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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
黄昏れ時の勇者と魔法使い
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「お待たせいたしました」


男性は私を見つけるとやや足早になり、ベンチまでやって来ました。


「いえ……」


私も立ち上がってお迎えしましたが、何と受け答えしたらよいのか迷ってしまいました。

いくらお仕事上がりだといっても、初対面の方に ”お疲れさまです” は馴れ馴れし過ぎるような気もしましたので。

すると男性は「どうぞお座りください」と、主導権を握ってくださいました。

それに従い、私はまた座り直しました。

男性もまた、「では私も失礼します」と言い、私の横に腰を下ろしました。



「急にお時間頂戴して、ありがとうございます。このあと何かご予定はありませんでしたか?」

「いえ、家に帰って夕食の準備をするだけでしたけど………あまり遅くなりたくないので、申し訳ありませんが手短にお願いいたします」


夫の帰宅予定にはまだまだ余裕がありますが、どことなく、私はそんな返事をしていました。

自分でも、少々尖った物言いだったかもしれないと感じましたが、男性は特に意に介した風もなく、「わかりました。では早速…」と仰いました。

そして、上着の内ポケットから名刺入れのような革小物を取り出されたのです。



「まずはこちらをお受け取りください」


男性が差し出したのは、名刺サイズのカードでした。

名刺と断言できなかったのは、その表には大きく ”M” と記されているだけだったからです。

それはショップカードのようにも見えましたが、受け取って裏返しても真っ白でした。


「あの、これは……?」


戸惑いながら尋ねると、男性はにっこりと穏やかに仰いました。


「よく見ていてください」

「よく見てと言われましても………」


私はもう一度表に返し、”M” の一文字を見つめました。

ですが、それでどうなるのか、何を意味してるのか、さっぱり見当もつきません。

なのに男性は柔和に微笑んだまま、何も仰ってはくれないのです。


仕方なく私は、再びカードを裏返しました。

すると、そこにはさっきまでなかったはずの文字が記されていたのです。



「―――っ!!」


私は目を疑いました。

だって今さっきは確かに何も書かれていなかったのですから。

カードから手を離さなかった自分を褒めてやりたくなるほど、私は愕然としていました。




”MMMコンサルティング”




カードの裏面には、そう記載されていました。

そしてその下には、”0” からはじまる数字が…………ひとつずつ(・・・・・)現れていった(・・・・・・)のです。



さっきから信じられないことを目の当たりにしていた私は、驚愕しつつも、その数字の出現をじっと凝視していました。

そして、それはやがて、電話番号と思しき数字の羅列になったのでした。



「これは………電話番号ですか?」


私はカードに視線を留めたまま尋ねました。


「その通りです。その番号が読み取れたということは、やはりあなたには魔法使いの素質がじゅうぶんに備わっているようですね」

「魔法使いの……素質?」

「ええ。あなたの人を癒す力、それは間違いなく魔法の元、または魔法使いの素質です。それを持っていない人間には、そのカードの ”M” の文字すら読むことはできませんから」


男性は満足そうに頷いて続けました。


「そこにある ”MMMコンサルティング” という社名はご存じありませんか?」


確信はなくとも十中八九は知っているだろう、そんな温度が彼からは伝わってきました。

だから私も、驚きがまったく冷めない状態ながらも、正直にお答えすることにしました。



「………噂には、聞いたことがあります」



MMMコンサルティング…………それは、知る人ぞ知る、有名企業でした。

どう有名なのかといえば、社員全員の年収が一般平均を大幅に上回っているとか、社会保障も手厚く入社してしまえば一生生活に困ることはないとか、学歴も経験も不問だというのに新卒では受け入れていないとか、推薦がないと入社試験も受けさせてもらえないとか、幅広い顧客を持つコンサル業ながらその詳細はあまり知られていないとか、毎年多くの入社希望者があるにもかかわらず誰も募集要項を見つけられなくて、いったいいつ入社試験が行われているのかも不明だとか、挙句には、実際は存在していない企業で、就職活動に失敗した学生達の妄想が噂となってひとり歩きしただけの、ただの都市伝説だとか………出どころ不明の噂が数多くありました。


