願わくば
想像したくもない恐ろしい未来に、首筋にナイフを当てられたような衝撃を覚えた。
「……お母様。私は──」
アークが何か言いかけるのを遮って、私はお母様に言った。
「待って!お母様。メロディ様は確か……私のひとつ年上よね?今度の夜会にいらっしゃる?」
デビュタントを迎える令嬢がみな参加する大きな夜会だ。王家主催なので、エバンス伯爵家も出席することだろう。
私の言葉に、お母様はいささか驚いたようだが、やがてゆっくりと頷いた。
「え、ええ。そうね。いらっしゃるのではないかしら」
「では、私がメロディ様をどのような方を知ってから、というのはどう?お母様やお義兄様では分からないことが私には分かるかもしれないわ」
「……身辺調査では、彼女に問題は無いように思えたわ。フェリスがそこまでする必要、あるのかしら……」
「当然よ。だって、アーク……お義兄様は、シェリンソン伯爵家の大事な跡取りよ?お義兄様は好き嫌いが激しい性格だし、器が大きい女性でなければシェリンソンの女主人は務まらないと思うの」
私の言葉にアークは少し嫌そうな顔をし、お母様は考え込むように顎に手を当てた。
思考の末、私の言葉ももっともだと思ったのか、頷いて答える。
「わかったわ。フェリス、あなたに任せるとしましょう。あなたの見る世界を通して、アークに相応しい女性を探してあげてちょうだい」
「……え?」
私はメロディという女性がどういう人物か確認しようとしていたのであって、アークの婚約者を探すつもりはなかった。戸惑う私に、お母様がまたクスクスと笑う。
「もしメロディ嬢が不合格だと思うなら、代わりのご令嬢を見つけて欲しいと言っているのよ。あなたから見て合格点なら、私もアークも心配はないわ」
「お母様、フェリスも。お言葉ですが、僕はまだ婚約するつもりはありません。だから、次の夜会でフェリスが僕の婚約者候補を見繕う必要も無い」
「あら。メロディ嬢がフェリスの合格点に達するとは思わないの?それに、アーク。あなただってそうは言うけれど、もしかしたら次の夜会でなにか出会いがあるかもしれないじゃない。運命の出会い、とかね」
楽しげに言うお母様はふんふんと鼻歌を歌っているけれど、アークは苦々しい顔のままだ。彼が、婚約に前向きでないことを私は初めて知った。
彼が婚約を固辞している理由は何だろうか。
それとも、以前の生でもそうだった?
お母様の言う通り、メロディに会えば彼は思い直すのだろうか……。
そもそも彼らが心中した理由は?
考えても仕方ないとは思うけれど、考えてしまう。
やっと手に入れた、やっと手に入った穏やかで平穏な日々。
優しいお母様と、ぶっきらぼうで愛想はないが話しやすい兄のアーク。
忙しくて帰宅が遅く、休みもあまりないけれど、休みの日は必ず食事の席に着席するお父様。お父様は、会えない時間を埋めるかのように休みの日は家族で共に過ごすことん好む。
そんな、あたたかで優しい日々。
それが一抹の泡沫だとは、思いたくない。
願わくば、この日々が長く、永く、続きますように。




