過去を辿る 【リュシアン】
アークはエルフに良い感情を抱いていないだろう。
そして今も、やはりエルフの思考は理解不能だと思っているのだろう。リュシアンが短剣を差し出すと、アークはあからさまに嫌悪を滲ませた。
「結構です。あと、陛下が何を仰せなのか私には分かりません」
「きみなら、僕を切り刻む権利がある、という話だよ」
アークに断られたリュシアンはあっさりと短剣を霧散させた。
「……きみたちの幸福を願えない人間ですまない」
「エルフの王が……謝罪を口にするなど、思ってもみませんでした」
「そうだね。僕もひとに謝罪する機会があるとは思ってもみなかった。……フェリスがいなければ、きっと一生口にすることがなかった」
その言葉は、存外重く響いた。
それは、アークにとっても同じなのだろう。
リュシアンは、少し考えながら言葉を選んだ。思えば、ひとと話す時言葉を選ぶなど初めてのことだった。
「僕は……フェリスが、彼女がそばにいると、ほんの少しだけ、人間らしくなれる気がする。擬態……と言った方が、正しいのかもしれないけどね。少なくとも、きみにとって、未知の怪物にはならずに済むような……そんな気がしているんだ」
その言葉は、愛だの恋だの、とそう言った言葉よりずっと説得力があった。
正直、リュシアンはフェリスの言うことがよく分からない。なぜなら、リュシアンの言動も行動も、ティファーニにおいては何らおかしなものでは無いからだ。
おかしいのは、変わっているのは彼女の方。
それはティファーニの国民の誰に聞いても、そう答えが返ってくることだろう。それでも、リュシアンはフェリスの言葉の意味を知りたい、と思っていた。
孤独な王だと彼女は言った。
その言葉に、リュシアンは頬を打たれたような気持ちになった。
孤独だと、思ったことは無い。
王は、常に独りで孤高の存在でなければならない。エルフの王が、馴れ合うなど許されないし、何より周囲がそれを認めないだろう。
だからこそ、【孤独である】という考えそのものが思い浮かばなかった。
独善的で、他者を顧みない自己中心的な性格は、エルフの王であるなら当然のものだ。
逆に言えば、そうでなければエルフの王とは言えないだろう。
リュシアンは、自身の性格が【エルフらしい】と誰よりも自覚している。エルフの王なのだから、当然だ。
人間を重んじて、彼らを尊重するために歩み寄りたいなど、欠片も思っていない。
それなのに、なぜ【人間らしさ】というものを迎合するのか。
自身の本来持つ人間性とはかけ離れた行動を取るか、と聞かれたらそれはひとつしかなかった。
彼女を手離したくないから。
まつ毛を伏せて考え込んでいるリュシアンに、アークが言った。
「……私は、たしかに彼女を必要としていました」
冷たくも、静かな声にリュシアンは顔を上げた。
アークは、視線を彷徨わせ、記憶を辿るように話している。
「ですが──結局のところ、何もかもを捨ててまで望んではいなかったんだと思います」
彼は、続けて言った。
リュシアンを退けても、フェリスの言葉を遮ってでも、欲しいと望まなかった。
それが全てだ、と。
全てを擲ってまで望まなかった。
望めなかった。
アークは拠り所を求めていたのであって、それはフェリスでなくても良かったのかもしれない。
リュシアンとの微かな違いは、決定的なものだった。
アークはふと、笑みを浮かべた。
儀礼的なものではなく、自然に浮かんだ表情だった。
「……何となく、理解したような気がします。今後は、第二の私を生み出さないよう、しっかり彼女の手を掴んでいてください。彼女の兄としての、願いです」
「肝に銘じておくよ」
その夜を経て、ある日フェリスの方から彼に会いたいと連絡があった。
手紙には、アークがティファーニを出ることになった、との報告もあった。おおかた、彼の話だろう、とあたりをつける。
そして、それは当たっていた。
即位したばかりの若き王はやることが多い。
執務など放っておいても他の人間が勝手に処理するが、最終的な判断を下すのは王だ。
純人間が成す国であれば、仕事を放棄する王に見切りをつけて下克上を企てる連中もいるのだろう。
しかし、ここはどこまでいっても【ティファーニ】なのだ。
骨を折って、多大な労力を要して用立てた内容であったも、エルフの王が一言気に入らないと命じれば、彼らは何の疑問も抱かずにそれを取り下げる。
悔しいとか、腹が立つとか、そんな感情はそもそも王相手に抱かないのだ。
仕事の合間を縫って時間を作り、フェリスを王城の薔薇園に案内しようとすれば、彼女は首を横に振った。
「陛下の私室に連れていってくださいますか」
彼女の言葉は、リュシアンにとって【絶対】だ。
血の盟約が成された以上、彼女か、リュシアンか。そのどちらかが死なない限りこの盟約は生き続ける。
私室に入ると、彼女がすぐに本題を切り出した。
「アークに余計なことを吹き込みましたか?」
ティーセットの準備もままならないうちに切り出した彼女を、ほんの僅かに意外に思う。
リュシアンがソファに腰掛けると、彼女は彼の前に座った。
「余計なことって?」
「彼は、あなたが私を愛していると、そう言いました。冗談ですよね?」
フェリスは、愛を信じていない。
そうさせたのは、他でもないリュシアンだ。
それを理解している以上、不用意に認めるわけにはいかなかった。
いい加減、これが愛なのか恋なのかぐるぐる考えるのは馬鹿らしくなった。
どちらにせよ、リュシアンは深く彼女に執着している。
それが、何よりの答えだ。
それなのに、リュシアンは尋ねてしまった。
彼女にとって禁句のそれを。
「愛している、と言ったら?」
「軽蔑します」
「僕を?」
「あなた以外誰がいるのですか?」
フェリスの眼差しは、きつく、強い。
そこにどんな感情が乗せられているのか、リュシアンには分からなかった。
「……節操がないんですね」
「きみに向けるものと、他に向けるものでは種類が違う」
「それがあなたが女性を口説く時の常套文句ですか?」
「きみ以外は、こんなことを口にしなくとも言うことを聞いた」
暗にミチュアやロザリアの存在を示唆すると、あからさまにフェリスの瞳に嫌悪が滲んだ。
「私、あなたのそういうところが心底嫌いです」




