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愛されない妃ですので。  作者: ごろごろみかん。


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愛はないけれど

「それ、は」


「僕は、人間に騙され、エルフに売られた。誰も信用していない。全員、死ねばいいと思っている。……でも、お前のそばはほんの少し……ほんの少しだけ、息がしやすい。それだけだよ」


「っ……」


「だから、お前の提案には乗らない。……色々考えてくれて、ありがとう」


彼は、お礼を言った。

それで、その話はおしまいになった。


──とはいえ、アークがティファーニに残るなら。


彼が、シェリンソンの跡取りである以上、婚約者は必ず必要だ。そこは、避けて通れない。





聖歴1246年12月23日。

リュシアン殿下の即位式が執り行われた。

それと同時に、私──フェリス・シェリンソンとの婚約もまた、発表された。


戴冠式を終えた後、私は彼と約束をしていた。

案内された応接室でぼんやりリュシアン殿下のことを考える。

ミレーゼであった時と、今の私。

何が違うだろう。

何を、変えられただろう。

ソファに座って、物思いにふける。


その時、扉が控えめにノックされた。

入ってきたのは、リュシアン殿下……いや、もう陛下、か。

彼は、既に頭に戴いた王冠を外していた。白いファーのついた緋色のマントを肩にかけた彼は、紛れもなく記憶にある彼の通りだった。


「待たせてしまった?」


「考え事をしていました」


正直に、答えた。

もしまた、リュシアン陛下がほかの女性を娶ったなら。私は、どう動くだろうか。

少し考えて、目を閉じる。

きっと、ティファーニから逃れるだろう。

もうあの騒ぎに巻き込まれるのはさんざんだ。

あるいは、リュシアン陛下に渡された短剣で彼を刺し殺すかもしれない。

どちらにせよ、もう受け身で、流されるままではいない。いられない、と思った。

ふたたび目を開けたと同時、重心が隣にぶれる。彼が、横に座ったようだった。距離が近い。


「……何ですか?」


「何を考えているの?」


彼は、以前からは考えられないほどよく話すようになった。素直、というのだろうか。

少なくとも、言葉遊びのようなセリフを口にすることはなくなった。

もっとも、そんな上辺だけの言葉を口にするようものなら、胸元を揺さぶっていい加減にしろと言うつもりだが。


「アークのことを」


「またあの男か……」


リュシアン陛下がうんざりしたような、疲労したような息を吐いた。私はそれを無視して、彼に尋ねる。


「彼の、婚約者について」


「決まったの?」


「まだ。探している最中です」


エルフを心底嫌うアークが、エルフを愛することは出来るのだろうか。

ふと、彼がそっと手を伸ばした。その手が私の頬に触れそうになって、咄嗟にその手を弾き落とした。


「……何です?」


「髪が、解れてる」


私に乱暴に手を叩き落とされたにも関わらず、彼は抗議することはなかった。

私は、頬に触れて、乱れた髪を耳にかける。


「私、あなたのことをあまり信じていません」


「……うん」


「だから、あなたに渡された短剣を未だに手放せない」


私が顔を上げると、彼は妙に落ち着いた、穏やかな瞳で私を見ていた。

その様子に、また胸がムカムカする。

ここ最近、ずっとこうだ。居心地が悪い、というか。私ひとりがひたすらじたばたしているような、空回りしているような、そんな気分になる。

リュシアン陛下は、「じゃあ」と口にした。

くるりと彼の指が宙になかを描く。

瞬間、ふわりと何か──魔法陣のようなものが浮かび上がった。

リュシアン陛下があまりにも乱用するので、すっかり見慣れてしまった。エルフの祝福。


「なにか契約で縛ろうか。ミレ……フェリスは知ってる?血の盟約」


「……デスピアの家と結んでいるという?」


「そう。あれとは、(しゅ)は僕、(じゅう)はあいつ、という関係を結んでいる。これは、重複して結ぶことは出来ない」


血の盟約、名は知っていたが実際に存在するものとは思わなかった。

つくづく、思う。

ティファーニは、エルフの王が全て。

常識など存在しない。もっと言うなら、エルフの王こそが、常識でルールなのだ。


「だから僕は、もうひとつ主従の盟約を結べる」


「……は?」


「フェリスが、僕の主になり、僕はきみに従う。これは、決して覆すことのできない、絶対的な力を持つ盟約だ。例えエルフの王であっても、変えることはできない」


彼は、手のひらサイズの小さなナイフを取り出した。例に漏れなく、それも豪奢な飾りが付いている。

彼は、自身の手首を軽く切った。赤い血がゆっくりと流れ、垂れてゆく。


「フェリスも手を出して」


「……私と、主従の盟約を?」


「そう。そしたら、きみは多少は僕のことを信用出来る?」


血の盟約で縛る関係。

縛られるのは、私か、彼か。

どちらか分からなかったけど、私は口端を持ち上げた。決して愉快な気持ちではないのに、笑ってしまう。


「そう……。エルフの王が、従う血の盟約……」


いくらでも悪用できる代物だ。

エルフの祝福さえあれば、世界すら手に入れることが出来るのだから。

それをあっさり差し出した彼は、確かに国をも差し出して私を傍に置いておきたいのだろう。

彼が、私に固執するのは私だけが彼にとって【人形】ではないから。

私だけが、彼にとって未知なのだろう。

唯唯諾諾と従う人間ではない。ただ、それだけ。


私は、リュシアン陛下からナイフを受け取った。

彼がじっと私を見つめる。

契約が結ばれれば、きっともう逃れることは出来ない。

リュシアン陛下から、ティファーニから。

私は今一度、落ち着いて自身の感情を探った。

もう嫌だ、と思った。他人に振り回されるだけの人生は。

愛されない妃でいるのも、お飾りの妃だと揶揄されるのも、いい加減うんざりだった。

愛はとうに尽きて、残ったのは怒りだった。

愛の残滓はとっくに灰塵となっていて、手繰り寄せてもそれがふたたび熱を持つことは無い。

以前のような感情は、どうあっても芽生えることはないだろう。

それでいいだろうか。

それでも、私はリュシアン陛下といたいのだろうか。いれるのだろうか。


目を、開ける。

どうしたことだろう。


隣に座る彼の瞳が、不安か、恐れか。

風が吹いた湖面のごとく、揺れている。


馬鹿みたいだ。私も、彼も。


愛なんて、曖昧で形のないものに振り回されたから、私は疲弊した。


「……ミレーゼ」


「あなたは、私をフェリスにしたかったのではないの」


「……そうだね」


彼は、少し考えて頷いた。

まつ毛を伏せて、落ち込んだように瞳を揺らす彼は、まるでエルフには見えない。

純人間とエルフ、何が違うというのだろう。

私は、ナイフを持つ彼の手首を掴んでソファの座面に押し付けた。驚いたようにまつ毛をはね上げた彼の瞳が、よく見える。

私は、がり、と自身のくちびるを噛みきった。

血の味がする。

そのまま、彼の手首を押し付ける手とは反対の手で、私は彼の胸ぐらを引き寄せた。

いささか乱暴な仕草ではあったが、彼は逆らわずに私にされるがままだった。

そのまま、強引にくちびるを触れさせた。


二度目の人生のファーストキスは、甘さの欠けらも無い。苦い鉄の味がした。

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