本心の見えない会話
指定通り、昼食後、薔薇の東屋へと向かった。
王城の庭園、薔薇の花園はロイヤルガーデンと呼ばれ、側妃であっても許可なく立ち入ることは許されない。
許されているのは王と王妃の二人だけ。彼と二人で話したいと思っていたので、ちょうど良かった。
陛下とお茶をすることを言えば、侍女が妙に張り切って私を飾り立てた。
抱かれていない、お飾りの王妃の汚名を雪ぐ好機だと考えたのだろう。彼女たちの気遣いはありがたく思うが、しかし今更飾り立てられたところで意味などなかった。
編み上げた髪に薔薇の生け花を刺し、東屋に向かうとそこには既に彼が私を待っていた。
その手には、いくつかの書類があり、彼が仕事を持ち込んだことを知る。
彼──リュシアン陛下は私に気がつくと、瞳を細めて笑みを浮かべた。
「報告は受けてるよ。今朝のブレアンとレスィアの口論の件かな」
「……察しがよろしいのですね。仰る通りです」
ラウンドテーブルを挟み、彼の対面に座る。
リュシアン陛下は、確認していた書類をまとめると、彼の側近を手で読んで、それを回収させた。
それから、メイドがワゴンを押してやってくると、茶器が並べられる。
ふわりと仄かに甘い香りがする。
「きみが来るだろうなと思っていた」
「ロザリア様とミチュア様の口論は絶えません。……陛下は、どうお考えなのですか」
私と彼のティーカップに蒸らした茶が入れられる。立ち上る湯気と共に、甘みのあるハーブの香りがした。
今日はどんなブレンドをしたのか分からないが、この優しさを感じさせる甘い香りは好きだった。
お茶が入り、彼はじっと私を見つめた。
彼の瞳は苦手だ。
何を考えているか分からないから。
銀にほど近く、薄い雪のような色をしたその瞳は、あまりにも透明すぎる。
まるで、私の心の奥底まで見通してしまいそうなその瞳が、私は苦手だった。
だけどそらすことも出来ずに見つめていれば、彼がまた笑った。穏やかに、楽しそうに。
まるで、歓談でもしているかのように。
「どう?……どうって?」
「……ロザリア様と、ミチュア様。陛下は寵を与えられているのでしょう。……それが理由で、彼女たちは争っています。明確に序列を付けるか、あるいは彼女たちの不満が零れないようにされるか、なさってください」
「なぜ?」
「なぜって……」
端的に言葉を返した彼に、私は絶句する。
彼は、二名分のティーカップに手を伸ばすと、軽く手をかざした。
それだけで、湯気がたっていたカップの温度が冷える。
今のが、エルフの祝福だ。
現代では、陛下しか使うことが出来ない。
いや、前陛下も使えるが、何分彼はお年を召すぎている。寝所からなかなか出られないと聞いているので、数には数えない方がいいだろう。
祝福を安易に使いこなす彼は、私にまた笑いかけた。
「ほら、ちょうどいい温度だよ」
「……ありがとうございます」
「それで、ブレアンとレスィア?どちらもいい娘だよ。素直で、僕の言うことをよく聞いてくれる。僕は彼女たちを愛している」
「…………」
「でも、ミレーゼは困るんだ?きみの管轄内の花園で、火種は要らないものね?」
「……ご理解いただけているようで、何よりです。それに、今はまだ口論だけに留まっていますが、次第に悪化する可能性もあります。そうなれば、それは国際問題にも繋がります。陛下。大事になる前に早く──」
「国際問題、ね」
とん、と彼が指先をテーブルに置いた。
強制的に言葉を封じられた私は、彼の顔を見るしかない。
彼は、私と目が合うとまたにっこりと笑った。
「取るに足らない問題だ」
「なにを……」
「妃が何をしても、何をしでかしても、どうにかするくらいの力を僕は持っている。きみが心配することじゃない」
「…………」
「それとも、きみが妃をどうにかしろ、という言葉の裏には、ほかに思惑が隠れているのかな。それなら、聞くのもやぶさかではない。どう?ミレーゼ」
「……私は、本気です。ロザリア様も、ミチュア様も、互いに悪感情を抱いている。このままでは暗殺沙汰になります」
「いいよ。なっても。ティファーニは、それくらいで揺るぐような国じゃない。ブレアンも、王女の不始末の責任を迫られることは嫌だろう。向こうから追求するような真似はしないよ」
「ですが……!」
それでも言い募ろうとすると、リュシアン陛下がため息を吐いて席を立った。
その冷たい眼差しに、びくりと体が強ばった。彼は、私をつまらなそうに、失望したように一瞥した。
「そんなことで僕を呼んだの?きみは?……残念だな。こんなくだらない話をするために僕は来たんじゃないのだけど」
「くだらなくなんかありません!」
私も咄嗟に席を立つ。
リュシアン陛下は既に、ポケットから懐中時計を取り出して、時刻を確認していた。
もう退席するつもりなのだろう。
私は、何とか言葉を絞り出した。
手をきつく、きつく握った。
「彼女たちを……。陛下は、ミチュア様を愛しているのではないのですか……!?」
ロザリア様がブレアンから嫁がれるまで、彼の寵はミチュア様に向けられていた。
この三年間、彼はロザリア様を愛していたはずだ。
それなのに、暗殺沙汰になっても構わないと彼は言うのだろうか。私が睨みつけるように彼を見ると、彼は冷たい眼差しで私を見ていたが、やがてため息を吐いた。
まるで、利かん気の子に対するかのように。
「……ああ、うん。愛してるとも。僕はミチュアを愛してるよ。もちろん、ロザリアもね。ミレーゼ、それがどうしたの。きみも愛して欲しい?」
リュシアン陛下が、私に一歩近づいた。
彼から逃げたくなったけれど、何とか踏ん張った。至近距離で、私たちは見つめ合う。
でもそこに恋とか愛とか、そういった甘さは一切ない。