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愛されない妃ですので。  作者: ごろごろみかん。


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儀式の始まり 【リュシアン】


「ミチュアを狙ったのです。本当です。でも……王妃陛下が、急に割り込まれて……」


グズグズと泣き出したロザリアは洟も垂れていて、とても一国の王女の姿とは思えなかった。リュシアンはその言葉に足を止めていたが、やがてまた歩き出した。


「陛下!!」


ロザリアが再び彼を呼ぶが、リュシアンはもう足を止めることは無かった。


エルフは、人間の国のように信仰する神は持たない。なぜなら、エルフの血──それこそが神秘であり、神聖なものだからだ。

ティファーニには明確な神なる存在はいないが、もしいるのだとしたら、それはティファーニの王に違いなかった。

もっともエルフの血が濃く、神聖な存在であるティファーニの王は、国民にとっての不可侵領域のようなもので、不幸があれば救いを求める存在でもあった。


ティファーニの国民は、微量ではあるものの皆、エルフの血を引いている。

神聖な血を持つことは、ティファーニの国民の誇りであり、矜恃だった。

だからこそ、彼らは決して自死をしない。

誇り高いエルフの血を持つその肉体を、自ら終わりに導くのは禁忌にも近いタブーなのだ。

だからこそ、ロザリアの言葉はオーブリーにも、リュシアンにも少なくない衝撃を与えた。


ミレーゼは、自ら(・・)刃を受けた。

ロザリアの短剣を弾き落とすためではない。

ミチュアを庇って、自身が刺されるために。


それは、間接的とはいえ、限りなく自傷に近い。

王家の次にエルフの血が濃いと言われる、純血種の家、ウブルクの娘が自ら刃を受けたなど──。

それが世に知られれば、国民の反感はもちろん、公爵家の不祥事に社交界中が混乱することは目に見えていた。

ロザリアは外の国の出身のため、自死がティファーニの公然の禁忌とされていることを知らなかったのだろう。

彼女が今後、不用意にその発言をすれば、ミレーゼの立場はもちろん、ウブルクの家にも傷がつく。牢獄を出たあと、リュシアンは短くオーブリーに命じた。


「あの女の口を閉じさせろ。レスィアの娘も同様にするように。手段は問わない」


「…………かしこまりました」


口を閉じさせる。

それが、命を奪うことを意味していないのだとしたら。

もしリュシアン以外がそれを命じたのなら、オーブリーも多少は呵責の念に襲われていただろう。

だけど命じたのはティファーニの王である、リュシアンだ。

彼がすることは常に正しい。

正しくなくてはならない。

ティファーニの王が、エルフの王が、過ちを犯すはずがないのだから。



ロザリアとミチュアが声を失ったのは、それから三日後のことだった。

表面上は、王妃殺害の罰として、酸を含んだ毒を飲むよう彼女たちに命じた。


毒を仕入れたのはオーブリーだ。


ロザリアは顔面を蒼白にし泣き叫び、ミチュアは錯乱のあまり、物が少ない牢の中で大暴れしたという。比較的大人しかったロザリアは自分で毒杯を仰いだが、ミチュアは兵三人に囲まれ、無理に杯を流し込まれた。

そして、彼女たちは喉を焼かれ、声を失った。王妃殺害の罰と銘打っているものの、実際は口封じのため。リュシアンは、オーブリーから事の顛末を聞くと「そう」とだけ答えた。

