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愛されない妃ですので。  作者: ごろごろみかん。


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造り物のような

メロディ様とアークの対談を見守るのにオーブリーでは正直力不足なような気もするが、この際四の五の言っていられない。

メロディ様は、将来アークと心中する相手。

例え無機物のような男であろうとも、いないよりはマシだと判断した。


私はアークに向き直ると、今度は彼に言う。


「挨拶してきます。アークは、彼らと一緒にいて」


「……フェリス」


彼が、何か言いたげに眉を寄せる。

彼は止めたいのだろう。彼はただでさえ、エルフに良感情を抱いていない。

リュシアン殿下は、ティファーニの王であり、彼が嫌うエルフそのものと言っても過言ではない。

私は微笑みを浮かべた。彼が安心できるように。彼の、紅がじんわりと滲む黄昏の瞳が動揺に揺れていた。


「それに、お母様も言っていたでしょう?今宵の夜会は、あなたが婚約者を探す場でもあるのだから」


言外に、それはメロディ様でなくとも構わないことを言い含ませる。メロディ様はあからさまに目を尖らせたけれど、私は気付かぬふりを装った。


「僕は……」


「とにかく、オーブリー卿と一緒にいてちょうだい。……オーブリー卿、義兄をよろしくお願いします。義兄は、夜会が得意ではありませんので。彼をこのまま放置して殿下を訪ねるとなると……私も、気になって仕方ありませんし。余所事を気にして殿下相手に失礼があってはいけませんでしょう?」


「…………分かりました」


オーブリーは、リュシアン殿下の側近で、彼の忠実な臣下だ。彼の名を出せば、オーブリーは従うだろうとも思っていた。これも、ミレーゼであった時につけた知恵。


「リュシアン殿下は……ああ、彼らに案内していただきますわ。では皆様、また後ほど」


私は仮面のような微笑みを浮かべると、ミレーゼであった時のようにゆっくりとカーテシーを取った。意識したつもりはなかったが、気分はかなり、ミレーゼであった時に引き戻されていた。

心に鎧を纏わないと、彼とは会えない。

この社交界を、今を、乗り切れない。

そう思ったから。


バルコニーを出ると、すぐに白い軍服に身を包んだ近衛騎士がさりげなく私に近付いた。


「殿下はこちらです」


それはあまりにも自然な動きだった。

まるで、会場を後にする私に、馬車を用意するか尋ねているかのような。

あるいは、誰かから言伝を預かっていると伝えているかのような。

とにかく、自然体で、全く違和感がない。

だから、周囲も特別私を注視する事はなかった。

こういうところは、以前と変わらない。よく教育されている。流石、ティファーニの……いや、エルフの王族に仕える騎士だ。

声をかけられた私も、落ち着いて軽く頷いた。


案内されたのは、王族専用のプライベートエリア。

ミレーゼであった時は、私の居住区でもあった。

同行する近衛騎士は、全部で五人。

前に一人、後ろに四人。

誰も口を開かない。軍服と同じく、白の軍帽を被った彼らは貼り付けたように無表情で、何を考えているのか推し量ることは難しかった。


「……こちらです」


彼らが立ち止まったのは、両開きの、扉に大きな絵画が嵌め込まれた部屋の前だった。


扉を開けるのも一苦労だと思われるその扉は非常に重たく、高さもあり、一般的なものより一回り以上大きかった。

両開きの取っ手は金で装飾されており、繊細な意匠が施されており、一目で特別なものだと知れた。

私は、この部屋をよく知っている。


ここは──国王の私室だ。


扉に嵌め込まれた絵は【悠久と永久】。

世界に三枚しかない画家の連作の一枚。

空が赤く染まっているので、これは一番初めに描かれたものだろう。

エルフの王が、黄昏の空の下、丘の上に立っている。たなびいた銀の髪は、リュシアン殿下を思わせた。


扉を守る近衛騎士が、それぞれ両開きの取っ手を掴み、扉を開けた。

静かに扉は開かれた。



目的の人は、カウチに座ってぼんやりとしていたようだった。手には、ワイングラスが握られている。グラスの中には、半分ほど赤ワインが入っている。

ローテーブルの前には、天板にガラスが嵌め込まれたローテーブルが。

そしてローテーブルの上には、ナッツや干しぶどうを載せた皿と、ワインボトルが置かれていた。

彼は私に気がつくと薄く微笑んだ。


「やあ、遅かったね」


「…………」


何を、言えばいいのか分からなかった。


なぜ、私に話しかけられるの。

なぜ、平然としていられるの。

なぜ、笑えるの。


なぜ、なぜ、なぜ。


リュシアン殿下を前にすると、私はあまりにも簡単に動揺してしまう。

混乱してしまう。


──彼の胸元を掴んで、揺さぶりたくなってしまう。


綺麗なだけのお人形のようなリュシアン殿下。彼にも、血は流れているのか。

そもそも本当に彼は生きているのかを、確認したくなってしまう。


(そう。そうだわ……)


私はずっと、彼が生きた人間とは思えなかった。


血の通った人間とは、思えなかったのだ。

冷たい手もそうだし、造り物のようなその端正な顔立ちだってそう。彼の顔は、そのパーツ一つ一つを、誰かが一つずつ手がけ、完璧に仕立てたのかのよう。


生き物とは思えない。

息をして、呼吸をする。

生きている人間なら誰もがするその動作を、彼がしているようには思えないのだ。


ずっと、思っていた。

彼には、人として当然持つ生々しさが、存在しない。


温度を感じない眼差しも、表情も、声も。

造り物の存在のように思えた。


それはオーブリーにも感じたことだったが、リュシアン殿下を目の当たりにした私は思い直した。

全く違う。

少なくともオーブリーは、リュシアン殿下のように内も外も無機物ではないはずだ。


例えるなら、オーブリーは人間の見ていないところで動き出しそうな人形の気配があるが、リュシアン殿下には全くそれがない。

どちらかというとリュシアン殿下は、画家が手がけた絵画の中の人物のようだ。

外界とは隔離された場所に静かに存在するもの。

それはきっと、人の目がないところでも動き出すことはなく、生とは隔絶された、死の匂いがするように思えた。


今の私の感情を示すなら、一番近いのは【呆然】だろう。


驚愕にも近いし、焦燥にも近いし、絶望にも近いかもしれなかった。

足が、縫い付けられたかのように動かない。

何を言えばいいのか、そもそも何から言えばいいのかすら、分からない。

そんな私をちらりと見てから、彼が言った。


「お前たちは外に」


「かしこまりました」


近衛騎士が頭を下げて、部屋には私もリュシアン殿下のふたりとなった。

息が、詰まる。

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