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愛されない妃ですので。  作者: ごろごろみかん。


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私の夫だった、人

「──」


僅かなざわめきも、すぐに静まり返った。

まだ、陛下がお話をされているからだ。

国王は、王太子の名を呼んだ。


「リュシアン。あとは、お前の言葉で話しなさい」


「っ……」


息を呑む。

まさか、まさか、こんなに早く王位交代?


リュシアン殿下は今、十八歳であったはず。

本来なら彼は、二十で国を継いでいる。


リュシアン殿下を見ていられなくて、私はまつ毛を伏せ、自身の靴を見ていた。

磨きあげられた大理石の床が、赤のカーペットからちらりと覗いている。それを一心に、私は見つめていた。


「はい。父上」


リュシアン殿下の、声だ。

それは私がよく知った声だった。

カツ、と彼の靴が硬い音を立てる。

しばらくの静寂の後。

彼が静かに、だけど堂々と宣誓した。


「私は今宵、王となる。私は、私のために力を使い、そなたらのティファーニを守ると、そう誓おう」


戦慄にも似た、動揺。

衝撃を覚えたのは私だけではないようで、興奮を抑えられない声があちこちから聞こえてきた。


「なんという……」


「リュシアン殿下が王に?」


「素晴らしい……」


それはやがて、だんだんと高揚と興奮を孕んだ空気となっていった。

見てはいないが、みな、爛々とした瞳をしているのだろう。二百八十年続いた王位が今夜、引き継がれるのだ。

突然のこととはいえ、王族の成すことは絶対。


貴族たちは、貴重な一瞬に立ち会えた幸運に歓喜しているのだろう。会場中が興奮と熱気に包まれた。

その中、リュシアン殿下がさらに言葉を続けた。


「正式な戴冠式は後日。今日は、発表のみとする。……音楽を」


殿下が何かしら合図を出したのだろう。


数拍置いて、優美な音楽が合奏団から奏でられた。その曲は、王家主催の夜会にのみ流される、特別な曲だった。


有名な作家が書いた童話を元に作られたバレエ音楽。童話の内容は、靴職人の娘が夢を通じて王子様に出会い、動物たちの助けを借りながら王子様とダンスをするというものだった。


序奏はホルンやクラリネット、フルートと言った管楽器が女性的な繊細な音楽を奏で、中盤に差しかかるにつれ、チェロやヴィオラ、バイオリンの弦楽器の音が重層的に重なる。

どことなく幻想的で、華やかで心が踊るような、そんな曲だ。


王家が作家と作曲家にわざわざ作らせた曲であるため、この曲を夜会で流せるのは王家だけである。

そして、王城での夜会は必ず一曲目にこの曲が流された。


私がミレーゼであった時は国王ご夫妻がその曲を踊り、その後リュシアン殿下が私たちデビュタントの令嬢と踊ったように記憶している。


だけど、私がミレーゼであった時はこの夜会で王位交代の宣言は成されなかった。


「皆、今宵の夜会をぜひ楽しんでほしい。そして──父から王位を譲り受けた、栄えあるこの夜会で、私はファーストダンスの相手を指名したいと思う」


キャッ、と息を呑むような悲鳴が零れる。


(ダンスの相手を指名……?)


彼の口ぶりからして、ファーストダンスは国王夫妻が踊るわけではないようだ。

戴冠式はまだとはいえ、既に王位はリュシアン殿下が継いだと宣言したので、ファーストダンスもまた、リュシアン殿下が踊るようだった。

何もかもが、ミレーゼであった時と異なる。


それなのに、嫌な予感がぬぐえない。

私はリュシアン殿下の視線を避けるように深く俯いた。


その時、静かに、リュシアン殿下が相手の名を告げた。


「フェリス・シェリンソン伯爵令嬢。……お相手願えるかな」


「──。…………」


世界から音が消えたようだった。


最初、彼が発した言葉を、私の名前だと認識できなかった。

音がようやく言葉となり、意味を理解した時には、私は立っていられないほどの衝撃を覚えた。


(わ……たし?)


絶句して立ち尽くす私に、リュシアン殿下がさらに言葉を重ねる。

合奏団は序奏を長く奏で、優美な曲のフレーズが何度も繰り返されていた。


「フェリス・シェリンソン伯爵令嬢。こちらに」


彼にふたたび呼ばれて、ようやく私は恐る恐る顔を上げた。


動揺し、緊張もしていたが、横から突き刺さる視線に気がついてハッと我に返る。

アークが眉を寄せ、あからさまに否定的な視線をこちらに向けていた。


私は慌てた。動揺していたし、混乱していたが、アークがなにか仕出かさないかと不安になってしまい、かえって冷静になった。


私はちらりと彼を見てから、小さく、だけど強く頷いた。

彼の紅と灰が混ざる瞳を見て、大丈夫、と言わんばかりに。


正直、動揺している。

困惑もしている。

足は震えそうで、許されるならこの場から逃げ出してしまいたい。

だけどそれが許される環境でもないことを、私は痛いほど理解している。


顔を上げれば、距離は離れているが、リュシアン殿下と視線が交わった。

彼は、微笑みすら口元に浮かべていた。


──相変わらず、ゾッとするほど美しい人だと思った。


意を決して、足を踏み出した。

途端、ひりつくような視線を感じ、そちらの様子を伺う。

そこには、扇で口元を隠しながらも炎を瞳に宿した──ミチュア様が。


記憶にあるよりも体つきは華奢で、まだ少女ではあるが、間違いなく彼女はミチュア・レスィア侯爵令嬢だった。


……驚いた。ミチュア様は、レスィア侯爵家の令嬢だ。今夜の夜会にも当然出席しているはず。

だけど彼女の顔を見て、私は衝撃にも驚きを覚えていた。


明らかに、以前の生とは違う人生を送り、違う未来を進んでいるというのに。

ボタンを掛け間違えたような、愚かな間違いに気が付かずにいるような、そんな恐れと怯えに襲われた。


壇上の近くまで行けば、リュシアン殿下が降りてくる。何も知らなければ、天使の使いのような麗しい微笑みを口元に乗せて。


だけど私は、彼が誰より残虐で、残酷で、恐ろしい人かをよく知っている。


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