共に沈む
アークにその話をすると、彼は怒った。
当然だ。自分のことなのに、勝手に決めつけられたのだから。
それでも、私は彼に選択を迫った。
「お義兄様は……いえ。アークは、この国には向いていない。それは、あなたも分かっているはずよ」
彼をお茶に招いて、アフターヌーンティーと洒落こんでいた途中、私は本題に触れた。アークは甘いものが嫌いだ。それなのにアフターヌーンティーに誘われたことに、彼は疑問を抱いていたようだった。
私の話──ティファーニを出て、純人間国で過ごすか、という提案に、彼は静かな怒りを見せた。
「ふざけるなよ」
第一声は、それだった。
そうだろう、と思った。
私は、時間が経過して温くなったハーブティーでくちびるを湿らせる。
アークは、手をきつく握っていた。ティーセットを、今にも引き倒してしまいそうだと思ったけど、彼は懸命に感情を押えているようだ。
「ごめんなさい。……でも、あなたも懸念していたわよね」
私は、ひとつの推測を立てていた。
それは、アークの心中について。
彼は、自ら命を絶つようなひとではない。
それも、ティファーニに住む貴族の子息なのだ。ふつうなら絶対に選ばない手段。
であれば、そうせざるを得ない状況に追い込まれた、ということ──。
彼は、言っていたではないか。
『僕が純人間だと知れば手のひらを返す』
彼は、自身が純人間であることをコンプレックスに思っている。
そして、同じくらい、それを他者に知られることを恐れている。
アークを気に入った様子のメロディ様と、そんな彼女を拒絶していたアーク。
彼らの関係は、きっと前回でもそう変わらなかったのではないだろうか。
私という新要素が新たに増えたのだとしても、それが彼らの関係に深く影響を及ぼすとは、考えにくい。
アークに執心するメロディ様。
彼女を嫌がるアーク。
そのふたりがなぜ、婚約関係を結び、結婚したか──。
いくらエバンス伯爵家と縁を持ちたいと思っても、あのお父様が嫌がるアークに無理に婚約を迫るだろうか。お父様は、養子のアークにも良くしていると思う。
そこに、私というアークに対する感情に差はないように思えた。
だとすれば──考えられる理由はひとつだけ。
メロディ様との婚約を辞退できない状況に、追い込まれたのだとしたら。
そう、例えば。
(アークが、純人間であることを知られた……とか)
弱みを握られたのであれば、彼が無下にできない理由にもなる。
メロディ様に無理に婚約関係、そして婚姻関係を持たされたアークは、追い詰められて──結果、自死を選んだ。メロディ様をも巻き込んで。もしかしたらそれ、彼なりの復讐なのかもしれなかった。
想像でしかない。
だけど、もしそうであるのなら。
彼は、どれほど追い込まれたのだろうか。どれほど、苦しんだのだろうか。
同じ時を生きて、面識もあったというのに。
私は、ミレーゼであった時の彼を全く覚えていない。
うっすらと覚えているのは、無感情の彼の様子。
今のアークからは想像も出来ない、無表情ぶりだった。
だから私は、彼に興味を抱くこともなかった。
彼は、ほかの人間と、ほかのエルフと同じような顔をしていた。
以前、いつから彼は今のようなぎらぎらとした瞳を失ったのかと、思ったことがあった。
だけど、もしかしたらメロディ様との無理な婚約が、婚姻が、彼のエルフに対する敵愾心を奪ったのだとしたら。
それに思い当たった瞬間、私は彼をティファーニから逃がすべきだと思った。
ほかのエルフなら、ほかの貴族なら、彼を良好な関係を築けるかもしれない、と思っていた。でも、私はきっと甘かったのだ。
彼が、純人間である、という最大の秘密を隠している以上、彼に安らぎはなく、知られたらそれは弱みに繋がる。
彼に穏やかな日々など、訪れない。
だから私は、彼に選択を委ねることにした。
私は、ぎりぎりと拳を握り、震える彼に声をかけた。
「あなたが……純人間であること。あなたの言う通り、エルフは血筋を尊ぶ種族よ。あなたの秘密は、あなたを追い詰めるかもしれない。だから、選んで欲しいの。このまま、ティファーニに残って……生活するか。それとも、ここから逃れるか」
「逃げて、どうする?生まれた国に返されたところで、今更どうやって生きていけばいい?」
「心配しないで。あなたが憂いなく生活できるよう、手を尽くすわ」
「どうしてお前はそこまでする?」
鋭い瞳で、睨むように見つめられた。
彼は、今も傷ついている。
エルフに捕まり、愛玩動物として売り物にされ、尊厳を奪われた。それを、今も恨んでいるし、憎んでいる。
だから、こうして警戒している。
それはまるで、傷ついた獣が毛をさかだてて威嚇しているようにも見えた。
痛々しい。
苦しい、助けて、と、そう叫んでいるようにも見える。
彼には、きっと必要だ。傷を癒してくれるひとが。ともに、立ち上がって前に進むひとが。
そして、それは私ではない。
エルフの私では、彼に寄り添うことは出来ない。
「……ただの、自己満足。私は、あなたに不幸になって欲しくない」
「はっ、お優しいエルフ様は、僕みたいな人間にも情けをかけるって?」
「教えて。あなたは、どうしたい?」
私はきっと、彼に過去の自分を重ね合わせている。ミレーゼであった時の自分を助けたくて、だからこんなことを口にしている。
優しさなんかではない。
どこまでも、自分のため。
こういうところは、やはり私はエルフなのだろう、と自分の種族を強く理解した。
「……僕は」
ぽつり、彼が言う。
握りしめて真っ白になった拳から力を抜いて、ぼんやりと宙を見上げた。
「……お前は、フェリスは、僕といる、とは言ってくれないんだな」
独り言のような言葉だった。
「……私のそばにいれば、あなたは必ずエルフと関わることになる」
「僕と逃げてはくれないんだ?」
──驚いた。
彼は、それを願っていたのだろうか。
私と、ともに逃げたい、と。
今度は、私が手を握る番だった。
「……私は、ティファーニを去れない」
私だけは、きっと逃げてはならない。
まつ毛を伏せる。私は、自由にはなれない。
いや、自由になることを選ばなかった。
だからこそ、アークには──逃れてほしい、と思ってしまった。
自分の希望を彼に擦り付けて、どこまでも私は。
「じゃあ、僕もいい」
「え……」
「きっと……僕は、フェリスのそばがいちばん、居心地がいい」
アークは、はっきりと答えた。