真相はまったくわからないまま、かくいう私も、学生時代に聞いた記憶がありました。

そんな夢のような就職先があるなんて信じられないと、友人達と盛り上がったのです。

しかしながら、就職活動中も、社会に出てからも、その後その名前を聞くことは一度もありませんでしたので、今の今まで忘れていました。


けれど、私は今、そのおとぎ話のような会社の連絡先を手にしてしまったようです。

実在するかも怪しかった伝説の会社。

しかも、その連絡先を私に与えたのは、魔法使いを名乗る男性……


混乱が止まりません。


この男性が新手の詐欺師かもしれないという疑いは、完全に晴れたわけではありません。

でも私は見たのです。

車のキーが勝手に浮かんで移動するのも、カードの電話番号がひとつずつ現れていくのも。

それに何より、私の淹れる紅茶を飲んだ人の体調が良くなるのは紛れもない事実なのです。

そして私は、この不思議な力をもっと有効的に使う方法を知るために、この男性の話を聞くことにしたのですから。


ですが、いったいそれがどうしてあの噂の会社と繋がるのでしょうか………?


疑問だらけの私に、男性は「就職活動をしたことのある人間なら、一度は耳にしたことのある名前でしょうね」と仰いました。

そして


「もしあなたが望んでくださるのでしたら、すぐに契約していただくことも可能ですよ。もちろん、あなたの出される条件をすべて受け入れられる形で」


含みを持たせた優しい微笑みで、私を誘うのでした。



私はカードを握る指に、きゅっと力が入りました。



「”MMMコンサルティング” が、実在する…………ということは、つまり、噂でしか聞いたことのなかった ”MMMコンサルティング” は…………魔法使いの会社だった、というわけですか?」



流れ的に、そう考えるのが自然でしょう。

仕事柄人との出会いが多いこの男性は、自分の仲間を見つけては、同じく仲間の集う会社を紹介してこられたということですから、”MMMコンサルティング” の実態は魔法使いの集まりで、それならば、多くの人が入社試験どころか募集要項にさえ辿り着けなかったというのも頷けます。

むしろ、辿り着けなくて当たり前だったのです。

いえ、彼の話をすべて信じるとしたら……ですけど。



「仰る通りです」


男性は名刺入れをポケットにしまいながら答えました。


「MMMコンサルティングとは、我々魔法使いが魔法を使い、クライアントの相談を解決に導き、日本中の人々の日々の暮らしが快適に営まれるように働きかける役割を担っております。補足いたしますと、クライアントというのはほとんどが非魔法使い、いわゆる一般の方々です」

「え?」


声が出てしまった私に、男性は「意外ですか?」と尋ねました。


「いえ………でも、魔法使いじゃない人がクライアントって、本当ですか?だって私は、今まで一度だって、噂以外で ”MMMコンサルティング” の名前を聞いたことがないんですよ?ついさっき、このカードを見るまではその名前すら忘れていたくらいで」

「それはたまたま(・・・・)、これまでのあなたとご縁がなかったからでしょう。我々魔法使いの存在は知る人ぞ知る、ですから。ですが、結構一般の社会に溶け込んでいると思いますよ?私や、あなたのように」



一般の社会に溶け込んでいる…………

それだけ聞けばなんだか怖いような気もしますが、もし、私のように人と違う何か(・・・・・・)を持っている者を魔法使いと呼ぶのなら、確かにこの世界に溶け込んでいるのかもしれません。

私が、これまでなんの問題もなく普通に暮らせていたように。


男性は「他に理由があるとしたら……」と、少し考える素振りをしました。


「もしかしたら、MMMのクライアントの皆さんの口がとても堅い、というのもあるかもしれませんね。特に口止めなどはしていないと聞いていますが、どなたも吹聴なさったりはしないようですので。………話を続けても?」

「あ……ええ、どうぞ」



慌てて返事をしたせいか、私はカードを握る指がゆるくなる感覚がしました。

そして反射的にふとそこを見たのですが、視線の先…カードの裏側には、電話番号だけではなく、メールアドレスまでもが浮かび上がっていたのでした。












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