どうやら、彼の命を意図通りに汲み取れたようだ。

オーブリーはそれに安堵し、正しく動けた自分を誇らしく思った。


全ては、エルフの王のために。


それから、オーブリーはリュシアンの命通りにエルフの血の濃い人間を多数集めた。

できるだけ多く、の言葉に従い、千を超える人間を用意したところでリュシアンに報告すれば、彼はしばらく思案するように黙った後、静かにオーブリーに尋ねた。


「……リストは」


「こちらに」


天を覆うステンドガラスから、虹色の光が差し込む。淡い太陽光が、リュシアンの銀の髪を照らす。

オーブリーは、自身がまとめた書類をリュシアンに差し出した。その紙の束は、集めた人間の血統を記したものだった。

その中には、オーブリーの名もある。

リュシアンはそれに気が付きわずかに眉を上げたが、何も言わずにページを手繰る。


「ギリギリのラインかな……」


どうやら先程思案していたのは、千の人間で足りるかどうか考えていたようだった。

できるだけ多く、とは言われたものの、明確な数字を提示されていなかったので、千でも多い方だと思っていた。オーブリーが目を見開くと同時、リュシアンが言った。


「よくこれだけの血統の人間を、この短期間に集めたね。いつもながらお前の手腕には驚かされる」


リュシアンはそう言うと席を立った。


「有り難きお言葉です」


「……気がついているんだろう?なぜ、ミレーゼの葬儀を上げないのか。それに、彼女の体は、未だ地下の霊安室に安置されていない。……彼女の体はどこにあると思う」


どこか探るように、あるいは確かめるように。

長いまつ毛を伏せてリュシアンがオーブリーを見た。

どこまでも深い、灰青色の瞳がオーブリーを射抜く。鉄を溶かし、流し込んだような銀の瞳。

何を考えているのか、何を思っているのか一切悟らせない、無機物的な美しさを感じさせる瞳だ。


その色は、どこまでも見通すかのような、冬の色をそのまま象った、冷たい色をしている。


その瞳は、まるで縫い付けるかのようにオーブリーをその場に縛った。


息を呑むような圧迫感のある空気に、オーブリーは短く喘ぐ。


「…………っ」


リュシアンは、答えられない彼を咎めることなく、笑った。

しかし、冷たい瞳の色は、変わらない。


「答えはね、王の寝室だ。彼女は死なせない」


「それ、はどういう──」


既にミレーゼは事切れたはずだ。

五日前、首を切られて──。

オーブリーはリュシアンの真意を尋ねようとしたが、リュシアンは答えることなく執務室を出てしまう。

オーブリーも慌てて彼の後を追う。

リュシアンの銀の髪が揺らめく。

それはまるで、冬の雪のようであり、光が尾を描くかのごとく煌めきを伴っていた。


「儀式だよ」


「は……」


「お前の集めた魂と聖力をもって、僕は儀式を執り行う。……お前も、供物のひとりだ」


「──」


背筋を冷たい何かが走る。

リュシアンは笑みを浮かべてオーブリーを見たが、やがてまた歩き始めてしまった。


(魂と……聖力をもって?)


聖力とは、エルフに具わっている力と言われている。

しかし、エルフの祝福同様にもうそれを使える人間はいない。

エルフの血の濃さは、すなわち聖力の大きさと言い替えても良かった。


(儀式……?陛下は、一体何を……)


千の人間の魂をもって、と彼は言った。


それは即ち、その数の人間の生命を犠牲にすることを意味している。


どく、と心臓が大きく音を立てた。

前を歩くリュシアンは、こちらを振り向かない。オーブリーは、妙な高揚を覚えた。

どく、どく、と心臓の音がすぐそばで聞こえるような錯覚すら覚える。


今こそ、自分の命が役に立つのだ。

神秘の国、ティファーニ。


そのエルフの王が望んで、自分の命を必要としている。

幸福にも似た陶酔に揺れる。

それは狂っていると言ってもいい、奇妙な愉悦だった。


(かれ)のために死ぬ。


それは、ティファーニの民にとっては至上の喜びだ。


儀式のために集められた千人の人間が、リュシアンから説明を受けた際、オーブリーと同様の反応を示した。


「この命が、陛下のお役に立つのであれば」


「なんて幸福なことなのでしょう……」


「最期に陛下を一目見れるなど、恐悦至極……」


みながうっとりとリュシアンに魅せられ、陶酔した。

外の国の人間がこれを見たなら、その異様さに吐き気を覚え、嫌悪感を露わにすることだろう。


だけど、それがティファーニの日常であり、当然である。

誰も疑わない。

誰も、おかしいと思わない。


ただひとり、ティファーニに生まれながら外の国の人間と同じような倫理の元、過ごす人間がいた。

それが、ミレーゼだった。


千を超える人間が大広間に集められる。

今から、供物にされるために。

その奥の祭壇に立ちながらリュシアンは僅かに微笑んだ。


「では、儀式を始めようか」


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