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情緒旋律

作者: Vichsen

チラシの裏面

どこからか音楽が聞こえ、薄く目を開く。

 そこは見知らぬコンサートホールのような場所で、にも拘わらず私は遥か以前からここに居るような気がしている。

 眼前では、楽器を携えた集団が演奏をしていた。

 回転、順転、流転、輪廻の輪、巡り廻る因果の回帰……。瞬間の連続、軋む歯車、歪な節奏、不規則なテンポ。狂った律調、聴くに堪えない旋律。

 様子のおかしい楽団員にエキストラ。

 それらの手前で、コンダクターは虚ろな瞳を宿し、一心不乱にタクトを振り続ける。何かを表現、伝播するかの如く、忘我の果てで、ひたすら真摯に真剣に――意のままに。

 コンサートマスターは、音楽監督はどこでなにをしているんだろうか。目の前で繰り広げられている惨劇は、こんなものは、到底「音楽」とは呼べやしない。

 一体なんなんだ……。

 構成、形式、速度、全体の統一感。音楽が音楽である為に必要な、それら全ての要素がてんでバラバラ滅茶苦茶。

 周囲を見渡してみても観客は私一人しか居ない。誰だって、こんな演奏聴きたいはずがないということだ。

 それに気付くと同時に、この空間に存在し得るのは私一人だけであるということも悟る。

 そんな事を考えている間も、眼前では誰かたちが狂喜乱舞を繰り広げている。

 そもそもに、「誰か」とは誰だ?あそこに居る演者たちは、一体「誰」なんだ?

 ここからでも彼らの輪郭は視認できている。だが、「正体」が分からない。眼を凝らしてみても、焦点が合わずボヤけてしまう。

 〝理解〟が出来ない。まるで文字化けした怪文書または象形文字のようであり、そのテクストが、記号が解読できない。主旋律から離れていく程、その現象は顕著に表れていくようだった。

 現に、副旋律を担当している後方の伴奏者やエクストラ達は、その輪郭すらボヤけているように見える。存在自体が希薄というか、注意深く観察していなければ認識すらできないのではと思えてしまう。陽炎のように、ユラユラと存在を仄めかせている。儚く、幽いている。

 だが逆に、主旋律に近づけば近づく程、彼らの輪郭はハッキリと視認できる。

 特に「あの男」。軽快に、時に鈍重に、苛烈に好き勝手タクトを振り回している指揮者だ。彼の正体だけは辛うじて理解できそうであった。

 「誰だ……?あれは」存在に注視する。

 外見や現象ではなく、概念を解読しようと努める。

 頭が上手く働かない、「ここ」はそういう場所ではないのだろう。〝それ〟を理解するのに目は、思考は必要ないということが自ず分かる。

 考えるのではなく、感じる。ここに在る私という自己の全体で感じる。

 目を閉じ、不協和音に耳を傾ける。

 聞こえてくるメロディは先ほどと変わらない。酷いノイズだ。ただ耳で聴いているだけなら到底耐えられるものではない雑音。

 だが、不思議と嫌な感じはしない。それどころかその雑音が、歪な響きが、とても心地良いものに思えてくる。

 閉じた瞼の裏で、目の前のオーケストラを想起する。自然と身体が揺れ、指が動く。盤上に居るマエストロの一挙一動が明白になっていく。次第、旋律も鮮明になっていく。

 快楽、悦楽、愁嘆、哀傷、憤怒、怨嗟、喜悦、愉楽、歓楽。一つ一つの情調が流れ込んでくる。

 そうしている内に、私の中に一つの〝主題〟が浮かびあがる。

 嗚呼そうか……。あの男は――

 気が付いた私は目を開く。

 演奏が終幕を迎えるのは、まだ先になるだろう。それがいつ訪れるかは私にも分からない。

 それでも、その時まで私はこの指揮棒を振り続けている筈だ。

 ひたすら無垢に、無心に、この世界の中で。

 〝幸福〟というたった一つの命題を掲げて。

落書き

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