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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
【番外編】私の初恋の魔法使いへ
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まるで彼女の大切な日記と同列に扱われたことにほんの少し気おくれしながら、私はおずおずと花束を前に持ってきた。

カスミ草の真ん中に、一本だけ違う花を混ぜた小ぶりのブーケ。

その時どきで真ん中の一本は変わるけれど、満月の夜、私はこの洋館に来るたびに必ず持参していた。

そしてあの人が好んで腰掛けていたこのサンルームのロッキングチェアに静かに乗せるのだ。

供えるとか、捧げるとか、そんな大仰なものではなく、ただ、そこにあの人がいたらいいのに……と、叶わぬ願いを抑えるための、私なりの儀式めいたもののように思う。

そしてそんな私の行為や花束を、仲間達は特に何も言わずに見守ってくれていたのだ。

だからこうやって直接尋ねられたのははじめてのことだった。



「まあ、今回はピンクのチューリップなのね。そういえば立春も過ぎましたものね。今年ももうそんな季節ですのね。とっても可愛らしくてよ」


上品に目を細めて褒めてくれる彼女に、私は気恥ずかしさも感じながら、「ありがとう」と返した。

そして、今夜もそれをロッキングチェアに乗せる。

すると、彼女が「こちらにお座りになって?」と隣のソファに私を誘ったのだ。



私は招かれるままに、彼女の隣りのアンティークソファに腰をおろした。

まだ仲間達はこの館に全員揃っておらず、揃ったところで各々が好きなことをして過ごすことも多いので、彼女の誘いを拒否する理由も特になかったのだ。


私が座るなり、彼女が穏やかに口を開いた。


「私達、こうして二人きりでお話する機会はあまりなかったように思わなくて?」


窓から差し込む満月の月明かりに照らされて、彼女の頬がほんのりと色を浮かべている。


「そうかもしれないわね。二人っきりというのは、あまりなかったかも」


もともと私達の仕事は個人活動が多いのだ。

たまにチームを組んでの共同作業や連携もあるけれど、そういった仕事は大企業や政府絡みのことがほとんどで、私がそういう大きな仕事にかかわることは珍しかった。

そういえば、政治家関連の仕事をはじめて請け負ったのは、あのとき(・・・・)だったっけ………



あのとき(・・・・)も、満月でしたわね……」


一瞬、私の心を読まれたのかと思ったけど、彼女にはその魔法は使えなかったはずだと思い直し、だから素直に、頷いた。


「ええ、そうね。大きな満月だったわ………」



あの人が息絶えたとき、後ろでは大きな月が浮かんでいた。

ちょうど今夜の満月のような大きさで。


あれから、何度満月を数えただろう。

時間薬という言葉を聞くけれど、私にはそれを感じることは永遠に訪れないのかもしれない。

いつまで経っても、あの人を失った痛みが癒えることはないのだから。

むしろ、会えなくなった時間が積もれば積もるほどに、想いは膨れ上がっていくのだ。

どうしようもないほど、あの人に会いたいと心の中で泣き叫びながら。



「もう会えないと思えば思うほど、大切な人には会いたいと思ってしまうのでしょうね……」


またもやタイミングぴったりで私の内心とリンクしてきた彼女。

私は思わず彼女の顔を見返したけれど、ああ、この人も大切な人との別れを経験していたんだった……と、心のシンクロを感じた。

きっと彼女も、ここでご主人の日記を読み返しながら、会えなくなった大切な人を想っていたのだろう。


「……でしょうね。会えない時間が、想いを育てるのかも」


私は全面的に彼女に同意を示した。

なのに、どうしてだか彼女はクスクス笑い出したのだ。


「……なぜ笑うのよ?」

「ごめんあそばせ。なんだかとってもロマンティックな言葉だったものですから……」

「な…なによ。いけない?」


揶揄われている気がして、ちょっとムキになってしまう。

でも彼女は優雅に首を振った。


「とんでもありませんわ。素敵。とっても素敵な言葉です。会えない時間が、想いを育てる………」


彼女は私が言ったことをゆっくり反芻する。

まるで、自分自身に言い聞かせてるかのように。



「……あなたも、会えなくなってからもずっと、ご主人を想い続けてるのよね?」


私は彼女から顔を逸らして尋ねた。


「そうですわね」


即答する彼女。


「……辛くない?だって私達って、なかなか死なないじゃない。MMMコンサルティングにいる限り、絶対魔法使いとは接触するわけだし、そうなったら、ほとんど永遠に生き続けるようなものだし……」

「あなたは、生きていくのがお辛いのかしら?」


訊き返された質問に、心臓が冷えた気がした。

生きていくのが、辛い…………?

今度は私が彼女の言葉を反芻した。


あの人に会えなくなって辛い…とは、思っていた。

それこそ、毎日のように。

けれど、生きていくのが辛いというふうには思わなかったかもしれない。

毎日毎日魔法使いとしての仕事や魔法の習得が忙しくて、あの人が私に魔法使いとして生きる道を示してくれたことに感謝していたほどだ。


ただ…………あの人のいない世界で私だけが生きていくことに、違和感がないわけではなかった。











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