、と思った?』


初夜で、彼は私を乱暴に押し倒すと、そう笑った。残酷なまでに美しく、冷酷なまでに端然とした笑みを浮かべて。


『──残念、僕はきみを愛していない。愛されていると思ってるなら、間違いだね』


ずいぶんな物言いだと思う。

思い出すと、悲しみより不快感を覚えた。

ぼんやりと過去のことを思い返していると、扉が控えめにノックされた。

ちら、と見ると、現れたのは白い人間だった。

リュシアン陛下だ。彼は私を見ると、なぜかホッとした様子を見せた。

もしかして、私が逃げるとでも思ったのだろうか。

私は、無礼にも寝転んだまま彼を見た。

リュシアン陛下は、私に近づくと、私の頬に手を伸ばした。ほんの僅かに体を固くさせたが、彼の指先はそのまま上をめざし、私の目元に触れた。


「……今日は、寝る?」


問いかけられた言葉に、しばらく理解が追いつかなかった。瞬きを繰り返していると、私の隣に彼が腰かける。


「目の下にくまが出来てる。……疲れてるんじゃない?」


私も、同じように体を起こした。

彼の隣に座り、彼の顔を覗き込んだ。


「初夜は拒否すると、そう言いたいのですか?」


「えっ?いや、そういう意味じゃなくて」


狼狽えたように、彼は言い淀んだ。

私は、あからさまに動揺した様子の彼をじっと見つめて、彼の真っ白なシャツを掴み、引き倒した。驚いたように、彼が目を見開いた。長い白銀のまつ毛が跳ね上がる。

それは一瞬のことで、私はリュシアン陛下の上に馬乗りになった。


「あなたは、私を愛していないのですよね?」


「……フェリス」


ぐっと顔を近づけて、額を合わせる。

至近距離で見た彼の瞳は冬の湖の底のようで、どこまでも澄んでいた。

エルフ族は美形が多い、と純人間の間で噂されるその内容は、真実だ。

何より、エルフの頂点に立つ彼は、生き物とは思えないほど美しい。長いまつ毛も、性別すらあやふやになってしまいそうな繊細な顔立ちも。それでいて、今の彼はどこか気まずそうな、後ろめたそうに視線を逸らしている。

その様子はあまりに人間臭く、彼が生きていることを私に伝えてくる。生身の人間である、と。

彼からは、白檀の香りがする。

それに気がついたのは、自然と共に在るエルフらしく、彼が使用するのは白檀の香水だ。


「あなたは、私を愛さない」


愛さないで欲しい、と言う思いは彼に伝わっだろうか。リュシアン陛下は、瞳を細めて私を見つめた。胸ぐらを掴んだまま、私は彼を見つめ返す。

今にも口付けてしまいそうな至近距離で、私は彼に言った。


「私もまた……あなたを愛しません」


「……きみが、そばにいてくれるなら、それでいい」


彼の答えは、どこかズレていて、私たちの会話はなにか噛み合っていない。それでも、彼が頷いたことに私はほっとした。


愛されない妃のままで、いい。

愛されない妃だから、いい。


愛など、ない方が。

それよりずっと重い言葉を私は知っている。


こんな感情が、愛、のはずがない。

こんな感情が、愛、などであってほしくない。


私は、そっと、彼のくちびるに自分のそれを重ねた。

重い、重い、感情を知ってしまった。


憎しみも、悲しみも、苦しみも。

愛しさも、切なさも、嬉しさも。


全ての感情が綯い交ぜになっている。

全ての感情を含んだこの気持ちを何と称するのか、私には分からない。

だけどひとつ分かっていることは、私はリュシアン陛下のそばにいるし、彼もまた、私のそばにいる。

ただ、それだけだ。それだけでいい。

結局、感情や関係よりも、こうしてそばにいることが、何よりの答えなのだ。


押し倒した彼に、今度は私が押し倒される。

シーツに背をつけて、天井を見るこの景色は、初めて見るものだ。彼の長い銀の髪がさらさらと落ちてくる。頬をくすぐり、胸元に擦れる。

くすぐったくて笑みを零すと、彼が切なそうに瞳を細めた。

また、口付けを交わす、互いを求めて。

私と彼は、きっと似たもの同士だ。

互いが互いに、執着している。

歪んでいるし、きっと私たちは間違えてもいるのだろう。

間違えているけれど、私たちはこれでいい。

そう、思った。


私は、彼の腕を掴んだ。


「……ミレーゼ?」


彼が、過去の私の名を呼ぶ。

私は、まつ毛を伏せて、視界を閉ざしながら彼に言った。

言ってしまった。


「愛している、と言ってみてください。昔の、私の名を呼んで」


熱に浮かされて、翻弄されて、そんなことを口走ってしまった。彼が、困惑した気配を感じた。それでも言葉を撤回する気は無い。

私は、彼のその言葉を聞いてどう思うのだろう。ミレーゼであった時に聞いていたら、きっと涙を流して喜んでいた。

では、今は?


