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「おや、また新しい情報が出てきましたか?」
私の顔色を読んだ男性が嬉しそうに訊いてきます。
「……メールアドレスが、読めるようになりました」
そっと男性にカードを見せると、「そうでしょうね」と、まるでそうなるのを予見していたような言い方をなさいました。
「我々魔法使いは、互いの存在で互いの力を助長させるのです。つまり、私と一緒にいると、あなたの力はどんどん強くなる。それが一時的な場合もありますが、永久に持続することもあります。そしてその名刺は、手にした者の力の強さと解読できる内容が比例するようにできていますので、おそらくこのまま私と一緒にいると、間もなくあなたはそこに書かれている内容すべてを読めるようになるでしょう」
私は、こんな小さな紙切れにいったいどれほどの細工が加えられているのかと、穴が開くほどにじっと見つめました。
すると、今度はスーッ、スーッと、郵便番号が浮かんできたのです。
…………もはや、疑い続ける方が難しくなってきました。
私はそっとカードから目を離すと、男性に申し上げました。
「お話の続きを、聞かせてください」
私の疑心暗鬼に翻弄される時間が、終了した瞬間でした。
疑っても疑っても、きりがない。
カードの文字は増えていく一方なのですから。
それならば、疑うよりも早く、私のこの力をもっと夫のために役立てる方法を知りたいと思ったのです。
男性は満面の笑みで私の要求に応じてくださいました。
「ええ、もちろん喜んで。どこまで話しましたでしょうか……ああ、MMMの説明でしたね。さきほどもお話ししましたように、”MMMコンサルティング” 社は実在する、魔法使いにのみ入社を許されたコンサルティング企業です。設立は1945年で、東京、大阪といった大都市はもちろん、日本中にオフィスを構えております。コンサルティングの名の通り、クライアントからの相談事にアドバイスを行ったり指導したり、より良い解決を見つけて差し上げるのが仕事です。ですがこの ”MMMコンサルティング” という組織には、実は、また別の存在理由もあるのです。どちらかと言うと私はこちらの面でMMMと関わっているのですが」
「別の存在理由……?」
この男性が関わっているということは、彼が私に声をかけてきたのも、きっとその別の理由のせいだと思われます。
私は、少しだけ、鼓動が早まるのを感じました。
「ええ。簡単に言うなら、魔法使いの教習所、みたいなものでしょうか」
男性は答えました。
「魔法使いの……」
………教習所?
思いもよらない返答に、私は薄く唇が開いたままになりました。
「そうです。訓練所とも言えますね」
教習所、訓練所と聞いて、私もなんとなく理解しました。
つまり、有名な映画にもなった魔法学―――
「魔法学校とは異なりますよ?」
男性がキッパリ言い放ちました。
さも私の頭の中を覗き込んだようなタイミングでそう否定され、私はまたもやぽかんと口を開いてしまうのでした。
「失礼。皆さんこの説明を聞くと小説や映画で有名になった某魔法学校みたいだと仰いますので、先に訂正させていただきました。そうですね……MMMは魔法にはじめて接する者にとっては、いろいろと魔法について教えてくれる学校のような場所かもしれませんが、映画に出てくるような教師、生徒という明確な立場なんてありませんし、空飛ぶ箒も魔法の呪文も火を吐くドラゴンも登場しませんからね。あれはフィクションであり、ファンタジーの世界です。まあ、空を飛んだりドラゴンがいるように錯覚させることは可能ですが」
空を、飛ぶ………?
火を吐く、ドラゴン………?
