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愛されない妃ですので。  作者: ごろごろみかん。


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強制力


ひとしきり泣くと、さすがに冷静になった。

自分でもぐちゃぐちゃで纏まっていなかった感情が、正しく整理された。

私は、アークに過去の自分を重ねていた。

いや、あるいは助けられなかったミレーゼの代わりに、彼を救いたいとすら思っていたのかもしれない。それはあまりにもおこがましくて、押し付けがましい感情だ。

私はそろりとリュシアン陛下の胸元から顔を上げた。彼の白い服は私の涙で濡れ、色を変えている。


「……落ち着いた?」


彼に問われ、私は頷いた。

彼に手を取られる。

もう、振り払う気はなかった。


「ホールまで送るよ」


「……リュシアン陛下」


私は、彼に手を取られながら扉へ向かう。

激しい く泣いたために、化粧は禿げてしまっているだろう。みっともない顔を隠すように俯いた。彼が、私に視線を向けるのがわかった。


「私たちの婚約に……私たちの関係に、愛はありませんよね?」


ほんの一瞬、私の手を掴む彼の手に力が入ったように感じた。だけどそれは勘違いだったかのように、すぐ緩められる。


「……そう、だね」


妙に歯切れの悪い言葉だ。

顔を上げると、彼はまっすぐ前を向いていた。


「愛なんてない、ね。互いに」


「私はあなたを愛しませんし、あなたも私を愛さない。……それでも、契約がある以上私たちの関係は絶対、ですね」


半ば独り言のように呟いた。

それは、婚約、婚姻、という関係よりも絶対的なもので、確かなもののように思えた。

愛、なんて目に見えない不確かなものよりもずっと、正確で信じられるもの。


応接室を出て、回廊を歩くと視界の端に薔薇園が見えた。私たちの間に会話はなかった。

静かに歩いいていると、ようやく玄関ホールが目に入る。

彼は馬車留めまで見送ってくれるようだった。エルフの王たるひとにそこまでされるのは体裁が悪かったが、彼のすることは絶対だ。

精々、恐縮し感謝するふりでもしていよう──と思ったところで。

名を呼ばれた。


「フェリス」


陛下よりも低く、落ち着いた声。

視線を向ければ、そこにいたのはアークだった。どうやら、まだ王城に残っていたようだ。

彼は私を見て、それからリュシアン陛下に視線を向けた。一瞬、その瞳に鋭さが宿る。

エルフを心底憎むアークだ。

公の場で非礼を働かないかと冷や冷やするが、さすがに彼も理解しているようだった。

アークは口を噤むとその場に跪いた。

背景と変わらない城内の近衛騎士は別として、基本、王族の許しなく顔を上げることは許されていない。許可なく拝顔することは、不敬に値するからだ。

私は、リュシアン陛下の婚約者という立場ゆえに許されているだけだ。


「顔を」


短く陛下が許可をだす。

アークはゆっくりと顔を上げた。

曇天に燃える火のような炎を宿した瞳は静かで、何を考えているのか全くわからない。


「立ちなさい」


リュシアン陛下が続けて命じる。

私も、アークもその言葉に僅かに動揺した。

しかし、やはりエルフの王の言葉は絶対。

ほかの人間の目もある以上断るわけにもいかない。アークは無言で立ち上がった。

ふたりの身長はあまり変わらなかったが、リュシアン陛下の方が幾ばくか高いようだった。

私は内心、気が気ではなかった。

どこか幻のような、現実味のない容姿の陛下と、闇を感じさせる容姿のアーク。

リュシアン陛下はじっとアークを見つめていた。


「……きみが、シェリンソンの養子?」


「……は」


短くアークが答える。

リュシアン陛下は何のつもりなのだろう。

何をする気なのだろう。

アークはリュシアン陛下をまっすぐ見つめ返している。それを、リュシアン陛下はつまらなそうに見返していたが──やがて、なにかに気がついたようにほんのわずかに、目を見開いた。

それは一瞬で、些細な変化だった。

だけど、長い時間を共にしているためか。

私はその変化に気がついた。

アークは僅かに眉を寄せる。

怪訝に思っているのが分かる仕草だった。


「アーク・シェリンソン。シェリンソン家は、次の代も養子を迎えるといい」


「は……?」


(な……!?)


動揺を呑んでリュシアン陛下を見る。

彼は淡々としており、いつもの無表情だ。

その心の内は伺えない。

ちらり、と彼の瞳が私を見る。

そして、僅かにくちびるの端を持ち上げた。


「フェリスをよろしくね」


「──はい」


はくはくと、口を開閉してなにか言おうとしていたアークは──是、と返した。

リュシアン陛下は心做しか笑ったように見えた。

人前で、このひとは全く表情を崩さない。

自身の発した言葉は紛れもない命令だと知っているからか、それ以外の感情を決して見せないのだ。ひとをそれは、堂々としている、と評するのかもしれない。

だけどその姿こそがまさに人形のようだと、思っている人間はいるのではないだろうか。


「フェリス」


「……はい」


彼に呼びかけられて、私はリュシアン陛下を見る。彼の指が、私のくちびるをなぞった。

なにかの意味を孕むように。


「……忘れないでね」


くちびるを撫でられて思い出すのは、血の盟約だ。だけど、この状況では、ほかのひとには口付けを意味しているようにしか見えないだろう。

彼とは、確かにキスをしたけれど。だけとどあれは、恋人のような甘さとはかけ離れた行為だった。

くちびるを触れる彼の指はあまりに艶っぽい。

ふと、私は思った。

私は、彼とどんな夜を過ごすのだろうか、と。

リュシアン陛下はそれだけ言うと、戴冠式の後処理が残っているのだろう。

若き国王は忙しいのだろう。

そのまま踵を返した。

途端、重たい空気が霧散する。

人知れず緊張していたのかもしれない。私は短く息を吐いた。


「……フェリス」


アークに呼びかけられて、私はちいさく頷いた。

両親は既に邸宅に戻っているようで、私とアークのふたりで馬車に乗り込んだ。

ふたりきりになって、ようやく彼が口を開く。


「……陛下は、どんなひと?」


私は目を瞬いた。

まさか、アークがリュシアン陛下に興味を抱くとは思わなかったから。

私は返答に少し悩んだ。

どんなひと、と聞かれても一言では答えられない。悩みに悩んで、ようやく回答を用意することが出来た。


「エルフらしいひと……かしら」


「そう……」


ぽつりと言ったきり、アークは黙り込んだ。

何かを、考えているようだった。




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