「……僕には、きみしかいない」


「そうではなく」


「聞いて。フェリス」


彼は、今の私の名を呼んだ。

私を宥めようとしているのか、額に、頬に、鼻に、口付けを受けた。


「……好きだよ。……愛してる。きみのことを。フェリスでも、ミレーゼでも、どちらでも構わないんだ」


「……ミレーゼと呼んで、と言ったのに」


私は、彼に答えられなかった。

代わりに、目を開ければ、なんだか情けないリュシアン陛下の表情が目に入った。ふ、と笑みがこぼれた。そのまま彼の首の後ろに手を伸ばして、彼を引き寄せた。

鼻の頭に口付けて、くちびるを合わせる。

口付けに、何の意味があるのだろう。口付けは、行為には関係がない。しなくても、構わないはずだった。舌を絡めて、深くくちびるを合わせた。


「私は、何年生きるのですか?ミレーゼの時と同じ?」


深い口付けの余韻で、声が掠れた。

至近距離で、目が合う。彼の瞳は──嫌いじゃない。どこまでも澄んだ、冬の湖面のような、そんな色の瞳。見ていて寒々しいのに、澄んだ空気のようなものを感じる。

彼が、ゆっくりと口を開いた。薄いくちびるは、私と何度も口付けを交わしたために濡れていた。


「きみはどうしたい?」


「……あなたと、同じ時を生きたいです」


正直に答えた。リュシアン陛下と同じ時を生きる、ということはつまり三百年の時を生きるということだ。


私は、彼のそばにいるべきだ、と思った。

私と彼は、共にいなければならない。


私の言葉に、彼が笑った。

氷が溶けるような、雪解けのような。あるいは、冬の終わりを告げるような、そんな優しい笑みだった。


どちらともなく、口付けを交わす。

私はまつ毛を伏せて彼の口付けを受けていたが、ふと思い立って彼を見た。

彼は、私と目が合うと僅かに首を傾げた。さらりと、銀の髪が揺れる。

私は、彼の髪に手を差し込んだ。滑らかな感触だ。


「僕の……私の生涯をかけて、きみを愛するから」


彼が、宣言するように言った。

愛してる、と言って欲しくないのに。

私は笑って彼に言う。


「愛されない妃ですので、そういうのは結構です」


「押し付けがましい?」


「はい」


また笑って答えると、彼が困ったように笑みを浮かべた。私たちは、何をしているのだろう。

初夜のベッドで、こんな会話を繰り広げている。


口付けを解くと、彼が熱の篭った息を吐いた。

彼の目尻はほのかに赤く染まっている。抱き合った体は熱を持っていた。いつも、ひんやりとしているのに。

そんなことを考えながら、私は目を閉じた。


「……ふたりの時だけなら」


「ん……?」


「ミレーゼ、と呼んでも構いません」


「……いいの?」


「ええ。……良いんです」


過去を清算することはできないし、なかったことにもできない。過去があるから、今がある。

それを理解しているから、だから。


「ミレーゼであったことも……今、私がフェリスであることも、事実ですから」


どちらも捨てずに、受け入れて生きていくしかたないのだろう。

あれだけ感じていた苦しみや辛さは、もうなかった。私はふたたび目を閉じる。

ミレーゼであった時に感じたこと。

フェリスになってから、決意したこと。


過去、ミレーゼであった時に。

一度でも、愛しています、と彼に告げていたなら──。


今更、考えても仕方ない、甘い夢想にゆっくりと沈んでいく。

あと十年、百年、二百年が経ったら。

いつかまた、その言葉を口にできるだろうか。言いたい、と思うだろうか。

分からないけど、今はまだ、このままで。









【愛されない妃ですので。 完】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 面白く読ませて頂きました。 あまりにミレーゼちゃんが可哀想ではありましたが。 ヤンデレの1種でしょうか。 エルフという人間ではないものの神秘性を書こうとし過ぎて 話が回りくどくなってしまっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