ぽんぽん飛び出てくる具体的な魔法の例に、私は思考が置き去りにならないようついていくので必死です。
男性は私に構わず説明を続けます。
「MMMは学校ではなく、あくまでも企業です。ですので、在籍者や関係者に未成年はおりません。そういった事情から、魔法に関してはレクチャーしますし、一般社会と共存するために必要な情報も与えはしますが、それ以外を指導することはありません。例え結果的にMMMと契約に至らなかったとしてもそれは当人の自由ですし、強要はいたしません。ただ、大抵の魔法使いは、幼少期より周りの人間と自分がどこか違っていると感じるものですから、それゆえ大きな疎外感や孤独感を抱えることになります。場合によってはそのせいでいじめにあったり、周囲と衝突するという経験もあるでしょう。”人と違う” というのは、それだけで批判の的になりやすいですからね。そういった面でのフォローもMMMは担っていますが、それでも人によっては魔法とは無縁の一般人として暮らしていきたいと希望することもありますので、そういった方々の相談に乗ることもあります。実は私も最初はそうでした。昔、今のあなたのようにMMMからスカウトを受けましたが、せっかく頑張って手にした職を変えたくはなかったのです。ですが、長年ひとりで抱えていた悩みを ”魔法” という解決に導いてくれたMMMに恩義は感じておりますので、こうして、”魔法の元” の持ち主を見つけてはMMMを紹介するというボランティアをさせていただいております。もちろん、自分自身の経験から、ずっと誰にも言えずに自分の異質さや孤独で悩んだり傷付いている仲間の方々が、少しでもより良い道を見つけられるようにお手伝いさせていただきたいという想いも大きいのですよ?」
穏やかに、優しげな口調で男性の言葉は紡がれていきますが、その中にあったのは、決してファンタジーやおとぎ話のようなふわふわしたものではありませんでした。
確かに私も、”人と違う” という自覚はありました。
けれど、そこにネガティブな感情を持ったことは一度もありませんでした。
どちらかというと、他の人にはない不思議な特技…とでもいった感覚でしょうか。
理由はわからずとも、私の紅茶を飲んだ人が少しでも元気になるのなら、私はただ嬉しかったのです。
こんなこと誰に言っても信じてもらえないだろうからと、特に打ち明けたりはしませんでしたし、ほとんどの方は気付かれませんでした。
中には、「紅茶って疲労回復に効くのね」と紅茶を絶賛し、コーヒー党から紅茶党に変わった人もいたりしました。
ごくたまに、親しい間柄の人で気付く人はいらっしゃいましたが、今日のように感謝こそされても、疎外されたり、批判されたりなんて一度もありません。
ですが………もしかしたら、それはとても幸運だったのかもしれません。
今男性が仰ったように、”人と違う” というのは、場合によっては悪目立ちもするでしょう。
私だって、もし悪意のある誰かが周りにいれば、今のように穏やかな人生は歩めていなかった可能性だってあるのでしょう。
「………私は、とても人に恵まれていたのですね」
率直な心情が、ぽろりとこぼれてしまいました。
それ以上何も語らずとも、男性は察してくださったようで、「そうかもしれませんね」と同意をくださいました。
「それに、あなたの持つ ”魔法の元” が、人に優しいもので、一般の人には判別しにくかったというのも大きいでしょう。相手の心を見抜いたり、私が先ほどお見せしたような物理的にあり得ないと一目でわかる ”魔法の元” をお持ちの方は、ご家族からも気味悪がられて育ったりすることも多いそうですよ」
ズキンと、他人事ながら心が傷を感じました。
家族から気味悪がられるなんて………
「私も、MMMに声をかけられる前はあまりいい思い出がありません。ですが、MMMで魔法を知り、”人と違う” と感じていたのは自分だけじゃないんだとわかってからは、ずいぶん救われました。ですから、自分と同じような境遇の方を一人でも救って差し上げたいんです。もちろん、あなたが今現在そういう環境にいないというのは存じております。ですが、あなたのその他人を癒す力は、魔法使い、一般の人にかかわらずきっとこの先多くの人の助けになるでしょう。当然、その中にはあなたの勇者様も含まれています。そしてMMMでは、その力をもっと高めることができるでしょう。だってMMMには、大勢の魔法使いがいるのですから。先ほどお話ししたように、我々魔法使いは、互いがそばにいるだけで、互いの力を高めることができるのです。そしてそれは間違いなく、あなたの勇者様を今よりももっと癒して差し上げられることになるでしょう。あなたにとっても、あなたの勇者様にとっても、ぜひ一度MMMにお越しいただけたらと存じますが………」
男性はふんわりと頭を傾け、私を窺ってきました。
そしてふと思い出したように尋ねられました。
「先ほど外で働く意志はないと仰いましたが、理由をお伺いしても?」