交わらない線
「愛してるよ。僕は、ティファーニの人間なら全て。エルフの王は、そうでなければならない。僕は、民のために王で在らねばならないからね」
「あなたは、私を愛さないと仰った」
「きみは、僕の人形ではないし、そう言うことできみの関心を得られるかと思った」
「…………なぜ、素直に本心を教えてくださるのですか?」
以前、ミレーゼであった時。
どんなに私が尋ねても、彼ははぐらかすばかりだった。
私の問いかけに、彼は笑みを浮かべた。
だけどそれは、いつものように造られた笑みではなく、どこか疲労を感じさせる笑みだった。
瞬間、私は彼が芸術品ではなく、人間なのだと感じた。それは、衝撃だった。
ビスクドールに魂が注がれたような、ショーウィンドウに飾られているマネキンが動き出したような。とにかく、訳の分からない衝撃だ。
彼は、私に手を伸ばそうとして──その手を止めた。
中途半端なところで手を止めて、ゆっくりと引っ込める。何がしたいのか、分からない。
「……僕だって、学ぶよ」
彼は一拍間を開けて、また話し出す。
「……きみは、僕に囚われているのだと思った。きみが、僕の手を放して逃れる未来があるなんて、考えてもみなかったんだよ」
「傲慢ですね」
「そうだね。……そうなのかな。僕は、これが普通だったから」
私は、彼の言葉に目を伏せた。
ティファーニでは、普通。
国外では、異常。
私は、もう何を言えばいいのか分からなくなっていた。私の正しさを突き通すということは、それはつまりティファーニの在り方を変える、ということ。
そんなこと、私に出来るのだろうか。
いや、私はそれを望んでいるのだろうか……?
「……ミレーゼ」
彼が、私を呼ぶ。
顔を上げると彼は縋るように──切なそうに私を見ていた。その瞳に腰が引けた。
「僕のそばにいて。……僕には、きみしかいないんだ」
「──」
絶句、した。
そばに、いて?
誰が、誰の?
私が、リュシアン殿下の?
そんなの、そんなことは……無理だ。
ザッと血の気が引く。
体が不自然に強ばった。
リュシアン殿下は、そんな私に気がついて薄く笑みを浮かべた。
「僕を嫌っていて構わない。憎んでいてもいい。それでも、僕はきみにそばにいて欲しい」
「……それでは、私の気持ちは……感情は、どうなるのですか」
「僕にぶつけてくれればいい。僕は必ずその感情に応えると誓うし……きみの良きように取り計らうよ」
「意味がわかりません」
硬い声が出た。
私は、手を強く、強く、握りしめる。
そばにいて欲しい?
なぜ、私が?
彼にとって、私は人形ではない。
それは、私が最期の時に彼に逆らう言葉を口にしたり、先程感情的になって彼の頬を打ったりしたからなのだろう。
だから、彼は、私がほかのものたちとは違う、と思った。思ってしまった。
彼にとって、私は物珍しいから。
ただ、それだけの理由で。
たったそれだけの理由で、彼はまた私を縛りつけようとしている。
乾いた笑い声がこぼれた。
「そんなに思い通りにならない女がお好みなら、異国からいくらでも女を召せばよろしいでしょう?ブレアンのロザリア様はリュシアン殿下に心酔されてましたけど……世の中探せば、あなたの思い通りにならない女性もたくさんいるはずです」
「嫌がる女性を無理に妃にしろ、ときみは言ってるの?」
彼の言葉にまた、息が詰まる。
私は、誰かを身代わりにしてこの場を逃れようとしている。
それを指摘されて、それが図星だったことかは後ろめたさを感じた。
躊躇いと戸惑いに続く言葉を無くしていると、彼が私から視線を外して、言った。
「僕は、ただ自分の思い通りにならない人間を求めているんじゃない。……いや、最初はそうだったのかもしれないけど……」
リュシアン殿下は、まつ毛を伏せた。
どこか、思い悩むように。
「今は、ミレーゼが欲しいと……いや、そばにいて欲しいと思ってるんだ。ただ、それだけだよ」
「私はもう嫌です!あんな思いをするなんて懲り懲り!あなたが持ってくるトラブルの対応に追われて、私自身はハリボテの立場にしかなくって!私がいつも、影でどんなに馬鹿にされていたかあなたは知らないでしょう!?」
お飾りの妃だ、と。
愛されない妃だ、と。
言われ、嘲笑れていたのを、彼は知っているのだろうか。
彼は、リュシアン殿下は、私にまた、あんな苦痛を味わえというのだろうか。
怒りの灯火に火がついて、私は彼を睨みつけた。
白い頬が、赤く染まっている。
私がさっき、叩いたからだ。
「きみの望むようにする」
「呆れます。それで私が、あなたに死ねと言ったらなたは死ぬの?」
鼻で笑うと、彼はやけに静かな声で言った。
「きみがそう望むなら、僕は叶えたいと思うよ」
彼の声は、瞳は、表情は、あまりにも真剣だった。リュシアン殿下は、真っ直ぐに私を見つめていた。逸らすことを許さないような、真摯な瞳だ。
瞳の強さに本気であることを悟った私は、彼に冷笑した。呆れたし、バカバカしいと思った。
「……王の責務もお忘れになった?」
「僕は、僕の望みを叶える。きみが望むなら、国も差し出そう」
「……意味がわからない」
頭がおかしいと思った。
呆れて、怒りも湧かない。
私は息を吐いた。
「じゃあ、言います。もう私に顔を見せないでください。あなたと関わりたくないのです。……うんざりなんです、もうあなたに振り回されるのは」
私の望むようにする、と言ったのだからこう言えばもう彼は私に関わらなくなるはずだ。
そう思っていたが、リュシアン殿下は静かな声で、話し出した。
「ねえ、ミレーゼ。僕は、きみにそばにいて欲しい。それが叶わないのであれば、今ここで」
彼は、いつの間にかその手に短剣を持っていた。
相変わらず、息をするように祝福を使う。
「その手で、僕を殺して」
彼の瞳は、私を真っ直ぐに射抜いていた。
彼の手には、短剣。
それが、私に差し出される。
宝石に彩られた柄に、黄金の鞘。
ティファーニの王族が持つにふさわしい華美なものだった。
リュシアン殿下と、私の間に短剣が置かれた。
「僕は、死ぬのならきみに殺されたい」
彼が、静かに言った。
私と、彼しかいない部屋に、沈黙が落ちる。




