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愛されない妃ですので。  作者: ごろごろみかん。


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当然のこと


リュシアン殿下との対面は、すぐに叶った。

私の要望をきいた彼が、すぐに時間を作ってくれたためだ。

私は王城に招かれ、王族専用エリアを歩く。

案内など不要の慣れた道を進むと、薔薇園に辿り着いた。

ここに、よくミチュア様を連れ込んでいたな、とどうでもいいことが頭をよぎる。

そのひとは、薔薇の花々に囲まれ佇んでいた。

それが、あまりにも絵になるのがまた、腹が立つ。

人払いがされて、リュシアン殿下が私を見る。

どこか、顔色を伺うような、怯えを含んだような瞳だった。

以前とは、逆の光景に私は人知れず笑みがこぼれた。


「今日はどうしたの」


「……私の家には、義兄がひとりいるのですが」


突然話し出した私の言葉に、彼は難しそうに眉を寄せていたが、やがて頷いた。


「彼を、シェリンソンから……いえ、ティファーニから離してあげたいのです」


「……ほかの男の相談?」


静かか声は涼やかで、だけどどこか自嘲めいていた。私は、そんな彼をじっと見つめ──いや、睨みつけた。


「言うことを聞いてくださるのですよね?」


「……いいよ。聞いてあげる」


……あげる?

ずいぶん偉そうに言われ、私は怒りを覚えた。

そのまま、彼の胸ぐらをぐっと無理に掴み寄せる。バランスを崩した彼が、体勢を崩す。

顔が近づいて、至近距離で私は彼を見つめた。


「……約束をお忘れですか?」


ずいぶんと頭が高い。

私の言葉に、彼がまた困ったように笑ってまつ毛を伏せた。


「どうしたらいい?跪けば、良いのかな」


「それはあなたがしたいだけでは?」


ティファーニの王を、跪かせる。

それがどれだけとんでもないことか、私はよく知っている。知っていて、否定しない。

彼が、その場に膝を着いた。

丈の長いローブがふわりと花のように広がった。


「それで?きみの義兄をこの国から逃がしたい、って?」


「あなたも知ってますよね。あのひとは……彼は、前の世では婚約者と心中しました」


「そうだね」


「殿下は、詳しい事情をご存知ですか?」


彼を跪かせたまま、私は尋ねた。

リュシアン殿下はまつ毛を伏せたまま、短く答えた。


「さあ」


そうだろうと思った。

彼には関係がないし、エルフの王がいちいち介入する話とも思えない。

さほど、重要では無いのだ。シェリンソンの揉め事など。


「殿下はご存知でしょう?アークは……純人間です」


彼は答えなかった。それが返事だ。


「素性を伏せて、国から出します。……この国では、彼は、きっと息がしにくい」


「それは、彼の希望?」


「まだ聞いていません。ですが、尋ねてみるつもりです。私は……これ以上苦しむ彼を見ていたくない」


「はっきり言うんだね。……過去の自分と重ねてしまった?」


咄嗟に──身動ぎした際に、跪いた彼を靴の先で蹴飛ばしてしまった。

ガッ、と鈍い音がする。靴の先が、彼の顎を蹴飛ばす。リュシアン殿下は、蹴られた衝撃で少し揺れたものの、倒れ込むことは無かった。

しかし、くちびるからは血が滲んでいる。


「ごめんなさい!」


今のは、決して故意ではない。

慌てて私も膝をつき彼のくちびるを指で触れた時。その手首を、彼に掴まれた。


「そうなんだ?」


「そう、って……」


「きみは、アークに過去の自分を見ている。だから、その苦しみをどうにかしたいと思ってるんじゃない?」


「なにを……。……っだいたい、それをあなたが言うの……!」


声が、震えた。

私が苦しんだのは、あなたのせいだ。

あなたのせいで、私は。

声だけではなく、手も震える。

彼は、そんな私の手首を掴んだまま、じっと私を見つめた。


「それだけ?」


「は……?」


「きみが、彼を手助けする理由は、それだけ?」


「何を言っているのか」


ばかばかしくて、鼻で笑った。

彼は、何を懸念しているのだ。

もしや、私がアークに想いを寄せているとでも思っているのか。私はそんな、健気な女ではない。彼の言った通りだ。

きっと私は、アークに同情している。

そして、同じくらいリュシアン殿下にも、私は情を寄せている。そのどちらも、決して愛と呼ばれるものでは無い。


「くだらない」


吐き捨てるように言うと、リュシアン殿下は私の手首を解放した。


「……きみは今、想いを寄せる(ひと)はいる?」


心底、くだらないし馬鹿馬鹿しいと思った。

それを聞いてどうしようと言うのか。

私は、彼を見下ろすように目を細めた。


「いたらどうするのですか?」


それより、くちびるの血をどうにかした方がいいんじゃないかしら。

泥沼だ、という自覚はあった。

過去は、なかったことに出来ない。

もし、過去がなければ。過去の記憶がなければ、私はきっと彼に絆され、彼に想いを寄せていた。

何も知らない、何も分からなかった私はあまりに染まりやすかった。単純で、易しい女だったことだろう。

文字通り一回死んで、そんな精神も同時に死に絶えたようだった。

【自分】がないと、流されて、流されるだけの人生では、また良いようにされる。搾取されて、ごみのように軽んじられる。

自分の価値を決めるのは、結局自分しかいないのだから。

リュシアン殿下は、ようやくくちびるを開いた。

赤い舌が覗く。


「きみに想うひとがいたとしても……きっと僕には、何も言えないな」


「へえ。自分だけを見ろ、なんていうことは言わないのですね」


「言ったら、きみは僕だけを見てくれるの」


以前のように。

そんな言葉が付きそうだ。

私は笑って答えた。


「まさか。それこそ、有り得ませんね」


私は、彼のくちびるを指の腹で撫でた。

彼は、何も言わない。黙って、されるがままだ。


「私、あなたの血の色は好きです」


見ると、生きている、と思えるから。

無機物のような、絵画の中の住人のような彼が、生きている人間だと分かるから。

彼は、少し驚いたように目を見開いた。


「そう……じゃあ」


「でも、猟奇的な趣味はありませんから。腹を割いて肉を見せる必要はありません。気持ち悪いです」


「……ミレーゼは」


何か言いかけた彼の言葉を、遮った。


「フェリス、です。今の私は──フェリス」


もっとも、幸福の少女(フェリス)とはもっとも遠い人間になってしまった、と思うけれど。

リュシアン殿下は、私の言葉にまた、困ったように眦を下げる。


「フェリスは……よく分からないね」


「当たり前でしょう?相手が何を考えているかなんて、みな分かりません」


「そうかな。ほかのやつは……何も考えていないよ。少なくとも、僕に服従することしか考えていない」


「それが、誤りだと言っているのです。あなたは、何をもって彼らの思考を決めつけているのですか?エルフは考えを持たない人形ではありません。あなたの前では頭を下げていますが、面従腹背のものだっているかもしれませんのに」


私は、彼のくちびるに滲む赤を指先で伸ばした。

化粧のように、彼のくちびるに色がつく。

ずいぶん、似合っていた。


「あなたが、エルフの王として生まれさえしなければ……当たり前のように知れたことを」


それを、彼は知らない。

それがほんの僅かに不憫で、哀れだ。


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